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幸せな復讐 38
若木旅館へ宿の送迎バスではなく、僕の足で戻る。
僕の意志で選んだ道なのだ、これは……。
そう思うと、一歩一歩が新鮮に感じた。
「宗吾さん……あの……聞いて下さい」
「なんだ?」
「僕は宗吾さんと2年前の4月に公園で出逢ってから、いつか僕を置いて行った人に『幸せな復讐』を出来るように自分を整えたいと思って、生きてきました」
「あぁ、そうだったな。実際にこの2年間、瑞樹はいろんな経験をし、その都度乗り越えてきた。俺と暮らすようになってからの瑞樹は、自分の長所を伸ばし、また俺に寄り添ってくれた」
のどかな田舎道は、心も素直にしてくれるようだ。
僕は芽生くんと手を繋ぎ、芽生くんは宗吾さんと手を繋ぎ、三人で並んで歩いている。
幸せな影も、セットでついてくる。
「今日からは、僕が僕のために……生きていく道になります」
「そうだ。瑞樹の人生だ。君が好きなように生きていけばいいんだ。怖くなったら支えるし、こんな風に手も繋ぐ。時に手を引っ張ってやることも、一休みにも付き合うぜ」
「宗吾さん……本当に、僕はあなたと出逢えて良かったです」
「嬉しいぜ!」
宗吾さんが嬉しそうに手をブンブンと振ると、芽生くんが笑った。
「パパとおにいちゃん、今日もアチチだね。ボクもうれしいよ」
「くすっ、芽生くんと僕もアチチの関係だよね?」
「うん! ボクもそう思っていたよ」
「はは、実に和やかなだな」
「そうですね」
和やかな雰囲気がいい。
相手を思いやり、優しさが生まれる世界が、今も好きだ。
それはまだ幼い頃から変わらぬ……僕の好きなこと。
今なら分かる。以前の僕は、とにかく自分が引けば上手くいくと思っていたが、そうではなかった。
僕からも加わっていく。僕の大好きな世界は、僕が創り出す。
いつのまにか……景色は菜の花畑になっていた。
小川のせせらぎ……菜の花に桜……春のうららかさを醸し出していた。
ほっとする景色を眺めながら、前に進んでいく。
「あ……ボール!」
野原で遊んでいた親子から、黄色いボールがコロコロと転がってきた。
「あ、すみません!」
ボールを追いかけて来たお父さんに、声を掛けられた。逆光になっていてすぐに気付かなかったが、お父さんは一馬だった!
「あ、瑞樹!」
もう一馬は躊躇わずに僕の名を呼んだ。だから僕も一馬の名を呼んだ。
「一馬のお子さん?」
「あぁ、春斗《はると》っていうんだ。まだ1歳ちょっとだが、もうあんよが出来るんだ」
「ぱ、ぱー! だっこぉ」
「あれれ? なんだ、もう抱っこかぁ」
お父さんになった一馬を直接見ることが出来るなんて、なんだか不思議な気分で涙腺が緩んでしまった。
あの一馬が、もうすっかりパパの顔だ。
まさか父親になった君にも、会えるなんて。
「はい! ボール」
「ありがとう! メイくん!」
「あれ? ボクのなまえをしっているの?」
「うん、教えてもらった」
「そっかー、おにいちゃん、よかったね。仲直りできたんだね」
「えっ……」
子供って何も伝えていなくても、鋭い時がある。
「えへへ、よかったぁ」
驚きを通り越して、宗吾さんと一馬と顔を見合わせて笑ってしまった。
まさかこの三人で笑える日が来るなんて
喧嘩別れではなかったが、途切れた縁が、違うカタチで結びついた。
「そうだね。またこうやって笑えるのっていいね」
「メイくん、ありがとうな」
もう少し話してみたい。父親の一馬と……。
「あの……『ハルトくん』って、どんな意味があるの?」
「うん、春の季節の様に暖かい人になって欲しいと言う意味と、北斗七星の様に皆をを包み込む人になって欲しいという意味を込めたんだ」
「そうか、いいね。一馬らしいな」
「あの……宗吾さん『メイくん』はどういう漢字ですか」
一馬が宗悟さんと普通に話している。それもまた不思議な光景だ。
「しっかり地面に根をはった芽が生えてくるように……そしてすくすく元気に育って欲しいと思って」
「いい名前ですね、それに瑞樹とセットで、最強ですね」
「おぉ! 俺もそう思っていたんだ。分かってくれるか。君もなかなか良いこと言うな……ふむふむ」
宗吾さんの声が、あたたかい。 本当におおらかな人だ。
目の前の現実を、あるがままに受け止めてくれる力強さが大好きだ。
「一馬……改めて紹介するよ。僕の大好きな宗吾さんだ」
「瑞樹……」
「いい人だな。おおらかであたたかいよ」
「うん! そして僕の弟であって、息子でもある芽生くんだよ」
「やさしくて明るいいい子だ」
「ありがとう! 二人は……僕の大好きな大切な家族なんだ」
「そうか……良かったよ。瑞樹が幸せでいてくれて」
僕から、僕の口で紹介したかった。
全部、僕が選んで決めたこと。
「そうそう、洗濯物が乾いたみたいだぞ」
「あ、取ってくるよ」
「また泊まりに来いよ」
「そうだね。違う季節も見たくなった。春斗くんの成長もね」
「そのうち芽生くんとも遊べるようになるよ。じゃあ、またな!」
「そうだね、うん、またね」
明るい別れだ。
縁が繋がっていく別れだった。
今度は……笑顔で別れられた!
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