705 / 1737
その後の三人『家へ帰ろう』13
芽生くんの言葉にハッとした。
「お兄ちゃんもパパも、タイセツなんだ」
「ありがとう。僕も芽生くんが大切だよ」
「わぁ、いっしょだね。いっしょのきもちっていいね!」
そうだよ。それが歩み寄る心のもとだよ。
一方通行でない想いが生き甲斐となり、自分も頑張れるし、相手のためにもいろいろしてあげたくなる。これって、いい感じの相乗効果だ。
とにかくそんな相手と出逢えたのは、人生において幸せなことだ。
「俺にとって芽生と瑞樹は、|掌中の珠《しょうちゅうのたま》だ」
「パパ、それなあに? どういういみ?
「あぁ、とても大事にしている人のことをそう言うんだよ。『掌中』は手の中のって意味で、『珠』は真珠や宝石のことだ」
「あ、わかった! 宝もののことだね」
「そうだ。芽生も自分の宝ものは大事にするだろう? 持っている宝石を大事にしない人はいないだろう? それだけ大好きってことさ」
宗吾さんがかみ砕いて芽生くんに教えてあげると、芽生くんはますますニコニコになった。
「うん! 僕の宝もの……ずっとずっとなくさないようにタイセツにするよ。もうリュックにしまっておくね。ひつじさん~おうちに帰ったらあそぼうね」
「偉いね。ちゃんとしまえて」
「だって……もうなくすのはいやだもん。赤ちゃんひつじ、ないちゃうもん」
芽生くんは自分のリュックにそっと羊をしまって、ほぅっと溜め息をついた。
「芽生くん、見て……お外が綺麗だよ」
「わぁ、キラキラだね。かえってきたんだね」
「そうだね。帰ってきたね、皆で」
ちゃんと帰ってくることが出来た……家族揃って、ここまで。
あの日叶わなかったことは、今日は叶う。
「でもね、お兄ちゃん、げんかんをあけて、ただいまーって、おうちのひとに抱っこしてもらうまでが遠足だって、ようちえんの先生がいっていたよ」
「あ、そうか。じゃあもう少しだね。よし、気をつけて帰ろうね」
家に帰ったら芽生くんを抱っこしてあげよう。
心の中で思っていると、宗吾さんに話し掛けられた。
「君が芽生を抱っこするだろうから、俺は瑞樹を抱っこしよう」
「えー、じゃあパパのことは誰がするの?」
「ん? パパは大人だからいらないよ」
「そんなことないよぉ~おばーちゃんがいってたよ。おとなだって抱っこしてほしいときがあるって」
「そ、そうか……芽生の言葉は深いな」
その通りだ。お母さんの言葉はいつも深い。
子供を抱きしめる大人だって、その肩を抱きしめて欲しい時があるのを僕は知っている。
大丈夫だよと優しく声をかけて欲しい時はある。
大人だって泣きたい夜がある。
不安に怯える時がある。
今の僕には……苦しみも喜びも分かち合える人が居る。
傍にいて、一緒に生きてくれる人がいる。
「そうだ。三人でまるくなってギュッとしようよ。みんなでだっこするの! どうかな~?」
「芽生くんは流石だね。それ、いいね」
「はは、よーし、家に帰ったら円陣を組もうな」
宗吾さんってば、また難しい言葉を。
「パパぁ~エンジンって、車の?」
「違う違う。3人で肩を組んで、輪になるのさ。スポーツの試合に前にやってたりするだろう」
「あぁテレビでみたことある。やる気がでるよね」
「ヤル気? おぉ! それだ」
宗吾さんの目がキランと光ったような?
宗吾さん? あの……今日ももうヤル気は必要ないですからね。
今晩は、もうお布団に入ってバタンキューですよ!
「な、瑞樹もヤル気を出そうぜ」
「い、いえ……もう夜ですから」
「夜だからの間違いだろ?」
「も、もう――、あっ、浜松町に着きますよ。降りないと」
モノレールの夜景を楽しむどころではなかったが、楽しい時間だった。
そこから電車を乗り継いで、最寄り駅に着いた。
見慣れた光景に、ホッとする。
そのまま僕たちの家に向かって歩き出す、一歩一歩。
外灯に照らされた影が伸びていく。
「わぁ……ボク、ウチュウジンみたいだ」
「ふふ、影が伸びて面白いね」
家族が揃えば、どこでも、いつでも和やかな時間が流れていく。
以前だったらおんぶを強請る芽生くんも、今日はぐずることなく元気に歩いている。
「芽生くん、疲れてない?」
「あのね、ひつじの赤ちゃんがいるから、ボク、がんばれるんだ」
「あ……そうなのか、それ、分かるよ」
僕も宗吾さんと芽生くんがいるから、頑張れる。
(本音を言うと、ホッとしたせいか、どっと疲れが出てきているけれども)
僕の顔を見つめた宗吾さんが急に立ち止まり、背中に乗れと合図してくる。
「瑞樹、君が一番疲れているだろう。ほら、おんぶしてやるよ」
「え? だ、大丈夫ですよ」
「じゃないだろう。夜道は人も少ないし、恥ずかしがるな。それに荷物は空港から送ったから身軽で、俺は体力が有り余っている。それにしても兄さんの土産の量、尋常じゃなかったな。とても持って帰れる量じゃなかった。あれをどうやってひとりで羽田まで持って来たんだ? 火事場の馬鹿力でもあるまいし」
「は……はぁ」
「お兄ちゃん、パパのおんぶって、のりごこちいいんだよ。いちどしてみて」
「ええっ! で、でも」
「ねっ!」
芽生くんに背中を押されては……いよいよ断れない。
結局、僕は宗吾さんにおんぶしてもらった。
宗吾さんの背中はお父さんみたいに広くて暖かくて……泣いてしまいそう。
「どうだ? 乗り心地は?」
「あ……いいです」
「姫抱っこはしたが、こっちはまだだったな。ははっ、体力温存しとけ」
「あ……っ、もう!」
逞しい体格と体力の宗吾さんは、男の僕をおんぶしても、平然と歩んでいく。
芽生くんは、宗吾さんのシャツに掴まって、しっかり歩いている。
なんて……なんて頼もしい人なのか。
この人となら、大丈夫。
そう信じられる広い背中を持っている。
ともだちにシェアしよう!