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その後の三人『さらに……初々しい日々』1

「じゃ、改めて無事の帰宅に、乾杯だな」 「はい!」 「かんぱーい!」  宗吾さんとキンキンに冷えた缶ビール、芽生くんはペットボトルの麦茶で、乾杯をした。 「やっぱり家飲みはいいな。さてと……明日からまた会社だから、早く風呂入って寝ないとな」 「そうですね」 「よーしっ、芽生はパパと風呂に入るぞ!」 「え~、またパパと?」  ちらちらと芽生くんが僕を見るが、ううう……今日はごめんね。ふくらはぎにもついている状態だと、他の場所にも、きっと……。 「うん、わかった! パパッとはいって羊の赤ちゃんとあそぶね。お兄ちゃんは赤ちゃんを抱っこしていて」 「う、うん」  すっかり芽生くんはこの子に夢中だね。手の平にのせた羊のぬいぐるみは10cmほどの小さなサイズで可愛い。    しかし、あの憲吾さんが一体どんな顔をして、これを買ったのかな?   想像すると少し楽しかったりして……あ、そうだ。今のうちに函館の兄さんに電話しておこう。旅行に行くのを知らせていたので、心配しているだろうな。 「もしもし、広樹兄さん?」 「おおー瑞樹、ちょうど俺も電話しようと思っていたぞ」 「そうなの?」 「由布院から無事帰って来たな」 「さっきね」 「おつかれさん、それでちゃんと挨拶できたのか」 「え?」  兄さんの声が小さくなる。 「瑞樹……お前、前の彼氏に会ってきたんだろ? このタイミングで九州に行った理由って、それしかないよな」 「な……なんで知って……?」  兄さんにはそこまで話していなかったのに、どうして分かってしまうのか。 「やっぱり、そうだと思ったよ。以前瑞樹の家に泊まった時、同居人は九州の実家に戻ったって話していただろう? 瑞樹のことだから……そろそろ改めて挨拶に行ったんじゃないかって」 「あ……うん。兄さん……『幸せな復讐』って知っている? 僕は……それをしてきたんだ」 「なんだ? それ……」  兄さんはポカンとした様子だった。 「つまり……あいつの幸せな姿を見て来た」 「はは、瑞樹の幸せな姿も見せつけてきたんだろ」 「そんな……見せつけるだなんて」 「平たく言えばそうだろ? お互い様だろう。よかったな……じゃあ……もう本当に全部吹っ切れたんだな。それってお前の居場所が出来た証しだから、兄さん嬉しいぞ」 「うん……そうだね」  広樹兄さんの言葉は、いつも直接的で飾らない。それが兄さんらしい。 「そうだ! ついに現れたんだ!」 「何が?」 「いやぁ~突然だったから、対処に焦ったぞ」    対処って? 兄さんの興奮した様子に話が見えなくなった。 「まさか……熊が?」 「へっ? 面白いこというな。いやいや、獰猛な熊より、もっと品行方正な奴だったぞ。実は宗吾の兄貴がやってきた。いやぁ~最初はみっちゃんが役所や警察の視察かと勘違いして、怯えて、すっ飛んで来て大変だったぜ」 「えぇ?」  それって……容易く想像、出来る‼   あぁ……憲吾さん、すみません! と心の中で謝っておいた。 「でも、話しているうちに気付いたんだ。俺、偉いだろう」 「うん! 兄さんはやっぱり長年接客をしているから、人を見る目が長けているんだね。流石僕の兄さんだ」  兄さんと話していると、いつもこんな調子でデレデレになってしまう。兄さんは本当に僕を可愛がってくれるし、僕も兄さんが大好きだ。 「はは、やっぱりお前は可愛い弟だな。なぁ憲吾さんは宗吾と真逆だが、根っこは一緒だな。同じ両親から生まれたから、土壌は一緒ってことか」 「そうだね、とても家族に優しい人だよ。実はさっき空港で会って、お土産をもらったよ」 「あぁ……だから瑞樹の好きなものを聞いてきたのか」 「そうなの? あの……兄さん、何て教えたの?」 「めちゃくちゃ甘党だって言っておいたぞ。どうだ? 沢山買って貰ったか」 「くすっ、うん、山ほどもらったよ。持ちきれなくて空港から宅配便で送ったんだ」 「やるなぁ、あーやっぱりまたライバルが増えたな」 「?」  電話をしていると、宗吾さんと芽生くんがお風呂からあがってきた。 「あ、二人がお風呂から上がったみたい。手伝ってくるね」 「おう、また電話しろよ」 「はい!」  リビングに飛び込んできた肌色に固まった。  ちょっと待って! 宗吾さんも芽生くんも、真っ裸ですけれど‼ 「二人とも……パジャマは?」 「忘れた! だから取りに来た」 「えへへ」 「も、もう少し拭いてから出てきて下さいよ」  もうこの親子は! と、苦笑してしまった。 「風呂の蓋、開けてあるから、瑞樹もすぐ入って来いよ」 「はい」  ****  シャワールームで、僕は赤面してしまった。 「宗吾さん……こんなに? あっ、やっぱり……ここまで……」  マンションの風呂場は蛍光灯なので、嫌でもクッキリはっきりと肌が鏡に映ってしまう。    宗吾さんが僕の身体を辿った痕跡が浮かび上がっている。  首筋、胸元、腹から腰に太股、その際どい内側……そして脚のふくらはぎにまで散らされた痕に、猛烈に恥ずかしくなってしまった。  同時に旅行中、宗吾さんは静かに見守ってくれたが……彼の秘めたる想いがここに込められているようで、身体がカッと熱くなった。  沢山心配をかけてしまったな。でも、こうやってその気持ちを吐き出してくれていたことに、むしろホッとした。  僕だって……もし逆だったら、宗吾さんの寝込みにキスマークの嵐かもしれない。そういえば北鎌倉で洋くんと一緒にキスマーク合戦したのは、楽しかったな。あそこは、また紫陽花の季節に訪れてみたい場所だ。  あの日交わした指輪が手元で光り、シャワーの水滴を纏って……潤っていた。 「瑞樹、着替えを置いておくぞ。逆上せるから、そろそろあがれ」 「ありがとうございます」  ふふっ、宗吾さんが珍しくパジャマを持って来てくれた。(っていうか、僕も持って行くの失念していたってこと? 人のこと言えないな)    その晩は芽生くんを寝付かせるのに、一苦労だった。  空港で羊の赤ちゃんをもらって疲れが吹っ飛んだようで、すこぶる元気だ! 「瑞樹、ううう、俺は……眠い」 「……僕もですよ」 「ボクはねむくないよぉ~」  3人で布団に入っても、芽生くんの目はまだギンギンに冴えていた。 「いやいや、寝ろ。ふぁぁ~」 「そうだよ。芽生くん、明日、お寝坊しちゃうよ……」 「うーん」  芽生くんがほっぺを膨らましているのが、可愛い。 「じゃあ、夢の中に遊びにいこうか。今日はどんな夢が見に行くのかな?」 「あ! じゃあまたイギリスにいくのにしようかな。あのキシさんとおひめさまに、ひつじのあかちゃんを見せに行ってくるね」  いつか見た夢の話だ。楽しい夢は……いつまで経っても忘れないらしい。 「いいね。じゃあ目を閉じて……」 「はーい」  おやすみ、芽生くん。  旅行から無事に戻り、家族で眠りにつく。  そして目が覚めると、いつもの明日がやってくる。  宗吾さんと芽生くんと「おはよう」と言い合える。  そんな当たり前の幸せが、僕には本当にありがたい。    

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