658 / 1741
幸せな復讐 6
明るい陽射しが降り注ぐ春の道を、宗吾さんと芽生くんと並んで、穏やかな気分で歩いた。
もっと、足取りの重たい道になるかと思っていたのに、違った。
とても、しっかりとした足取りだった。
ずっと自ら……前に進むことが怖かった僕なのに、いつの間に、こんな風に……足並みを揃えて、肩を並べて歩けるようになったのかな。
「瑞樹、良い景色だぞ。遠くを見て見ろ」
「はい」
顔を上げると、由布岳の雄大な山並みが見えた。
九州の山は高さはあるのに、なだらかで、おおらかな印象だ。先ほどから歩いても歩いても、ずっと同じ高さで山が重なっている。
やはり北海道の山とは少し違うようだ。北海道の山は厳しい猛吹雪の洗礼を受け、九州の山並みは台風の風雨や短い裄を浴びるので、気候の差から違って見えるのかもしれない。
どんな場所でも……自然と素直に向き合った山は、美しい。
「瑞樹……九州の山並みを見ていると、おおらかな気持ちになれるな」
「はい。僕も今、そう思っていました」
「ここでは、ゆったりした時間を過ごせそうだな」
「そうですね。今回はスキー旅行ではないので、宗吾さんを扱きませんし」
「ははっ、あれは……うん、参った」
宗吾さんと明るく話していると、突然芽生くんがしゃがんでしまった。
「あれ? どうしたのかな?」
「お兄ちゃん……あのね……のどかわいちゃった」
思ったより気温が高くて、芽生くんは額にうっすら汗をかいていた。こんなこともあるかと、駅前の自販機でペットボトルのお茶を1本買っておいて、良かった。
「そうだね。この辺で休憩しよう」
「瑞樹、ちょうどあそこに原っぱがあるぞ」
「いいですね。芽生くん、お茶を持っているから飲もうね」
「うん!」
宗吾さんが手招きしてくれた場所は、僕たちには、とても馴染みのある場所だった。
芝生にクローバーが群生しており、まるで緑色のカーペットが僕たちを招き入れてくれるようだ。
「お兄ちゃん、ふかふかだね」
「本当だね。はい、お茶」
「ありがとう!」
芽生くんがコクコクと喉を潤す。
「お兄ちゃんも飲んで」
「ありがとう、宗吾さんもどうぞ」
「俺は瑞樹の後がいいな」
「は、はい」
1本のペットボトルを迷い無く回し飲みしていく様子に、思わず目を細めてしまった。
家族なのだなぁ……僕たちはもう。
「あぁ、美味しかったよ」
「もう、行きますか」
「いや、もう少し休憩しよう。そんなに焦ることないさ、まだ時間はある」
道から外れた原っぱには人通りもなく、僕たちだけの空間のようで居心地が良かった。
「あぁ、気持ちいいな」
宗吾さんがごろんと横になったので、僕も真似して仰向けに寝そべってみた。
九州の空を見たくて、九州の空気を浴びたくて。
宗吾さんが大空に手を伸ばして、雲を掴むような真似をした。それはまるで僕の心を掴んでくれるような動作で、胸の奥がキュンとした。
「瑞樹、とうとう俺たち、ここまで来たんだな」
「……はい、宗吾さんのお陰です」
「瑞樹は頑張ったよ。このまま……無事に卒業できるといいな」
「はい、僕は卒業します」
宗吾さんと話していると、芽生くんがムクッと起き上がって、嬉しそうな声をあげた。
「パパ、ここクローバーばかりだよ。ちょっとここで遊んでもいい?」
「いいよ、遠くには勝手に行くなよ」
水分を取って復活した芽生くんの輝くような笑顔を見つめながら、僕たちは肩を寄せ合った。
「瑞樹……これをしていこう」
「え……」
宗吾さんがポケットから何か取り出し、そのまま僕の指に……銀色に輝くものをはめてくれた。
「あ……指輪、持ってきて下さったんですか」
「あぁ、せっかく去年……紫陽花の咲く月影寺で指輪の交換をしたのに、しまい込んでいたな」
お互い仕事柄余計な詮索は好まないので、会社にはしていかなかった。プライベートでは、つけていたが……今回は、ここに来ることで頭が一杯で、すっかり失念していた。
「す、すみません。なんだか……大切すぎて……持って来て下さって嬉しいです」
「じゃあ、してくれるか」
「もちろんです! 喜んで」
左手の薬指に銀色の指輪を通された。
水をイメージさせる流動的な形が気に入って、一緒に銀座で選んだものだった。
もしも何かに流されそうになっても、僕たちはこの指輪同士で繋がっているから、お互いの元に戻って来られる。
「瑞樹、似合うよ。なぁ、俺にもつけてくれるか」
「もちろんです。僕にとっての潤いは、いつも……いつだって……宗吾さんです」
二人で薬指の指輪を、九州のお日様に照らした。
まだ真新しくキラキラと輝いており、まるで希望の星のように見えた。
指輪の切れ目のない円は、永遠の象徴だ。巡り来る四季や満ち欠けを繰り返す月など、必ず戻ってくる、自然を表している。
指輪を交換するのは、この先もずっとお互いが愛し慈しむという誓い。
宗吾さん……僕はあなたと出会ってからの日々が愛おしく、これからの日々が楽しみです。
ふたりで果てしない大空を見上げていると、芽生くんが息を切らせて戻ってきた。
手に何か大切なものを持っているようだ。
パッと僕の目の前に差し出されたのは、小さな手のひらには……。
「おにいちゃん、これもして」
「わぁ、シロツメクサで指輪を作ってくれたの」
「うん! よつばも見つけたんだ」
「嬉しいよ。じゃあ、芽生くんがつけてくれる?」
僕の右手に、シロツメクサの指輪をはめてもらった。
「お兄ちゃん、だいすき。ずっとだいすき。パパのこと、いつもありがとう」
「こちらこそだよ。芽生くん……本当にありがとう」
左手の薬指には、宗吾さんからの指輪。
右手の薬指には、芽生くんからの指輪。
僕たちは家族。
お互いがお互いを思いやって、大切な幸せを積み重ねていく……家族だ。
「さぁ、もう行くぞ」
「はい! もう行けます」
ともだちにシェアしよう!