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その後の三人『春の芽生え』4

「葉山、これで完成だな。そろそろ撤収するか」 「あぁ、次に行こう!」  残った花材をまとめて、脚立など道具の片付けに入った。  途中ハプニングがあったが、なんとか冷静さを取り戻せて良かった。    今回、宗吾さんの会社の装飾を担当出来ることになり、かなり気合いが入った。だから心をフラットにして精一杯、花と向き合いたかった。  会場から一歩下がり、装飾した花をぐるりと見渡した。 「よし! ちゃんと花が生きているね」     満開の桜も八分咲き五分咲きも……蕾も、枯れ枝すらも、全部生きている。    どの年代になっても活躍できる人でありたい。桜が毎年咲くように、失敗したりハプニングに巻き込まれても、それで終わりではない。    チャンスは一度きりではないから、どうかあきらめないで――  花を大切に。  人を大切に。  そのことを寄り添うように生きた花に込め、入社式に臨む全ての人に伝えたいと思った。  なんだか僕自身へのメッセージみたいだ。  無事にやり通せたのは、宗吾さんのおかげだ。  先ほど……恐怖に苛まれ、震える身体を支えてくれたのも、心を温めてくれたのも宗吾さんだった。唐突に高校の同級生と言われても本気で思い出せなくて、相手を苛立たせてしまったようだ。自分が撒いた種かもしれないが、あのような言葉を今更言う必要はないだろう。  以前、ホテルのロビーで偶然見かけた同級生の顔は辛うじて覚えていたのに、さっきの彼は印象にない。たぶんあまり相性がよくないと感じ、避けていたのだろう。  そういう相手の記憶は、どんどん消えていってしまうのだな。 「瑞樹ちゃん、お顔がこわいよ」 「あ……菅野、ごめん」  しまった!  仕事が終わった途端、またさっきの事を思い出してしまうなんて駄目だな。しかし以前の僕だったら、同級生の顔を思い出せなかったことをひたすら詫びて、不快にさせたのを気にして落ち込んだかもしれないが、今の僕は違った。その先のことまでしっかり考えられるようになっていたし、自分の行動に自信を持てるようになっていた。  あれは興味本位でいきなり問われる内容ではなかった。だからあの対応で間違っていない。 「さぁ、もう気持ちを切り替えて行こうぜ」 「そうだな。菅野、ありがとう」 「なんのことだぁ~? それより金森鉄平はボディガードに向いていそうだな」 「くすっ」  未だに、仁王立ちしている金森に声を掛けた。 「金森。そろそろ行くよ、お疲れさま」 「了解っす! 葉山先輩たち、集中して生け込み出来ましたか」 「あぁ、ありがとう」 「胸熱です! 役に立つって、いいですね!」  適材適所、いや……適所適材というのか。適材を適した地位任務につけるのではなく、適した地位任務に、適材をつける。  金森の伸ばし方が、少しだけ掴めたような?   「先輩、荷物持ちます!」 「ありがとう。次は高所作業があるから、金森も中に入って手伝ってくれ」 「はい! 俺、先輩よりずーっと背が高いので、任せて下さい」  う……それは少し余計だ。僕だって一般男性並みの身長はあるよ?  中性的な顔立ちのせいで周りから可愛く見られがちだが、僕も男だから仕事では格好良くありたいよ。    それに……僕を可愛いと言って良いのは、宗吾さんだけだ。宗吾さんに言われるのは擽ったく甘く、嬉しいこと。  帰り際ちらっと振り返ると、宗吾さんが腕を組んで僕を見守ってくれていた。  暖かい眼差しを受けて、僕はコクンと頷いた。 (今日はこのあとまだ二件も作業があるので、徹夜になります。頑張って来ますね)  心の中で伝えると、大らかな笑みで答えてくれた。 (あぁ、頑張って来いよ! 何かあったら呼べ!) (はい! いってきます)  不思議だな。声に出さなくても会話が成り立っているように感じるなんて。  以心伝心だ。  いつだって僕の心は、宗吾さんに向いている。 「葉山さぁ、さっきみたいな事がまたあったら遠慮無く言えよ。今度は滝沢さんはいないからよ」 「菅野、ありがとう」  菅野には事の詳細までは話していないが、勘のいい彼だから大体のことを察しているようだ。僕が苦手な場面に気付いて、サポートしてくれるのが有り難い。  もう……ひとりで頑張り過ぎない。  人を頼るのは悪いことではない。  人は支え合って生きている。  いつの間にか、素直にそう思えるようになっていた。  今の僕には、帰りたい家があり、愛したい人がいるから、僕自身の存在がますます大切になっていた。  **** 「おばあちゃん、今日はおにいちゃん帰ってこないんだよ」 「瑞樹くんのお仕事は、イベントの時期に忙しいのよね」 「あのね、おしごとしているお兄ちゃんって、かっこいいんだ」  以前、彼の職場にお花を買いに行ったことを思いだしているのね。 「そうね。がんばっている人の顔は、みんな格好いいわ」 「うん! そうだよね。おばーちゃん、おばーちゃんがお兄ちゃんのことほめてくれると、ボクもうれしいよー」  芽生が持ってきてくれたお菓子を縁側で頬張りながら、微笑みあった。 「あと、このおかし、だいすき」 「かるかんね。どうしたの?」 「しあわせやさんが送ってくれたの」 「まぁ! じゃあ若木旅館のね。懐かしい味だと思ったわ」  新婚旅行で一泊した旅館。  お部屋に入ると白くて丸いお菓子が置いてあった。 「君も一緒に食べよう」 「はっ、はい」  お見合いで結婚したから、まだぎこちない夫婦だったけれども、向き合ってお菓子を食べて……「美味しい!」と同時に言ったのがおかしくて、くすっと笑いあったのよね。  そこから少しずつ、打ち解けていったのよね。  懐かしく愛おしい、思い出の味だわ!  

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