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整えていこう 3
芽生を抱っこして、玲子の実家の玄関まで行った。
ここに俺が来るのは久しぶりだ。結婚前の挨拶と、結婚後は年始の挨拶程度で、滅多に足を運ばなかったしな。瀟洒 な洋館は必要以上に華美な造りで、どうも居心地が悪かったんだ。
「さぁ、お上がりなさいよ。メイちゃん、もうパパの抱っこはおしまいよ。おんりしなさい」
「で、でも」
「いえ、上がりません。玄関先で失礼します」
「まぁ……宗吾さんは、どうしてそんなに素っ気ないの?」
目を丸くして驚かれたが、それはこちらの台詞だ。
「さっき仰ったじゃないですか。俺は家にはあげられないと。ですが俺は芽生の父親なので、芽生から離れません。なので上がれません」
「んまぁ~相変わらず強情ね。玲子が可哀想よ」
「それは……既に正式に処理した話です」
もうやめろ、これ以上幼い芽生の前で、いい大人が騒ぎ立てるなよと、怒鳴りつけたくなった。だがこれ以上芽生を怯えさせたくない。
俺と玲子の母との会話は、冷め切っていた。
「すみませんが、さっき言われた通りにしているだけです」
すると遠くから、玲子の父親の更に冷ややかな言葉を浴びた。
「おい、お前何をしているんだ。そんな奴、あげるな」
「もう仕方がないわね。玄関先で渡すわ。ちょっと待っていなさい」
いったん姿が見えなくなると、芽生が俺の上着で目に浮かんでいた涙を拭いていた。
「パパ……もうおにいちゃんのところにかえろうよ」
「そうだな、そうしよう」
いつまでも心が通わない場所に、長々と留まらなくていいだろう。
「めいちゃん~ほら、上履き入れや手提げ袋よ。デパートで買ったから高かったのよ。品があるでしょう。あなたは本当は私立に行かせたかったのよ。あとこれは当面のお金よ。好きなおもちゃなど沢山買いなさい。パパだけじゃ行き届かないでしょう」
これは……両方、受け取れないな。
まるで恵んでやるような物言いだ。
瑞樹、もういいよな?
俺……もう限界だ。
「申し訳ないのですが、お気持ちだけ受け取らせて下さい。玲子ももう新しいスタートを切っています。俺たちも同じです。もうそっとしておいてくれませんか。不自由はしていませんので」
「ま、まぁ……なんて失礼な。恩を仇で返すつもり!」
「いえ……そういうつもりでは、お気持ちは嬉しいのですが……」
「パパ、下ろして」
「あ、ああ」
トンっと玄関に足をついた芽生が、しっかり玲子の母を見て言う。
「おばあちゃん、あのね……もう上履き入れもバッグも手作りを作ってもらったんだ。ごめんね。それからボクはパパがだいすきなんだ。だからパパのこと、いじめないで」
「ま……まぁ、メイがそんな生意気なこと言うなんて、おばあちゃんががっかりしましたよ」
生意気?
小さな子供の真摯な言葉を、そんな風にしか捉えられないのか。
もう無理だ! もう限界だ!
瑞樹に免じて、大声で怒鳴らなかっただけ感謝しろよ。
瑞樹が差し出した傘のおかげで、なんとか……辛うじて冷静さを保っているのだ。
「パパ、もう帰ろう? ねっ」
「あぁそうだな。では本当に失礼しました。今後はもうお気遣いなく!」
「まぁぁ……」
玲子の母は、開いた口が塞がらないようだった。
申し訳ないが、こういう相手にはここまでハッキリ言った方がいいと思う。
「だから言っただろう。去った孫にお前は執着しすぎだ!」
「でも、あなたぁ~メイちゃんは男の子なんですよ」
「五月蠅い! もう知らん」
夫婦喧嘩が始まる予感がしたので、一礼して出てきた。
疲れた、俺はこんな晴れの日に一体何をしているのか。
「パパ、おうちかえりたい」
「そうだな。とにかく戻ろう」
途中で雲行きが怪しくなり、ぽつり、ぽつりと雨が降り出してしまった。先行きよくないな。
雨は本降りになっていく。
芽生は外を見て泣きそうな顔だし、俺も早く瑞樹の元に戻りたくて堪らない。
親子で暗澹たる気持ちで一杯になっていた。
やがてマンションが見えてくると、一気に安堵した。
「あ、パパ! 見て、お兄ちゃんだ!」
****
函館の母と兄と電話をしたら、元気が出た。僕と宗吾さんとの関係を応援してくれる家族の優しさに触れたからだ。だからすぐに芽生くんが大好きなケーキ屋さんに行くことにした。
「いらっしゃいませ」
「ショートケーキを三つ下さい」
迷うことなく注文すると、お店の人が違うケーキを見せてくれた。
「お客様、本日はこのようにいつもより苺が大きいスペシャルショートケーキがあります。おすすめですよ」
確かに華やかで美味しそうだけれども、苺の他にチョコレートの飾りや金箔がかかっていて華美だった。
「あ……ごめんなさい。いつものがいいです」
「了解しました」
せっかく勧めてもらって悪かったが『いつもの』 がやっぱりいいな。苺も生クリームもスペシャルよりは控えめだが、素材の味をシンプルに楽しめる。
でも……せっかくの入学祝いをするなら、華やかな気分も大切かな? そうだ……こんな時は花を贈ろう。入学を祝福する花を。
駅前の花屋さんに足を伸ばし、気取らない花束をお願いした。
オレンジのガーベラの花言葉は『忍耐強さ』『冒険心』黄色いガーベラは『究極の愛』『やさしさ』
ガーベラ自体の気取らない花姿に元気をもらえる。そこにかすみ草を合わせてもらった。
かすみ草は『清らかな心』だ。
「お客様、雨が降りそうですよ」
「え?」
見上げるといつの間にか黒雲が発生していた。すぐに、ぽつりぽつりとアスファルトに水玉模様が出来て行く。
あ……傘、持ってこなかったな。これでは、せっかくのお花が台無しだ。
「お客様、うちの店では、こんな時のためにリーズナブルな傘を扱っているので、いかがですか」
パッと開いた透明のビニール傘には、手書きの絵が描かれていた。いろいろなカタチの葉っぱだ。
「わぁ、素敵ですね」
「二人で入っても十分な大きさのビニール傘なんですよ」
「いいですね。これも下さい」
「ありがとうございます。樹木をイメージしたんですよ。雨宿りしたくなりません? この傘の下で」
「分かります!」
雨脚が強くなってきたが、僕は大きな傘を差しているので濡れない。
大きな木の下で雨宿りしているような気分になってくる。
疲れて帰ってくる二人も、ここに入れてあげたいな。
そんな思いで歩いていると、マンションの前で声をかけられた。
「お兄ちゃん!」
「瑞樹!」
思っていたより、ずっと早く戻って来てくれた! もしかして夜まで戻ってこないかもと諦めていたのに。
「お帰りなさい」
「ただいま! いい傘をさしているな。そんなの持っていたか」
「あ……雨が降ってきたので買いました」
「そうか、俺も入れそうか」
「もちろんです」
「お兄ちゃん、ボクも入れる?」
「もちろんだよ。さぁ、芽生くん、おいで!」
駐車場からマンションの玄関までの短い距離だが、三人で仲良く傘に入った。
雨の飛沫も煌めいて見えるのは、僕の心が晴れているから。
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