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見守って 25

「瑞樹、行くぞ! 俺たちも今から病院に駆けつけよう!」 「はい!」 「ボクもいくー! いきたい! 赤ちゃんに会いたい!」 「あぁ、三人で一緒だ」  芽生くんも興奮した面持ちで、ぴょんぴょん跳ねてアピールしている。 僕の心も芽生くんと連動するように跳ねていた。  身近に新しい生命の誕生するのは初めてなので、興奮しているのだ。 すぐに出掛ける支度をして宗吾さんの運転する車に乗り込んだ。 「夜のドライブ、ひさしぶりだね~」  時計の針はもう夜の9時を過ぎている。芽生くんはこんな時間に出掛けることにもワクワクしているようで、大きな目をますます輝かせていた。 「お兄ちゃん、イトコって、どんな感じだろうね?」 「うーん、きっととても近い存在なんだろうね」  僕の記憶では、イトコはいなかったので、正確には分からないが。 「ふぅん……近い存在って……ボクとお兄ちゃんみたい?」 「そんな風に考えてくれて、嬉しいよ」 「ボク、お兄ちゃんがだいすき」  ん? 今日の芽生くんは少し甘えっ子かも。あ……もしかして。前にもこんなことがあったような。去年のゴールデンウィーク、大沼でセイの赤ちゃんを抱っこした時のことを思い出した。 「僕も芽生くんが大好きだよ、一緒にいさせてね」 「うん!」  言葉は魔法だね。  だから、しっかり伝えていくよ。  芽生くんが不安にならないように、僕の心の声を明かす。 「芽生くん、僕もワクワクしているよ。でもね、本当は少しだけ不安だった」 「お、お兄ちゃんも?」 「うん、なんだろうね? なんとなく不安で……でも、今、芽生くんに大好きって言ってもらえて、ホッとしたんだ」 「ボクも!」  小さな手を差し出されたので、ギュッと握ってあげた。  もうすぐ憲吾さんの所にやってくる赤ちゃんを愛おしいと思うだろうけれど、芽生くんの存在とはまた少し違うんだ。上手くいえないけれども。 「あ……電話……お母さんからです」 「出てくれるか」  預かっていた宗吾さんのスマホが鳴った。  もしかして。 「はい、瑞樹です」 「瑞樹、今、無事に産まれたそうよ!」 「わぁ! そうなんですね。今、宗吾さんの車で向かっている所です」 「あとで赤ちゃんに会えるそうよ。ゆっくり焦らずいらっしゃい」  電話を切って、三人で万歳した。   「やったな! 産れたか」 「はい! 良かったですね」 「わぁー 赤ちゃんにもうすぐあえるんだね」   ****  20分ほどカンガルーケアの後、赤ちゃんと離された。 「旦那さんもお疲れ様でした。赤ちゃんは体重や身長など基本的なチェックに入りますので一旦退出願いますか」  そう促されてしまったので、私は美智の手を握った。 「美智、お疲れさま。外に出るよ」 「うん、憲吾さん、ありがとう。心強かったわ」 「彩芽、可愛かったな」 「うん!」 「ありがとう」  そんな会話をしていると、助産師さんに褒められた。 「素敵な関係ですね」 「ありがとうございます。そうなりたいと努力中です」 「謙虚なんですね。じゃあ私から花丸を差し上げますよ。旦那さんも頑張りましたよ!」 「あ……」  この歳になって、花丸をもらうなんてことなかったので、不覚にも泣きそうになった。 「ありがとうございます」  美智との関係は、最初の子をお腹の中で失ってから溝が深まっていた。  捕らわれた心、逃げ出したい心。  心が四方八方に散って寄り添えなかった。  そんな私の心と美智の心を寄り添わしてくれたのは、瑞樹くんだ。  彼が現れてから、私たちは気付いたのだ。相手を大切に思うことの素晴らしさ。自分を大切に思うのと同じくらい、相手を大切に思いたくなった。    私にとっての愛が駆け引きから、信頼と安心……微笑みに変わったのだ。  ただ優しく微笑むだけで美智が笑う、美智が私に優しくなる。  優しさのキャッチボールが心地良く、もっともっと美智と一緒にいたくなった。 「兄さん!」  エレベーターの前の待合所のソファに座って、ここまでの道のりを振り返っていると、力強く呼ばれた。弟の宗吾だ。 「来てくれたのか」 「もちろんさ! おめでとう! 兄さん」  明るく人懐っこい弟が、私をハグしてくれた。  照れ臭くて倒れそうになったが、有り難く受け止めた。 「兄さん、お疲れさん!」 「……頑張ったのは美智だよ」 「いや、兄さんも頑張った。出張切り上げるために徹夜だったんだろ、目が真っ赤だ」 「あ……その、これは……」  それもあるが、泣いたからだとは言えなかった。 「格好いいよ。兄さんは格好いい」  宗吾のひと言、ひと言が嬉しくて溜まらない。 「私も……父親になれた」 「あぁ、これからは同じ父親同士でもあるんだな。不思議な感じだ」 「そうだな、お互い寄り道しながらゆっくり進んでいこう」 「へぇ……兄さんが寄り道を推奨するなんて、本当に丸くなったな」  確かに自分から寄り道しようなんて、言ったことなかった。 「おじさん、よりみちってボクも大好き! ねっ、お兄ちゃん」 「あ……芽生、瑞樹くん、来てくれたのか」 「はい、おめでとうございます」 「おじさん、赤ちゃん、どこ??」 「あぁ、もうすぐここのカーテンが開いて見えるよ」  そう告げた途端、カーテンがさっと開いた。 「わぁ! お兄ちゃん、抱っこして、ボクも見たい!」 「おいで、芽生くん」     瑞樹くんが芽生を抱っこして、私達は一同にガラスの向こうを見つめた。 「わぁ……たくさん、いるよ! おじさん、どこ? ボクのいとこはどこ?   おなまえもおしえて」 「あぁ、あの子だ」  急いで一番右に移動する。透明のケースの中に寝かされている小さな赤ん坊が、私の愛娘、彩芽《あやめ》だ。 「この子だよ。『あやめ』という名前だ」 「あやめちゃんっていうんだ。あーちゃん、ようこそ! ボクがメイだよ!」  芽生が娘を呼んでくれて、また感激した。夢じゃないんだな。 「芽生、仲良くしてくれ。それにな……彩芽のメは芽生と同じ漢字なんだ」 「え……? ほんと? うれしい、おじさん、うれしいよ」 「芽生みたいに、明るく優しく育って欲しいんだ」  パァァと芽生の顔が綻び、キラキラと明るく輝く。  愛らしいな。  娘の彩芽も芽生も愛らしい存在だ。  思わず微笑み、心が優しさで満ちていく。  今、ここがスタートだ。  私はもう間違わない。  相手の心を大切に、寄り添うことを忘れずに生きていきたい。  彩芽と芽生という小さく愛らしい存在に向かって、誓うこと。    

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