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その後の三人『さらに……初々しい日々』2
あの日どんなに待ってもやってこなかった……夜が来た。
しあわせの絶頂で、突然……幕を下ろされたから。
日帰りピクニックの帰り道、酷い雷雨で怖かったので、僕はお父さんの運転する車の後部座席で、夏樹と手をつないでいた。
『おにいちゃん、かみなりさん、こわい?』
『……だいじょうぶだよ』
『おにいちゃん、おてて、つなごう。たのしいことかんがえよう!』
『そうだね』
夏樹の小さい手は、とても温かかった。
好奇心旺盛で僕より積極的な明るい弟が、心から可愛いと思っていた。
『じゃあクイズだよ。おうちに帰ったらすぐにすることは、なーんだ?』
『ふふっ、あたたかいミルクを飲むことかな?』
僕も夏樹も、牧場のミルクが大好きだった。
『うんうん、そのあとは?』
『なつきと一緒におふろにはいることかな?』
いつも僕の背中をゴシゴシと洗ってくれたね。
『あたりー! そのあとは?』
『今日も一緒に寝る?』
二段ベッドを買って貰ったのに、夏樹はよく僕の布団に潜り込んできた。それが嬉しかった。
『うん! そうする。それでそれで?』
『明日も一緒にあそぼうね』
毎日その繰り返しで、明日ももちろんそのつもりだった。
『わーい! ぜんぶあたりー! さすが、おにいちゃん、だーいす……き』
その時、大きな音と衝撃。
身体が跳ね飛ばされて、繋いでいた手が離れた。
可愛い弟の声は、もう二度と聞こえなかった。
「あぁっ!」
すごい汗をかいて、ガバッと飛び起きた。
「はぁ……はぁ……」
身体が震えている。
夏樹……夏樹は、あの時……僕のことを『大好き』って言ってくれていた。
あぁ……やっと思い出せた!
「瑞樹、おい? 大丈夫か」
「あ……宗吾さん」
宗吾さんが僕の方にすぐにやってきてくれた。見下ろすと……僕の手は、芽生くんとしっかり繋がっていた。
「よかった……皆、いてくれて」
「怖い夢を見たんだな」
「……はい……でも知りたかったことをようやく思い出せました」
「夏樹くんのこと?」
「はい……最期の言葉をやっと」
涙が溢れてしまう……どうしたって止められないよ。
「なぁ、俺にも教えてくれるか」
「はい……『おにいちゃん、だいすき』と、それが臨終の言葉となりました」
「そ、そうか……うっ……」
宗吾さんの言葉も、詰まってしまった。
そのまま僕を強く抱きしめてくれた。
「お父さんもお母さんも無念だったろう。夏樹くんもおにいちゃんと別れるの寂しかっただろうな」
「あ……」
寄り添ってくれる、僕の今の心に。
「何度でも思い出してもいい、少しずつでいい。俺には全部話してくれ!」
「うっ、宗吾さん……宗吾さ……ん」
こんなに泣いてすみません。でも……どうか甘えさせてください。
「甘えてくれ……俺はそういうの大好きだ」
「うっ……う……」
「思い出せて良かったな。本当はずっと知りたかったのだろう?」
「はい……怖かったけれども……今日になって、ようやく」
「よかったな。まだ震えているな。そうだ……何か飲むか」
「あ……すみません。起こしてしまって」
「もう、いつもの瑞樹らしいな。ちょっと待ってろ」
キッチンから戻って来た宗吾さんに手渡されたのは、ホットミルクだった。
「あの……どうして……これを?」
「ん? なんとなく、心が落ち着くらしいからなっと……あぁいや正直言うと……広樹から伝授された。君が夜中にうなされた時は、これを飲ませたって聞いていたからさ」
「あ……広樹兄さんも、よく作ってくれました。実は……これを飲む約束をしていたんです。夏樹と家に帰ったら」
「そうだったのか。ほら飲めよ」
あたたかい牛乳は、少し甘く感じた。
「おいしいです」
「よかった」
宗吾さんに寄りかかると、バクバクしていた心臓も落ち着き、時計の規則正しい音が聞こえてきた。
確かな時を刻んでいる。
僕は生きて、僕の時を……今、刻んでいるのだ。
「あの……何時です?」
「もう5時過ぎ、明け方だ」
「あれから……ぐっすり眠っていたのですね」
「そうだ、夜明けを一緒に見るか」
「あ、はい!」
僕たちは寝室のカーテンを少し開けて、外を見た。
まだ空は暗いが、少しずつ近づいてくる今日という日の気配を感じる。
やがてビルの輪郭がはっきりしてきて、裾にオレンジの光線が生まれる。
光は徐々に広がり、闇を希望で浸食して行くようだ。
闇が染まって行く。
希望の朝日に……
生まれたての色に。
「あぁ……日が昇り始めますね
「あぁ、これが俺たちの『夜明け』だ」
手に持っていたホットミルクを飲み干すと、宗吾さんがすぐに僕に口づけをしてきた。
「お・は・よ・う」
あ……気持ちいい。
生まれたての朝日を浴びながら受ける口づけは、新鮮だった。
「う……」
「どうした?」
なんだか自分でも驚くほど気持ちが良くて……まずいな。キスだけで蕩けそうだ。まるでファーストキスみたいに、宗吾さんの唇に震えてしまった。
どうしたのかな? 身体が過敏過ぎる……。
「あれ? なんだか、俺たち……初めてのキスみたいだな」
「僕も……そう思いました」
「そうか……まぁ、ある意味、今日からが新しいスタートだもんな」
「はい! 宗吾さん……改めてよろしくお願いします」
「瑞樹、愛してる――」
僕たちは窓辺で、もう一度キスをした。
今度はもっと深く。
これが、はじまりのキス――
「さてと、このまま起きるか。洗濯物も沢山あるし、昨日はバタンキューだったから、家事が溜まっているぞ」
「はい、分担してやりましょう!」
そしていつもの日常が始まる。
旅行に行く前と何も変わらない日常がやってきた。
僕が待っていた1日のスタートだ!
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