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雪の果て 2
春休みに、湯布院に行く約束をした。
いよいよだ。そう思うと、急に気持ちが高まってしまった。
一馬と別れてからの僕の歩みは、良い時も悪い時も、すべて包み隠さず宗吾さんに見てもらった。僕の身体も全部明け渡したので、今更恥ずかしがることはない。
宗吾さんから絶え間なく注がれた愛情が、僕に勇気と希望を抱かせてくれたのだから。
感極まった涙を、宗吾さんが優しく指先で拭ってくれた。
優しくて大きな傘のような人。大好きな芽生くんのお父さんの姿も、僕だけの恋人の姿も全部……全部、愛しています。
宗吾さんと静かに抱き合っていると、インターホンが鳴り、玄関から声がした。
「お兄ちゃん、ただいま-」
「兄さん、ただいま! 先に部屋に戻っていたんだな」
潤と芽生くんが、仲良く手を繋いで戻ってきた。
「そうなんだ。潤、ありがとう。芽生くん、楽しかった?」
「うん、いっぱい遊んできたよ。新しいおともだちができて、うれしかったんだー」
「それは、良かったね」
子供は遊ぶのが仕事だ。芽生くんの満ち足りた笑顔が眩しかった。
「あれ? お兄ちゃんだけ、もうパジャマなの?」
「う……うん、もう眠る時間だからね」
「そっか、じゃあボクもおきがえするよ」
「おいで、パジャマを出してあげる」
「はーい!」
芽生くんをパジャマに着せていると、僕の肩に掴まっていた芽生くんが、子犬みたいに鼻をクンクンさせた。
「あれれ? お兄ちゃん。今日はお花のかおりじゃなくて、ちがう匂いがするね」
「え?」
ドキッとした。先ほど宗吾さんとベッドでシタことを思い出し、焦った。
「えっと……さっきね、シャワーを浴びたんだ」
「そうなの? もう、おふろに入ったのに、また?」
「うん、汗をかいてしまって」
「へぇ? 運動でもしたの?」
「う……運動したんだ」
「そっかー! 運動すると汗がドバッとでるよね」
運動は運動だから、嘘ではないよな。(変な汗がドバッと出てきた!)
と、とにかく……今日は早めに眠ろう。これ以上起きていると、何かぼろを出しそうだ。
ログハウスにはシングルベッドが2台並んでおり、隣の部屋にベッドがもう1台あった。
「兄さんたちはツインルームだな。オレは、あっちの部屋で寝るよ」
「……そうか」
今宵は潤も一緒に寝たかったので、少し残念だった。
「えー! ジュンくん、ひとりはさみしいよ。そうだ! ベッドを運ぼうよ」
すっかり潤に懐いた芽生くんが、手を引っ張って誘ってくれた。芽生くんはすごいな。僕がなかなか出来なかったことを、率先してくれる。
「そうだね! 宗吾さん、手伝ってもらえますか」
「あぁ、いいアイデアだな、芽生!」
「えへへ、だってせっかくみんなで旅行にきたんだもん! いっしょがいいよ」
シングルルームのは軽いパイプベッドだったの、移動は楽だった。
ツインルームにベッドを三台並べてみると、とても良い雰囲気になった。ログハウスの温かな雰囲気が和やかでいいな。
「わーい、森のくまさんみたいだね」 (うんうん分かるよ)
「さぁもう寝るぞ」
「はーい! あれ? こんな所にビンが落ちてるよ」
芽生くんがベッドの下を覗き込んだので、ギョッとした。その瓶って……もしかして、さっき活躍した……練乳クリームの?
「あー、これ! きのうのミルクのクリームのだ。あれれ? 空っぽになっているよ。うーむ、食べちゃった犯人はだれでしょう?」
突然の推理ゲーム? 冷や冷やするよ。宗吾さんは素知らぬ顔をしている。芽生くんはすっかりあてっこゲームに夢中で、僕をまたクンクンと嗅いで、宗吾さんの顔を、じっと見つめた。
「えへへ。わかったよ~」
「め……芽生くん、何が分かったの?」
「うん! 犯人はパパとおにいちゃんのふたりです。二人で、つまみ食いしたんだね」
「う……っ」(間違えてはいないよ。それ……)
潤が腕を組んで、感心していた。
「すごいな。どうしてわかった? オレはサッパリだったのに」
「えっとね、まずおにいちゃんから、甘いにおいがしたの。いつものお花の香りじゃないやつ」
ううう……おかしい! ちゃんとシャワーを浴びたのに!
「それでパパはね、くすくす。パパ、こっちに来て」
「あぁ、どうした?」
芽生くんが、宗吾さんの口の端を小さな指で撫でた。
「ここにショウコ《証拠》がありますー!」
もう卒倒しそうだ。
そこですか! 宗吾さん‼ ベッドの証拠は隠滅したのに、ツメが甘いですよ~‼
がっくしと肩を落としつつ、何とか取り繕って、とにかくもう眠る方向に持って行った。
「ちょっと小腹が空いて、瑞樹と一緒に食べたんだ」 (嘘はついてない)
「そうなんだね。あれね、昨日全部食べようと思ったら、おにいちゃんがパパが明日ほしがるかもしれないって言って、取っておいたんだよ。よかったね! 」
「そ、そうなのか! 瑞樹ぃ~優しいな。君はやっぱり俺に似てきたな」
ううう……僕の甘い考えまで暴露されて気まずいやら、恥ずかしいやらで、布団を頭まで潜った。
「おいおい兄さん、窒息するぞ。ほら、顔出せよ」
「ううう……うん。おやすみ。潤……宗吾さん芽生くん、僕はですね……すっごく疲れたので、もう寝ますね」
朝から夜まで盛り沢山だった。
スキーもリフトも、山頂での心の叫びも……BBQも、陸さんと空さんとの出会いも……そして先ほどの『幸せな復讐』をしに行く決心も、全部旅の思い出だ。
「兄さん、大丈夫だよ。どんな兄さんでも、みんな兄さんが大好きだよ。って、なんか……こいうの照れんな」
潤……優しくなったな。この旅を通じて、僕達兄弟の絆は、また深くなったね。
「潤……ジューン……ありがとう!」
「う、兄さん……っ、それ反則だ!」
優しく微笑みかけると……潤も真っ赤になって、布団に頭まで潜ってしまった。
あれ? 僕の弟も……意外と照れ屋らしい。
それも……全部この旅行で知ったこと。
僕たち、似ている所もあるんだね。
やっぱり兄弟だからかな。
嬉しいよ、ジューン。
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