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整えていこう 2
「パパ、お兄ちゃん、ひとりでだいじょうぶかな? どうしても今日いかないとダメなの?」
「うーん」
難しい。どう答えたらいいのか、俺にはよく分からん。
玲子とは酷い別れ方をした。離婚当時は玲子の親もカンカンで俺の顔なんて見たくもないと怒鳴られ、芽生の親権だってあっさり俺に渡したのに、今になってこの執着は何故だ?
玲子の親だって、俺たちの離婚の理由を知っているだろうに。同性愛なんて信じられないと、思いっきり蔑まれた。だから俺になんて会いたいはずがない。
だが俺に直接電話してまで、芽生に会いたいのか。
難しいな。
「パパ、おばあちゃんちに、あがるの?」
「うーん」
「ボク……ちょっとこわいな」
「そうか」
「おばあちゃん、この前、ボクのうでぎゅーって、ひっぱって……いたくて」
「そうだったのか」
やはり今になって芽生を引き取りたがっているのか。どうにも心配だ。
玲子はそんなつもりがなくても、結局今の玲子は親に頼って生活しているようなもので、頭が上がらないだろう。あの都心の一等地のネイルサロンだって、親の全額出資だと聞いたぞ。
ここは全部、洗いざらい瑞樹との関係を正直に話してしまいたい。それでさっぱりしたい。
だが……
先ほどの瑞樹の澄んだ眼差しが、浮かんだ。
『こういう時は傘をさして通り抜けましょう』と、勇み足の俺を宥めてくれた。
君のそういう考えが好きだよ。俺にはない人への根本的な優しさを感じる。
君の考えは、先日地下鉄のマナー広告で学んだばかりの『江戸しぐさ』を思い出すよ。『江戸しぐさ』というのは江戸商人が築いた行動哲学で、人間関係を円滑にするための人づきあいや共生の知恵を集結させたものだ。
江戸しぐさの一つ『傘かしげ』は、すれ違う相手が傘を外側に傾けて、こちらが濡れないようにしくれる仕草の事で、傘同士がぶつからないようにという優しい配慮がある。
心優しい瑞樹のさす傘は、きっとそんな傘だ。瑞樹はただ傘をさして通り過ぎるだけでなく、気持ちがいいすれ違い方をしそうだ。
俺もこんな時は大きな傘をさして、瑞樹を見習いたい!
今日は芽生の入学式。お祝いの大切な日だ。事を荒立てないのも一つの手段なんだな。
「芽生、今日はパパがずっと一緒だし、用事が終わったらすぐに瑞樹のところに帰ろう!」
「うん! お兄ちゃんと遊ぶやくそくしたんだ」
「そうだったな、パパも会いたいよ」
鬱陶しがられようが、芽生だけを渡すなんてことは、絶対にしない。
傘を傾けて、さっと通り抜けるぞ!
****
「まぁぁ〜メイちゃん、ランドセルかわいいわぁ〜、さぁさぁお上がりなさい。大きな苺のスペシャルショートケーキを買ってあるのよ」
案の定、玲子の母親は俺に見向きもせず、芽生だけ連れ去ろうとする。
「パパは?」
「宗吾さん、車でいらしたんでしょう?」
「ええ、そうですが」
「じゃあ少しそこで待っていて下さらない? 家にあなたをあげると主人が嫌がるし」
なんだって? おいおい、俺をどこまで蔑む気か!
ギュッと握った手がプルプルと震える。
「さぁさぁメイちゃん早く行きましょう」
「え、待って……いたいよぉ」
怒りを飲み込むのに必死で、しばらく動けなかった。
芽生が強引に連れて行かれようとしているのに……
そんな時、背後から瑞樹の声が聞こえた気がした。
……
宗吾さん、早く追いかけて下さい。
さぁ、傘をさしましょう!
芽生くんと一緒に入れる、大きな傘を広げて下さい。
……
ありがとう、励ましてくれて。
君とは、以心伝心だな。
胸にじんじんと伝わってくる!
「待って下さい!」
俺は急いで駆け寄り、芽生を思いっきり高く抱き上げた。
「俺が芽生の保護者で父親です! だから一人では絶対に行かせられません!」
「パ……パパぁ……」
「芽生、ごめんな」
「うっ……ぐすっ、ボク、パパといっしょがいい!」
芽生もギュッと俺に抱きついてくれる。
もう絶対に離さないよ、芽生。
芽生と瑞樹は、俺の大切な、大切な家族だ!
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