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見守って 1
「じゃあ、パパ、お兄ちゃん、いってきます!」
「芽生、本当にひとりで大丈夫なのか」
「だいじょうぶだよ!」
「……いってらっしゃい」
マンションの玄関前で、芽生くんと別れた。
芽生くんは重たいランドセルを背負い、手にはお道具箱まで持って、身体が荷物に埋もれてしまいそうだった。
どうしよう……手伝ってあげたいな。
しかし宗吾さんの考えもあるし、僕が口を出し過ぎるのも良くない。一緒に行けない寂しさはもちろんあるが、それよりも大荷物を抱え、ひとり慣れない道を行くのが不安だ。
だから、ちらちらと宗吾さんを見つめてしまった。
「……宗吾さん……あの……」
「瑞樹、まだ時間あるよな? 俺たち少し遠回りだが小学校経由で行こう」
「あ、はい!」
よかった、宗吾さんも同じ気持ちだった。
よいしょよいしょと朝から汗を垂らして歩く芽生くんにすぐに追いついて、手荷物を宗吾さんがヒョイと持ち上げた。
「あー、パパ! 来たらダメだよぉ」
「芽生、無理すんな。しばらくは小学校経由で駅に行くよ」
「えー、でもひとりでできるもん! もう小学生だもん!」
黄色い帽子の芽生くんが、ほっぺたを膨らませている。
分かるよ、そのがんばる気持ち。でも……
「確かに学校までは芽生くんひとりで行けるよね。でも……」
僕はしゃがんで芽生くんの額の汗を、ハンカチで拭ってやった。
「もうこんなに汗をかいて……学校に着いた時、芽生くん、どうなっているかな?」
「うーん、汗びっしょりで、つかれてへとへとかも、歩くのもいやになっているかも」
「そうだよね。学校って、もちろん行くまでも大事だけど、着いてからもいろいろやることがあるんだよ。先生のお話もしっかり聞かないといけないしね」
「うん、そうだよね。こまったなぁ……」
芽生くんがモジモジし出す。
「芽生くんはね、まだ入学したばかりなんだよ。一度に全部出来るようにならなくてもいいんだよ。僕は芽生くんの頑張りを応援したいから、少しだけ手伝わせて欲しいな」
「うん、でも……みんなひとりで行くんじゃ?」
僕が芽生くんと向き合っていると、宗吾さんが誰かを呼び止めた。
「やぁ、おはよう! 君たちあのマンションから出てきた?」
「あ、はい。そうです」
「じゃあ、うちの息子と同じ小学校だね」
「あ、もしかして新入生ですか」
「そうだよ。よかったらこの子とこれから一緒に行ってやってくれないか。どうかよろしく頼むよ」
見れば高学年のお兄さんが黄色い帽子の弟さんの手を引いている。お道具箱のお荷物はお兄さんが持っていた。
あ……昨日の入学式でエレベーターですれ違った子だ。
「もちろんです。6年生は1年生のお世話係なので任せてください」
「よかったよ。朝、何時に下に行かせればいい?」
「じゃあ7時50分でいいですか」
「了解だ」
すごい! いつものことながら、宗吾さんのコミュニケーション能力には感心する。朝の約束まで一気に取り付けられるなんて、僕には絶対に出来ない技だ、
「芽生、よかったな」
「う、うん」
弟くんの方が、芽生くんの前にトコトコやってきてくれた。
「おはよう! きみ、メイくんっていうの? 僕はアオだよ。ともだちになろう!」
「わ、いいの? うん!」
「同じマンションなんだって? 僕は8階だよ」
「ボクは6階だよ」
「へぇ、今まで会ったことないね」
「幼稚園がちがったんだね」
「そうだな。どこのようちえん?」
「えっとね……」
よかった! 話が弾んでいる。
芽生くんも嬉しそうに頬を紅潮させているね。
わわ、でもちゃんと前を見て!
車道に出すぎだよ!
あぁ心配だよ。
「おーい、白線の内側を歩いて」
「はーい!」
二人のことは、すぐ後ろを歩く6年生のお兄ちゃんがしっかり見守ってくれていた。
僕たちはその後ろから、3人の小学生の様子を見守った。
一気に安心した。
寂しいけれども、これが成長なのだ。
そう思うと素直な気持ちで、背中を押してあげられた。
校門で荷物を渡すと、芽生くんはしっかりお礼を言ってくれた。
「パパ、お兄ちゃん、ありがとう」
「がんばって来いよ。今日からいきなり放課後スクールなんて、大丈夫か」
「パパみたいに、いろんな子に、こんにちはしてみるね」
「はは、頼もしいな。でも無理だけはすんなよ」
「うん!」
皆、お道具箱の荷物が重くて大変だったようで、今日は両親や兄弟が付き添っていた。
「良かった、急に手を離すのではなく、少しずつでいいんですね」
「そのようだな。瑞樹も俺も小学生パパ1年生だ。試行錯誤だが、前向きにやっていこうぜ」
「はい!」
芽生くんに手を振って、僕たちは駅に向かう。
雨上がりの道は空気が澄んでいて気持ちいい。
宗吾さんは何度か大きく深呼吸していた。
「みーずき、あのさ、昨日は頼りになったよ、少し恥ずかしかったが、かなりすっきりした」
「いい朝ですよね。昨夜……宗吾さんが僕だけに見せてくれた表情……とても嬉しかったです」
「あぁ手を繋いで、眠るだけでも幸せだったよ。だが、ちょっと、いや、かなり勿体ないことしたよ」
「え?」
「昨日何でも言うこと聞いてくれそうだったから、あんなことやこんなこともしたかったのにさ」
「も、もう――、それはまたの機会にです」
「ふっ、真っ赤になって、君はいつも可愛いな」
芽生くんが成長するにつれて、大人の時間が増えそうで、急にドキドキしてきた。
爽やかな朝なのに、僕だけ密かに高揚してしまう。
「安心しろ。大人の時間に期待しているのは、君だけじゃないから」
「そうなんですか。よかった……って、あれ? あ、またっ――」
「くくっ、瑞樹は結構むっつり……スケ……」
「わぁぁ……それ以上言わないで下さい! 宗吾さんにだけは言われたくないです!」
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