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その後の三人『春の芽生え』8

「じゃあ、私はそろそろ帰るわね」 「お母さんも、よかったら夕食を一緒に」 「ふふ、それはまた今度にするわ。宗吾を頼むわ」 「あ、はい」 「あの子、きっと今日はすっ飛んで帰ってくるわね」    なんだか僕たちに気を遣ってもらったようで、照れ臭い。    お母さんを玄関で見送ってから、芽生くんを見ると何か違和感を抱いた。  あ……靴下の柄が全然違う。朝、そんなに忙しかったのかな? 「えっと……芽生くん、先にお片付けしちゃおうか」 「うん! どこからする?」 「うーん、芽生くんのお部屋からかな」 「えぇっ!」  芽生くんがドキッっと肩を上げた。  案の定、子ども部屋はおもちゃやお菓子の食べこぼしで、しっちゃかめっちゃかになっていた。 「め……芽生くん? これは一体……」 「わー! ごめんなさい」 「おもちゃはちゃんと元の場所にお片付けしようね。それからお菓子はお部屋で勝手に食べたら駄目だよ」 「ううう、うん」  そして洋服ダンスを見て、またもや唖然とした。    普段から僕が洗濯物を綺麗に分かりやすく畳んで並べているので、柄違いの靴下を履いてしまうのが不思議だったが……ここはまるで泥棒が入ったように荒れていた。 「えっと……朝、お寝坊しちゃった?」 「……うん、パパが『それそれ、いそげー』っていうから、ごめんなしゃい。ぐちゃぐちゃにかきまぜちゃった」 「そ、そうだったんだね」  芽生くんは反省しているようで、床に頭をつけてペコンと謝ってくれたので、この辺で注意は終わりにしよう。 「お、お兄ちゃん、おこってる?」 「いや……芽生くん、ひとりで頑張ったね。宗吾さんのことも、ありがとう。ソファにお布団を運んでくれたの、芽生くんだよね? 洗面所も、ひとりでもちゃんと歯磨きしようって思ったんだね」 「うん! うん! パパはね、おおきな赤ちゃんみたいで大変だったよ~」  ソレ分かる! 「そうだよね~宗吾さんは大きな赤ちゃんみたいな時があるよね」 「そうなの! もうね、いうこときかないんだよ」 「くすっ」  床に座って芽生くんと大きく頷き合っていると、頭上から宗吾さんの声が振ってきた。 「へぇ、誰が赤ちゃんだって? 瑞樹、そんなこと言っていいのか~ 俺はいいけど!」 「そ、宗吾さん!」  スーツ姿の宗吾さんが、ニヤッと明るく笑っていた。   「お帰り、瑞樹!」  宗吾さんは悪びれた様子はなく、僕に『お帰り』と言ってくれる。いやいや……この場合は僕が言う台詞だ。 「宗吾さん、お帰りなさい!」 「おー会いたかったぞ~ 瑞樹! そして芽生~喜べ! 瑞樹が戻ってきてくれた! 救世主だ!」 「わっ! ちょ、ちょっと」   宗吾さんに芽生くんと一緒にギュッと抱きしめられて、ポカポカ気分になった。 「パパ~ これで僕たちの家はたすかったね」 「ははっ、だな」 「も、もう。ふたりとも汚すぎですよ!」  そこから、三人で超特急で掃除をした。僕が指示を出せば動いてくれるのに、僕がいないと駄目駄目だな……あぁ、やぱり惚気てしまう。 『この家は僕がいないとまわらないのかな』 「みーずき、なんだかご機嫌だな。帰宅後、仮眠をしっかり取れたみたいだな。目の下に隈もなくなって、いつもの可愛い顔に戻ったな」  水浸しの洗面台をタオルで拭いていたら、いきなり宗吾さんが背後から抱きしめてきたので、驚いた。鏡に頬を赤く染める僕の顔が映っている。 「あ……駄目ですよ。芽生くんが起きているのに」 「今は、夢中で子供部屋の掃除しているよ」 「ん……」  宗吾さんの手が僕の胸元に伸びてきて、心臓がトクンと跳ねた。 「あ……あの、ま、まだ……駄目ですよ」 「うー、俺、猛烈な瑞樹不足なんだけどな」 「な、なんですか」  ドキドキ、ドキドキ。  昨日、軽く口づけしてもらったが、こんな風に触れられると…… 僕の方も変なスイッチが入ってしまうから困る。  パタンと扉が閉められて、項にチュッとキスをされた。 「あ……」 「可愛いよ。それに瑞樹……今日は花の匂いで溢れている」 「2日間……ずっと花を弄っていたから……僕、昨日シャワーしか浴びていなくて、汚いです」 「気にするな。そうだ、今日は3人で風呂に入るか」 「え……流石に狭いですよ」  どうしよう! ワイシャツ越しに胸を揉まれ、項にキスされただけで兆しているなんて……僕も相当な宗吾さん不足だ。 「だ、駄目です」 「どうしてだ?」 「う……もう」 「あ、もしかして」 「あぁっ」  下腹部を意図的に撫でられ、震えてしまった。続けてヒップを揉まれると、少しだけ痛かった。えっと……どうしてこんな所が痛いのかな? あ……そうだ! 急激に火照った身体がクールダウンしていく。 「宗吾さん! 今思い出しましたけど、洗面所の床が水浸しで、僕は派手に滑って転んでしまいましたよ」 「え? そうだった? 気付かなかった、ごめん」  がっくし…… 「お尻打って痛かったので、今日は触れないで下さい」  ぴしゃりというと、突然ベルトを外された。 「えぇっ?」 「それは大変だ! 目視で確認しないと」 「ちょっと……もう少し反省してくださーい!」  僕の大声で、芽生くんが駆けつけてくれた。 「お兄ちゃん! 敵はどこ? やつけるよぅ!」  刀をブンブン振り回して……あぁぁぁ……危ないってば。 「わーよせ、よせ! 芽生、そうだ! 今日はみんなで風呂はいろうぜ」 「お風呂? うん。パパとおにいちゃんと一緒に? やったー」  お風呂に釣られる芽生くん……それでいいの?  というわけで、ふたりが湯船に先に浸かったので、僕は汚れた洗濯物を仕分けていた。この前ティッシュが入ったまま洗ってしまい大惨事だったので、気をつけないと。  芽生くんの靴下、宗吾さんの靴下……あれ? こんな渋いの持っていたかな。 「宗吾さん、こんな靴下持っていましたか」 「あー、悪い。それ親父の借りた。朝履いたのは鞄の中だった」 「取って来てもいいですか」 「あぁ、頼む」  どうして、わざわざ履き替えたのかな?    脱いだ靴下を見て、肩を揺らして笑ってしまった。  グレーに黒い模様は合っているけど縦縞と横縞だ。  大の男の人が、芽生くんと同じことを?  も、もう――本当にこれはまずい。  宗吾さんには、僕がいないとまずい。  またもや、一人でニヤニヤしてしまう。 「瑞樹もそろそろ入れよ。俺が芽生の身体を洗っている間に浸かれ」 「は、はい!」 「ん? なんでニヤついている?」  はっ! 自然に笑っていた? 「やっぱり、宗吾さんは、大きな赤ちゃんだなって……」 「くくっ、その発言、あとで悔やむかもよ?」 「どういう意味です」 「いやこっちの話だ。さぁ肩まで浸かれ」  狭いお風呂に、三人でぎゅうぎゅう。 「パパ、くすぐったいよぉ」 「芽生、お前は昨日ちゃんと洗っていないだろ」 「それはパパもだよー」 「え、汚い……」 「はは、洗うことは洗ったけど超特急でさ、今日はよーく洗わないとな」  下心満載の宗吾さんの台詞まで幸せに感じるのだから、僕は重症だ。  でも……湯気に包まれて笑顔が弾ける、こんな時間が大好きだ。  天国のお父さん、お母さん、夏樹……  僕の家には、笑顔が絶えません。  賑やかな家が、僕の家になりました。  そう報告出来ることが嬉しくて、やっぱりまた微笑んでしまった。

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