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幸せな復讐 34
宿の送迎バスで、再び由布院駅前に戻って来た。
見上げれば春らしい晴天。
ぽかぽかとした日差しが、優しく降り注いでいる。
真っ青な青空に、なだらかな山並み。
都会のように高い建物もなく、空気もとても澄んでいたので深呼吸した。
「さぁ、今日は夕方までゆっくりと由布院を観光をするぞ」
「宗吾さん、何か予定があるのですか」
「いや、ない! しいていえば『なるようになるさ』かな。とにかくメインの用事は達成したようだし……この先は家族でのんびりしたいな」
「あ、はい! そうですね」
『なるようになるさ』か。
宗吾さんはいつもゆったり構えて、いい事を言う。
確かにいつも仕事で時間に追われている僕には、こんな何も予定がない日が必要なのかもしれない。
宗吾さんと出会った日に提案してもらった『幸せな復讐』も無事に達成出来たのだから。
一馬がファインダー越しに見た光景。
あれが全てだ……今の僕だよ。
一馬とも意識せずに、和やかに話せて良かった。
「パパ、あれ見て! お馬さんだ」
「おぅ、さすが芽生。めざといな」
「お兄ちゃん、来て来て-」
「あっ、うん!」
目の色を変えた芽生くんにグイグイと手を引っ張られたので、僕も小走りになった。
うん! こんな風に少し早く景色が変わるもの、子供の目線になるのも新鮮だ。
自分の速度だけではない日々も、いいね。
「いいなぁ……あれ、乗りたいなぁ」
芽生くんが目を輝かす先には『観光辻馬車』と看板があり、真っ白な馬がいた。
「なるほど。面白そうだな。瑞樹、せっかく来たのだから乗ってみよう!」
「そうですね。こういうの僕も初めてです」
「ちょうどあと5分で予約開始時間だぞ。よし! 俺が切符を買ってくるよ」
「お願いします!」
相変わらず、宗吾さんの即断力と行動力には感心するよ。僕だったらこんなスピードでは決められない。
「お兄ちゃん、たのしみだね」
「うん!」
「ワクワクするね」
「僕もわくわくしているよ」
芽生くんの素直な感情が、僕も素直にしてくれる。
人だかりに紛れて、白馬を眺めた。
「お馬さんの目って、やさしいね」
「そうだね」
「おにいちゃんの目みたいだよ」
「わ! そうかな? ありがとう!」
芽生くんと話していると、宗吾さんはチケットを手に意気揚々と戻って来た。
「チケット、ギリギリ取れたぞ。さぁ乗ろう!」
「やった! やったぁ!」
パンフレットによると馬車は由布院駅前から出発し、約50分かけてゆっくりと由布院の町を散策し、再び由布院駅へ戻るコースだそうだ。
「ボク、一番うしろがいい。けしきがよく見えるから」
「じゃあ僕が真ん中に座ります」
蹄の音が響くと、ふと故郷を思い出した。
北海道と九州では吹く風も空気も全く違うが、雄大で牧歌的な景色は同じだ。
だからなのかな……心がゆったりと癒やされていく。温泉につかっている気分だ。
「お馬さんって、すごい力だね」
「そうだね」
馬車が揺れる度に、僕の身体がメトロノームのように左右に揺れて、優しく芽生くんと宗吾さんの肩に触れるのも嬉しかった。
だからポックリポックリと進む馬車のゆらぎに、身を任せた。
どっちに転んでも、あたたかい。
今の僕は、そんな場所にいる。
「瑞樹、心が解放されるようだな」
「はい……あの……僕、思い切って、ここに来てみて良かったです。あいつと話せてすっきりしました」
「そうだな。やっぱり最後は言葉で伝えるのって大事かもな。今は……人は便利な手段を色々持っているが、顔を突き合わせてこそ得られるものがあるよな。やっぱり」
「はい、そう思いました。朝、一馬と話したんです。いつかまた偶然会ったら、笑って手を振りあえる関係でいようって」
「なるほど、いいこというな。そういうのっていいな」
「はい……なんだか新鮮な気分になりました」
「新しい関係を築けて良かったな」
宗吾さんと話していると、落ち着く。
一馬とのこの先は……元恋人でもなく、元友人でもなく、確かな縁があった人という表現がしっくりくるのかもしれない。。
その縁は『幸せな復讐』から生まれた縁だ。
ここまで自分の歩んで来た道が、間違っていないと言ってもらえたようで、心が晴れた。
「瑞樹、風が大事なんだよ」
「風ですか……」
「どんなに仲良しで密な関係でも、風通しよくしていないとな」
「あ……はい」
その通りだ。人の気持ちも毎日少しずつ変化していく。どんなに仲良く上手くやっていた関係でも……時の経過と共に、関係が微妙にずれて変わっていく時もある。
だからこそ少しのゆとりを持ちたい。風が通り抜ける位、心に隙間を持って向き合いたい。そして、これからも季節毎に変化する風を味わいたい。
「瑞樹、あそこにもう桜が咲いているぞ」
「あぁ……九州はやっぱり早いのですね。もうこんなに咲いているなんて」
東京よりも少し早く、北海道よりもずっと早く、南の桜は開花する。
「昨日は宿に籠もっていたから気付かなかったな。桜と菜の花の組み合わせって、のどかだな」
「おうまさん、ぽっくり、ぽっくり~かっぱ、かっぱ~」
馬の蹄の音と、芽生くんの嬉しそうな声をBGMに、由布院の長閑な田園風景を堪能した。10人ものお客さんを乗せて力強く引っ張ってくれる馬にも、元気をもらった。
いい旅にしよう。
美味しいものを食べて、美しい景色を見て、一緒に大切な人へ届けるお土産を選んで……
この地を飛び立つ瞬間まで、思いっきり楽しもう!
それが旅の醍醐味だ。
僕にも旅を心から楽しみたいという余裕が生まれていた。
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