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整えていこう 5

「よし、じゃあ、今から名前付けをするぞ」 「ボクもやる! がんばるぞー!」  ご機嫌な芽生が油性マジックのキャップを取って頭上に掲げたので、ひやりとした。いつぞやのように俺の服や壁についたら大変だ! 「待て待て、芽生は応援だ。パパがつけるから」 「えー、ボクもしたかったなぁ」 「ダメだ。ほら、早くマジックをよこせ」 「うう、どうしてもダメ?」 「ダメだ!」  そんな押し問答をしていると、洗い物をしていた瑞樹がやってきた。   「じゃあ芽生くん、名前をつけて欲しいものを全部、ここに運んでくれるかな?」 「うん! まかせて」 「全部ひとりで運べる?」 「うん! やってみる」 「すごいね。じゃあ頑張ってみようか」 「はーい、パパ、マジックどーぞ」  瑞樹が優しい口調で言えば、芽生はマジックを素直に渡し、そのまま子供部屋にスキップしていった。 「へぇ、やっぱり瑞樹はすごいな」 「何がですか」 「俺は単刀直入過ぎるだろ? 駄目なものはどうしても譲れなくてな。譲渡案が浮かばないんだ」  芽生に大人げない言い方をしてしまったと反省を込めて瑞樹を見つめると、やわらかく微笑んでくれた。ほっとするんだよな、その笑顔。 「宗吾さんがビシッと言ってくれるので、僕が言葉を足せるのですよ。宗吾さんのそういうきっぱりとしたところ……あの、とても、好きなんです」 「て、照れるな。俺は瑞樹のふんわりした物言いが好きだ。つまり瑞樹が大好きだ。君の存在自体が周りを癒やすんだよ」 「ありがとうございます。なんだか……て、照れますね」 「はは、俺もだ」    二人で照れ臭くなっていると、ランドセルを背負って戻って来た芽生に笑われた。 「あーまたまた、パパたちは『アチチ』していたの? でもボク、パパとお兄ちゃんのそういうところすきなんだ。『アチチ』のちかくって、ポカポカになるでしょ」 「確かに!」  灯り周りには、いつだって団欒が生まれる。  炎に直接触れるのは火傷する時もあるが、その周りは温もりでポカポカだ。 「芽生くん、考えたね。ランドセルに入れて運んできたんだね」 「うん、おもいのになれようとおもって、あとこれなら落とさないかなって」  芽生なりに小さい頭で色々工夫し考えているのだなと、感心してしまった。  今の俺の家には、瑞樹がいなかったら気づけなかったものが沢山ある。 「さーて、パパがみーんな書いてやるから、貸してみろ」  まずは鉛筆や消しゴム下敷きに、筆記道具は楽勝だ。ノートや教科書だってスイスイだ。 『たきざわ めい』    流石に何度も書くと手先がジンジンと痛くなってきたぞ。だがこの後、瑞樹とのご褒美タイムが待っていると思えば、頑張れる! 「すごーい、パパ! はやい!」 「おぅ! 任せろ。次は何だ?」 「次はこれだよ」 「ん……んん?」  渡されたのは『さんすうボックス』と書かれた箱。数字の書いてあるカードやおはじきのような小さなブロックが、ぎっしりと。内容表示を見て仰天だ。 おはじき:40個 計算カード:200枚 数カード:49枚 数え棒:40本 「えぇっ、まさか、これ全部つけるのか」 「ええっと、あ、ここに……すべて、おはじきやカードの一つ一つにも、全部フルネームで名前付けをと注意書きがあります」 「ううう、まじか」  カードだけで、手が死ぬだろう。それにおはじきの側面って、この数ミリの場所に書くのか? うぉぉ……気が狂いそうになる。 「宗吾さん、僕がやりましょうか」 「いや、ここまで書いたんだ。俺がやるさ」 「じゃあ僕は体操着の名札付けをしていますね」  瑞樹と分担して、やるがなかなか終わらない。瑞樹も名札の布を測る手つきが、まだぎこちない。 「お兄ちゃん、ボクも手伝うよ」 「あ……そうだね、何を頼もうかな」  キョロキョロ見渡すと先ほどのパンツの山が見えたが、瑞樹はさりげなく視界から消したようだった。だが芽生は目ざとく見つけてしまった。(流石俺の息子だなぁと変な所に感心してしまう) 「そうだ! パンツ! あれならボクもやったことあるから出来るよ」 「う、うん」 「お兄ちゃんのもパパのもついでに書いてあげるね。ね、いいでしょう?」 「め、芽生くん、それはその……」  キラキラの瞳に押され気味な瑞樹の顔が可愛くて、俺はもっと見たくて許可してしまった。 「おう! 芽生、全部頼むよ」 「やった~」  芽生が油性ペンを持つ。  俺はゴクリとつばを飲み込んだ。 『たきざわ めい』 お、上手くなったな! バッチリだ。ついにフルネームを書けるようになったのか、感慨深いぞ。 「どうかな? ボク、じょうずにかけるようになった?」 「おう、パパのもよろしくな。(どさくさに紛れて)瑞樹のも頼んだぞ」 「りょうかいだよぉ!」 『たきざわ そうご』 「パパのも、書けたよ」 「おー、偉い偉い」 「えへへ、つぎはお兄ちゃんだよ」  そこでペンを持つ芽生の手がぴたりと止まってしまった。 「どうしたの?」 「うん、あのね……お兄ちゃんの名前だけ、前のところがちがうなって」  瑞樹の表情が一瞬固まる。   「あ……うん。それでいいんだよ」 「でも家族なのに、ちがってもいいの?」 「うん、大丈夫だよ」 「じゃあ『はやま みずき』でいいの?」 「そうだよ」  少しだけ切なくなってしまった。今まであまり意識してこなかったが、このまま瑞樹と生涯を共にするには、その辺りのこともやはり考えた方がいいのかもしれないな。それに気付かせてもらえた出来事だった。 「うーん、お兄ちゃんは『みずき』にしとくね。パパも『そうご』にする!」 「うん、ありがとう、芽生くん」  そうだな。今はそれでいい。  名字など難しい問題に縛られることなく、ふたりが一つ屋根の下にいれば、それでいい。  瑞樹も同じ気持ちなのか、安堵の表情を浮かべていた。 「ふぅ……体操着の方は、終わりました、宗吾さんは」 「ううう、瑞樹、助けてくれ」  結局ギブアップで、瑞樹に泣きついてしまった。 「くすっ、はい、後はふたりでやりましょう。手分けした方が早く終わりますよ。よく考えたら、ゴム印や小さなサイズのお名前シールを事前に準備しておけばよかったですよね」 「確かに! それな! 手書きは無理あるよ」 「まだ時間がかかりそうですね。先に芽生くんを寝付かせてから、続きをしましょう」 「あぁ、頼む!」  続きが、甘いキスから始まればいいのにと妄想してしまった。  瑞樹をすがるように見つめれば、瑞樹も同じ事を感じているのか甘く微笑んでくれる。 「二人で早く終わらせましょうね。そうしたら……違う続きをしませんか」  あぁ、俺を甘やかしてくれる君が好きだ。  今はまだ「そうご」と「みずき」の関係でいい。  だが……いつの日か揃う日も来ればいいな。  近い未来も遠い未来も……俺は君と一緒だから。

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