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アフタースキーを楽しもう 8
BBQの最中に喧嘩してしまい、険悪な雰囲気に陥った二人を、一旦引き離すことにした。
瑞樹は空さんの対応にあたり、俺は陸さんと一緒に、彼のログハウスにやって来た。
「陸さん、ちょっと落ち着けよ」
「わ……悪い、動揺して。あぁ、くそっ……空を叩くつもりなんてなかったのに、俺は何て酷いことを……」
陸さんは精悍な顔を苦渋で歪めたままベッドに座り、髪を掻きむしり、空さんを叩いてしまった手を忌ま忌ましく見つめていた。
「まったく俺はいつもこうだ。どうしてすぐに手が出てしまうんだよ! こんなんじゃ、空に呆れられ、嫌われてしまうのに。これでは……あの人がしたのと同じじゃないか。過去から……やはり逃れられないのか」
俺がいるのを忘れたかのように、ブツブツと呟く内容は不穏なものだった。
だが……モデル上がりの恵まれたルックス。インテリアデザイナーとしての腕も、ニューヨークで評判だった才能ある人の、あまりに人間らしい悩みに、逆に好感が持てた。
「陸さんは見かけによらず、人生のドン底を知っているんだな」
俺もそうさ、玲子にある日突きつけられた言葉が棘となり、なかなか抜けなくて苦しんだ。慣れない育児にイライラし、芽生を何度か叩きそうになった。母さんがいなければ、駄目だったかもな。瑞樹と会わなかったら、もっと駄目だった。
「……」
「空さんを愛しているんだろう? 大事にしたいのに気持ちが急いて空回りしているのでは? 陸さんは、いつも割とスマートに生きてきた人だろう? 冷静な仮面を被ってさ」
「な……なんで分かる……俺の気持ちを」
「俺たちは似たもの同士だからかな」
「そうだったのか。宗吾さんと瑞樹くんは幸せなだけの人生かと。あっ……まただ……俺はいつもこうだ。人の上辺だけを見て、勝手に妬んで羨ましがって。だから空がいないと駄目なんだ。空が傍にいてくれたら、俺を導いて、優しく教えてくれるのに」
陸さん? もしかして過去に誰かを恨んで、大きなトラブルを起こした経験でもあるのか。潤のように……。
瑞樹と潤のこじれた関係から生じた大惨事を思い出し、悔しい気持ちが蘇りそうになった。急いで蓋をすると、今度は月影寺の洋くんの顔がちらついた。洋くんも……あの天使のような美しい顔では、人から妬みをかうことも多かっただろう。洋くんも瑞樹と同じように深い悲しみを抱えた人なのに。
「今、後悔が出来ているのなら、捨てたもんじゃないぜ。陸さん、もっと恋人には素直になれよ。誰にも見せない顔を見せてやると、喜ぶもんだぞ」
陸さんがハッとした表情を浮かべる。おっ、少しは俺の言葉が響いたか。
「宗吾さんは、どんな顔を見せているんだ?」
「それはもちろん……瑞樹が好き過ぎて『ヘンタイな顔』を見せている!」
自信を持って答えると、陸さんは呆気にとられた後、抱腹した。
「くくくっ、宗吾さんって、黙っていればカッコイイのに……勿体ない」
「そうかな? 瑞樹は喜ぶぜ。あぁそうだ。彼も最近は俺に似て、ヘンタイに足を突っ込んでいるからかな」
「ははっ! 気の毒に……あんな可憐な子が」
一気に場が和んでいく。成程……どこに突破口があるのか分からないものだな。当たって砕けろが必要な時もあるようだ。砕けたついでに確認しておくか。
「なぁ、そういえば陸さんは、男を抱いた経験あるのか」
ふと浮かんだ疑問を投げかけると、「うっ」っと声を詰まらせていた。
「それを聞く?」
「意外だな……男は初めてなのか」
「あぁ……経験ない。男を抱きたいと思ったのは、空が初めてだからな」
「そうか。じゃあ、しっかり準備してきたのか」
「何を?」
真顔で聞かれて、ギョッとした。おいおい……受け入れるのが初めての相手に専用のローションなしではキツいぞ。
「あ……しまった! あれか! 空のスキー道具を揃えるので頭がいっぱいで抜け落ちていた」
「おいおい、しっかりしろよ。陸さんがそんな調子では、空さんが怖がるのも無理ないな」
「どうしたらいい? こんな場所じゃドラッグストアもないし……何か代用できるものはないのか」
うーむむむ……ここは俺の宝物を『初体験』を試みる相手に譲るべきだな。ポケットに、もしかしたら使うかもと忍ばせておいた瑞樹のための潤滑材を、陸さんに渡した。
「これは餞別だ。がんばれよ!」
「いいのか。これって宗吾さんが使うつもりで用意したものでは?」
「まぁ、こっちは今日は無理そうだから使う予定はないから大丈夫だ。瑞樹の弟と俺の息子が同室だからな」
「何だか……悪いな」
「とっておきの奴だ。ほのかなラベンダーの香りに、リラックス出来るぞ」
「恩に着る!」
「焦るなよ。相手と心を揃えて、じっくり慣らしてやれよ」
やれやれ、最後は何のアドバイスだか。
同時に、瑞樹を初めて抱いた日を思い出した。もうあれから丸1年経とうとしているのか。ということは、瑞樹が前の彼氏と別れてから2年だ。
もしかしたら……そろそろ切り出されるかもな。
『幸せな復讐』をしに行きたいと。
そんな予感のする夜だった。
もしも瑞樹がその気になったのなら、俺と芽生は喜んでついて行くよ。
心の準備をしておこう。
陸さんの部屋を出て歩き出すと、途中で空さんとすれ違った。瑞樹のケアが効いたようで、もう穏やかな目になっていた。すれ違う時に優しく微笑んで会釈してくれたので、ガッツポーズで応援してやった。
初めては、一生の思い出になる。だから君たちの幸運と健闘を祈る。
あとは二人の世界を楽しんでくれ!
途中、北野さんのログハウスを覗くと、芽生が北野さんのお子さんたちとブロックで仲良く遊んでいる光景が見えた。そこに潤も加わり、和やかに団欒していた。
ここは、もう少しかかりそうだな。
俺たちが宿泊するログハウスには、今は瑞樹がひとりでいるのか。そう思うと、足が速まった。
どうやら陸さんの真剣な眼差しに、あてられたようだ。
早く、早く――俺の瑞樹に会いたい。
あとがき(不要な方はスルーで)
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いつも読んで下さり、スターやペコメ、スタンプをありがとうございます。
毎日書き下ろす励みになっています。
『重なる月』のサブカップル陸と空カップルとの交流はこの辺りまでです。
陸が背負ってきたものが気になる方は、『重なる月』にてしっかり書いております。かなり重たいですが……
彼らと出会うことにより、宗吾さんも瑞樹も新鮮な気持ちになったようですね。さぁお楽しみタイムかな? アフタースキーを楽しみながら、白馬旅行編を締めくくっていきますね。
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