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夢から覚めても 4
「メイくんまたねー」
「あ、バイバイ!」
「おれも、かえるよ」
「そっかぁ、うん……またあした」
時計のはりが5時をすぎると、どんどんみんなお家に帰ってしまうから、さみしいなぁ。
ほうかごスクールのとびらの前で、お友だちにバイバイして、おへやにもどった。
「ふぅ……」
のこっているのは、いつものメンバーだ。
「メイくん、トランプしてあそぼう!」
「うん! いいよ」
だんだんお外がくらくなっていく。
「じゃあ、ばばぬきしよー」
「うん!」
のこったおともだちと遊んでいると、先生たちがやってきて窓をしめだした。
「急に酷い雨になったよ」
「雨! ぼく……傘をもってきていないよ」
「大丈夫だよ。親御さんが持って来てくれるから」
「う……ん」
どうかなぁ? パパもお兄ちゃんも会社にいってしまったから、傘をもっていないんじゃないかな。お兄ちゃん、ぬれないといいなぁ……おカゼひいたらいやだもん。
「大丈夫だよ。なかったら学校のを貸してあげるから」
「……はぁい」
しばらくトランプであそんでいると、先生が「6時だよ」と教えてくれた。
「さなえちゃーん、ママが傘を持ってきてくれたよ」
「よしきくーんも、ママが玄関で待ってるよ」
ちらっと窓の外をのぞくと、外は雨がザーザーでさっきよりもっと暗くなっていた。
「あれ? 今日の1年生は芽生くんだけか。7時まであと1時間がんばろうね。先生と一緒に遊ぶ?」
「……だいじょうぶ。お絵かきしてるね」
6時になるとみんな帰ってしまって、ボクだけ……ぽつん。
ひとりぼっちになってしまった。
放課後スクールのおへやには3年生や4年生のお兄ちゃんやお姉ちゃんはいるけれど、1年生はボクだけ。
おなかすいたなぁ……お兄ちゃん、はやくこないかな。
時計を見ると、まだ10分しかたっていない。
うーん、たいくつだなぁ、絵でもかこうかな。
ランドセルからスケッチブックと色えんぴつを出した。
「何かこうかな……そうだ!『あったらいいな』の絵にしよう」
あったらいいな! パパのおへやをきれいにするロボットくん。
あったらいいな! お兄ちゃんの笑顔で咲くお花。
あったらいいな! ボクが大好きな虹がいつも見える魔法。
あったらいいな……ひとりぼっち、さみしくない気持ち。
お兄ちゃんが7時になったら来てくれるもん。だからさみしくなんか、ないもん。
ぽつり、ぽつり……
気が付いたら、絵にぽとりと涙が落ちていた。
「わ、せっかくかいたのに……お兄ちゃんが来たら見てもらおうとおもったのに」
あわてて虹が消えないように、カサをかいたよ。
「あ……そうか……虹の絵がかいてあるカサがあればいいんだ。あったらいいな!」
涙をお手々でふいて顔をあげたら、6時半だった。
あと30分がんばるもん!
窓の外をじっと見ていると、たたたっと走ってくる人がいた。
「あ! お兄ちゃんだ」
玄関まで飛んで行くと、お兄ちゃんがにっこり笑ってくれた。
「芽生くん、お待たせ!」
おにいちゃんからは、今日は雨のにおいがしたよ。
ボクのために走ってきてくれたんだ!
「お兄ちゃん! どうして? まだ7時じゃないよ」
「芽生くんに早く逢いたくなったんだ」
うれしい……うれしいよ! お兄ちゃん!
「芽生くん、何か描いていたの?」
「あ……あのね、あとで見せるね」
「そうなんだね。おうちで見せてくれる?」
「うん!」
涙でまだ濡れているから、今は、見せられないんだ。
「さぁ、お家に帰ろうか」
「うん! ランドセル持ってくるね」
帰り道は重くなるランドセルも、羽が生えたように軽いよ。
「先生、さよなら!」
「お迎え、良かったね」
「うん!」
玄関で気付いた。
「お兄ちゃん、ボク……カサもっていないよ」
「大丈夫だよ。えっと、菅野くんって覚えているかな?」
「おにいちゃんのシンユウさん?」
「うん。これ……菅野から芽生くんにお誕生日プレゼントだって」
「え? これって、カサ?」
「さしてごらん」
靴箱の電灯の向かってカサを広げると……
「あっ! 虹だ。虹が出てるよ!」
「そうなんだ。すごいよね。雨の日も晴れの日も、この傘には虹が架かってるんだ」
「魔法だ……ボクの夢がほんとうになった!」
ボクは走り回りたくなるほど、うれしかった。
飛び上がりたくなるほど、うれしかった。
傘の先は丸くなっているから、あぶなくないし、とても持ちやすい。
青空に虹の絵がついている。
「すごい! すごい!」
「早速使って見る?」
「うん! お兄ちゃん、今日ね……早く来てくれてありがと」
うれしい気持ちのときって、なんでも言えるね。
ほんとのこと……話せるよ。
「ボク……雨の日ってにがて。さみしくなっちゃうの」
「お兄ちゃんもだよ。だから早く会社から帰ってきちゃった。芽生くんに1分1秒でも早く会いたくてね」
ボクたちはくるくると傘を回して、出発の合図した。
それからにっこり笑い合ったよ。
「お兄ちゃんは、もしかしたらマホウがつかえるの? ボクのこと……何でも知ってるみたいでふしぎだな」
「うーん、魔法は使えないけど、芽生くんのことはよく考えているよ。大切な存在だから」
「わぁ……『たいせつ』っていいね。ぽかぽかしてくるよ。魔法のことばだね」
「そうかもね。『大好き』『大切』どっちも好きだよ」
すごい雨の中、帰るのは大変だったけれども、ボクのこころは雨上がりみたいにピカピカに晴れていたよ。
「お兄ちゃん、だーいすき」
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