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幸せな復讐 36

 パパってば、あんなにたべてダイジョウブかな?  あれれ、お兄ちゃんまでパパといっしょに、パクパクおもちを食べているよ。   ふふ、お兄ちゃんが、あんなにお口を大きくあけているのって、めずらしいな~。 「芽生くん、美味しい?」 「うん! おいしい! みんなでたべるととってもおいしいね」 「あ……そうか。そうだね。こんなに美味しいものだったんだね」  お兄ちゃんが目を細めて、ボクを見る。  今日のお兄ちゃんはとてもごきげんだね。なにかいいことがあったのかな?  あ、そうか……しわわせやさんが来てくれたんだね!  ぼくにも来てくれたよ。  おにいちゃんが沢山笑ってくれたから。 「よーし! 次は湖に行くぞ」 「わーい!」  パパが連れてきてくれたのは、ちいさな湖だった。 「ここは金鱗湖と言ってな、昔の人が湖で泳ぐ魚の鱗が夕日で金色に輝くのを見て名付けたそうだ。湖に清水と温泉が流れ込んでいて年間を通じて水温が高いから、冬の朝早くには湖面から湯気が立ち上る幻想的な光景を見られるってさ」 「湯気ですか……それは幻想的でしょうね。今は春だから見られないのが残念です」  湖からゆげがモクモク? 温泉みたいでおもしろそう! それ、見たい! 「お兄ちゃん、ザンネンじゃないよ。また来ればいいんだよ」 「え……」 「気に入ったのなら、また来ればいいよ。ちがうの?」 「そうだね。芽生くんの……素敵な考えだね。駄目だね、僕は……なんでも今日が最後だって考え過ぎてしまうから」  あれ? お兄ちゃんの笑顔が、少しだけさみしくなったよ。 「お兄ちゃん、今日がさいごなんておもわないで! ボク、お兄ちゃんとまたここにも来たいし、いろんなところに行って見たい。ね、行こうね」 「ありがとう。芽生くんはいつも僕を元気にしてくれるよ」 「えへへ」  お兄ちゃんがしゃがんで、ニコっとしてくれる。  あ、また、お花の匂いがするよ。  お兄ちゃんって、やさしい花の香りをもっている。 「瑞樹、芽生の言う通りだ。ここが気に入ったのならば、また来ればいい。俺たちは、いくらでも付き合ってやるぞ」 「宗吾さん! ありがとうございます。僕……実は……あまり旅行をしたことがなくて不慣れで。そうか……そういうものなんですね、旅って」 「あぁ、俺なんて京都にはもう何回行ったか分からん程だ」 「宗吾さんの気に入っている場所も案内してください。僕をいろんな土地へ連れていって下さい」 「もちろんさ! 小学校の夏休みは長いし、冬休みもあるし……日本全国いろんな所に連れて行くよ」  いいな! いいな!  パパって少しヘンな時もあるけれども、こういう時って、とてもカッコイイ!    ボクのじまんのパパを、ボクのだいすきなお兄ちゃんが好きでいてくれるのって、うれしいな! 「芽生くん。こっち向いて。写真を撮るよ」 「うん!」  えへへ、くすぐったいよ。  大好きがいっぱいで、うれしいな。 「あっ、湖にお魚さんがいる! お兄ちゃん、こっち来てー」 「本当だね」  ボクとお兄ちゃんは、それからしばらくお魚さんを一緒に見たよ。 ****  金鱗湖は、とても小さな湖だった。  散策できる道があったので、ゆっくりと散策した。湖の周囲は樹木と花で溢れ、小川が流れる音も近くに聞こえて、自然が豊かで心地良かった。  朝霧が有名だと聞けば冬に訪れたくなるし、紅葉が見事だと聞けば秋にも来たくなる。  旅は不思議だ……人を貪欲にさせる。  限られた時間だから、楽しむことに集中出来るし、未来への楽しみを生み出してくれる。  先のことを考える楽しみを、僕に教えてくれる。  湖を20分ほどかけてゆっくり巡り、そのまま湖に面して建っている老舗旅館の茶房に入った 大正末期に建てられたという別荘風の旅館は、歴史の重みを感じさせるクラシカルな雰囲気だった。    とても美味しそうなメニューが並んでいたが、あいにく僕たちは買い食いをし過ぎて、空腹ではなかった。 「あー悔しいな。腹がいっぱいで昼食が入らん」 「それは、まぁ……自業自得では?」 「ははっ、そういう瑞樹も腹一杯だろ?」 「はい。だからデザートのみですね」 「だな」  窓に面した三人掛けのカウンター席からは、先ほど歩いた風情のある金鱗湖がよく見えた。 「こういう雰囲気って、落ち着きますね」  窓辺に生けられている素朴な野の花に、心がほっと安まる。 仕事柄、華やかな洋花を扱う事が多いが、こういう自然の野草もいいな。  この茶房は、小さな命を大切にしている。 「なんだか、母の家に来ているようだ」 「あ、それ……僕も思いました」  口に出すと……急に皆に会いたくなってしまった。すると宗吾さんから優しい一言をもらった。 「下に売店があったから、帰りにお土産を買おう」 「はい。ぜひ!」 「皆、瑞樹が大好きだから喜ぶよ。函館にも買おう。広樹が『なんだよ~また可愛い弟と旅行に行くのか』って、羨ましがっていたぞ」  宗吾さんと広樹兄さんはすっかり友達だ。たまに電話で話して、ふたりで大笑いしているし、電話越しにお酒を飲んでいるのも知っている。    そんな光景を見るのが、とても幸せだ。  僕の周りの人達が笑顔でいてくれる。  宗吾さんとの出逢いが、僕の周りまで和やかにしてくれた。縁が円になって、和やかな幸せが生まるって、こういうことなんだなと実感している。   「広樹兄さんは九州に来たことないかも……お土産、何がいいでしょうか」 「酒の肴がいいんじゃないか。俺も広樹とまた飲みたいな」 「くすっ、相変わらず広樹兄さんには勝てませんね」 「むむ、言ったな」  それから……間もなく、僕の周りで二つの小さな命が誕生する。  生きているって、失っていくものだと思っていた僕はもういない。  生きているって、何かを生み出すことだと思う僕がいる。  小さな命、優しい縁。  宗吾さんとの愛  芽生くんへの愛情。  一緒に作る思い出。  未来への希望……!  ほら、こんなにも沢山、生まれているよ。  今日も、今この瞬間も――    

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