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その後の三人『春の芽生え』6

「葉山、お疲れ! 気をつけて帰れよ」 「うん、菅野もお疲れさま。明日は休みだ。お互い身体を休めよう」 「りょーかい!」  4月1日の朝、ようやく仕事から解放された。  ふぅ、これで三日ぶりに我が家に帰れる。  フラワーアーティストの肩書きを頂いたのと引き換えに、統括責任という立場になったので責任感も半端なく疲れたな。  一度会社に戻り帰り支度を整えていると、直属のリーダーが入れ違いに出社してきた。 「葉山は今、帰りか」 「リーダー!おはようございます」 「おつかれさん。今、君に任した現場を確認してきたよ」    僕なりに今出来る最大限の誠意を尽くしたが、大丈夫だったろうか。 「葉山はまた腕を上げたな。何か大きな山を乗り越えたあとのような、いつになく雄大なイメージだった。特に広告代理店の桜が良かった。満開の桜だけで出迎えないのが葉山らしいな」 「あ、ありがとうございます」   雄大なイメージ!  最高に嬉しい褒め言葉だ。  僕の作品に足りなかったのは、のびやかでおおらかな雰囲気だとずっと思っていた。 「今の葉山は、心が穏やかで生き生きしているようだな。そうだ……今度こんなコンクールがあるから、君も応募しなさい」 「……コンクールですか、僕には時期尚早です」 「いや、君はいつも控えめだが、時には挑戦することも大切だぞ」 「……考えておきます」 「まぁとにかくゆっくり休め。まる2日頑張ったな。よくここまで……たった1年で復帰したな」  ポンと肩に置かれたリーダーの手は、父親のように温かかった。  リーダーは、去年のあの事件の詳細を知っている。だから余計に、じんとした。  そうか……まだこの職場に復帰してから1年しか経っていないのだ。    自分の手をじっと見つめ、この手が自由に動くようになって本当に良かったと、喜びと感謝の気持ちで一杯になった。  途中ハプニングがあったが、すぐに立て直せたのは宗吾さんのお陰。  そして菅野の気遣い、あと金森のガードも役立った。  僕は花に、ひたすら没頭出来た。  ロッカーに行くと、金森が仮眠用のソファでいびきをかいていた。 「……初めての徹夜での作業だったもんな、流石の君も疲れたな」  そっと枕元に栄養ドリンクを置いて、僕は会社を後にした。  さぁ戻ろう……僕の家に、僕の家族の元に! 「あ……そうか」  のびやかな雰囲気で生けることを掴めたのは、きっと直近の旅行……軽井沢、白馬旅行と、大分旅行のおかげだ。  雄大な景色で心を解き放てた影響は、こんな所にも出るのか。  **** 「宗吾、芽生、おはよう」 「あらあら。いやだわ。あなたたち、なんだか疲れているわね」 「寝坊したんだ」 「まぁ芽生ったら靴下が揃っていないし、ひどい寝癖ね。そういう所、宗吾の小さい時にそっくりよ。まさか宗吾も?」  ジロッと見ると、宗吾も足下を見て「わぁぁ……まずいな」と嘆いた。 「大の男の人が靴下をはき間違えるなんて、情けない」 「うう……微妙に柄が違うな」 「どうしてこんなことになるの? 瑞樹くんがいないからって、あなたは腑抜けすぎよ」 「母さん、それ図星だ。面目ない……」  次男の宗吾は、彼特有の明るい笑顔で屈託なく笑う。  怒られ慣れているというか、悠然と構えているからなせる技ね。憎めない子。 「こっちに来て履き替えなさい。お父さんの使っていない靴下があったわ」 「父さんの? わわ、怒られそうだな」 「天国から『宗吾!!』って、ここに眉間に皺を寄せているかもしれないわね」 「参ったなぁ」 「おばあちゃん、ボクはどうしよう?」  芽生も靴下を見下ろして、もじもじしている。 「芽生は裸足になるといいわ。今日はとても暖かいから」 「うん! ハダシ大好き!」  宗吾を見送ってから、また芽生と過ごした。  こんな風に平日のんびりと過ごすのも、あと数日ね。  通う小学校は学童保育が充実しているそうだから、預かる機会も減っていくのね それにどんどんひとりで行動するようになる。家族よりもお友達と過ごす時間が増えて、少しずつ巣立っていくのよね。  二人の息子を育てたから分かっているのに、見送る方には少しの寂しさがいつも残るものよ。 「お父さん、もう少し長生きしてくれたら、私がいろんな所に連れて行ってあげたのに、少し早すぎましたね」  仏壇の前で手を合わせて、天国にいるあなたと対話した。 (そうだね。お母さん……少し急ぎすぎたかな。天国から見守っているよ。君が笑うと、星が瞬いて綺麗だ。昨日、由布院の温泉旅行を思い出していたね。私も思い出していたよ。お互い緊張していたが、かるかんを食べたときの君の甘い笑顔に一目惚れしたんだよ) 「おばあちゃん。お庭にお水をまいてもいい?」 「あらいやだ。ぼうっとしていた?」 「おじーちゃんとおしゃべりしてたみたいだよ」  芽生がニコッと笑ってくれたので……夢現だったのが現実になった。  **** 「ただいま」  誰もいないと分かっていても、声に出してしまう。  ただいまと言える家があるのが、嬉しい。  部屋の空気を吸うとホッとする。  宗吾さんと芽生くんと僕の匂いだ。  いろいろやらないといけないことは多いが、と……とにかくまず眠りたい。  昨日は、ほぼ貫徹状態だったから、昼過ぎまで眠ろう。  ふらふらとした足取りで洗面所に向かうと…… 「わぁ!」  ツルッと滑って、尻もちを付いてしまった。  尻もちをついた所が濡れていたらしく、ズボンがじわっと濡れて飛び起きた。 「いたた……なんだ?」  電気を改めてつけて驚愕。  どうやったら、ここまで汚せるの?  思わず苦笑してしまった。  寝坊したらしく洗濯物もかけていないし、洗面所全体がびしょびしょ……床まで濡らして、水漏れしたらどうするつもりなのか。 「あー、もう……くすっ……くすくす」  怒ろうと思ったけれども、なんだか可笑しくて、嬉しくて、楽しくなってしまった。 「もう二人とも、僕がいないと駄目なんだな」  そんな自己満足とも惚気とも取れる……言葉を漏らしてしまった。  今すぐ掃除したいけれども、取りあえず寝よう。  床だけ拭いて、僕は自室ではなく宗吾さんのベッドに潜った。  宗吾さんの匂いだ。  ……おやすみなさい。 あとがき(不要な方はスルーです) **** 『幸せな存在』は幸せな復讐を終えたところで一応物語として完結しています。でも、結局その後のエピソードを続けてしまっていますが、大丈夫でしょうか。 私が書きたいことがあるうちは、こんな感じで続けてみたいなと思います。

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