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湘南ハーモニー 12

「わ、わぁ!」    背中を押された俺が見つけたのは、シェードの中で丸まって眠る涼だった。 「涼!」  俺の涼にようやく会えた!  また少し痩せたな。ひとりで頑張っていたのだな。  まだ幼い涼の寝顔に、あのまま勢いで飛び込んで叩き起こすような真似をしなくてよかったと思った。きっと俺、涼を凄い剣幕で叱っていた。「心配かけて、無理して、馬鹿だ!」と暴言を吐くところだった。  涼は若いけれども、とても思慮深い青年なのだ。  そして俺だけを一途に愛してくれているのに。  自分から選んだとは言え、モデルの仕事に最近疲れていたことも知っていた。  苦悩が浮かぶ眉間に手を当てて解してやると、俺の手を感じたのか、涼の頬が緩んだ。  そのまま頬をそっと撫でてやると、嬉しそうに擦り寄せてくれた。美しいカーブを描く頬は男のものとは思えないほど滑らかで、触り心地が良い。 「ん……っ、あん……じさん」 「起きたか」 「……」  まだ眠りの中のようだ。  キスしたい、身体に触れたい。  そんな気持ちが湧いてくるが、もっと強く湧くものがあった。  『守りたい』  涼のこの安眠を守ってやりたい。  だから俺は涼の横に横たわり、そっと抱きしめて目を閉じた。  聞こえるのは波の音だなんて、ロマンチックだな。  青空のようなシェードは、俺たちを守るシェルターだ。  雨風をしのげる場所を手に入れたのなら、恋人の眠りを守ってやりたい。  それが俺の愛し方さ。 **** 「宗吾さん、覗き込んでは駄目ですよ」 「いや、妙に静かだなと思って」 「きっと一緒に休んでいるんじゃないでしょうか。宗吾さんが彼をクールダウンさせたので、多分……」  僕の頭の中には、二人の青年が寄り添うように眠っている姿が浮かんでいた。 「あ、そうだ。菅野のテントなのに、なんだ……ごめんな」 「いんや。詳しい事情は分からないが、だいたい察した。人助け出来て嬉しいぜ。それより腹が減らないか」 「そうだね、菅野くん、そろそろ昼食にしようぜ」 「はい!」  確かにあっという間にお昼だ。  海で流れる時間って、あっという間だな。 「何を食べる?」 「任せておけって。芽生坊、好き嫌いあるか」 「ないよぉ~! お腹すいたぁ」  芽生くんのお腹を見ると、確かにペタンコになっていた。 「俺が買ってくるよ」 「じゃあ、俺はここにパラソルを借りてくるよ。ここも陣地にしようぜ」 「宗吾さん、ありがとうございます」  シェードの前も、僕たちの居場所になる。  場所がないのなら作ればいいい。  そのことを積極的に動く宗吾さんから学ぶ。  宗吾さんが大きなパラソルを借りてきてくれて、そこにレジャーシートを敷いた。 「瑞樹、手伝ってくれ」 「はい!」  簡易的だが、自分たちのお城を作っているようで、楽しい。 「洋くん、早くパラソルの中に」 「あ……ごめんね。海なのに普段着で飛び出して来ちゃった」 「そうだ。洋くんも水着にならないか」 「え……でも」 「瑞樹の着替えがあるんだ。もちろん上下で露出度が低いのだから丈さんうけもいいはずだ」 「そ、宗吾さん……っ」  まさかここにも僕の着替えを持って来ているなんて、驚いた。荷物が多かった理由が分かる。洋くんは断ると思ったが、意外にもにっこりと笑って「貸してください」と答えたので、驚いた。  しかも、頬を染めて…… 「あの、後で……丈も呼んでいいですか」 「怒られないかな?」 「大丈夫ですよ。丈もだいぶ変わったので」  嬉しそうに頬を染める洋くん自身も、前回会った時よりも雰囲気が大きく変わったような。    更に……明るくなったね、洋くん。  荷物を取るために一度シェルターを覗くと、宗吾さんの言った通り、二人が抱き合って眠っていた。  涼くんの頬が、上気して幸せそうだ。安志さんはブラックスーツの背広を脱いで……白いワイシャツの腕まくりしていた。汗をかいていたが、上機嫌のようだった。 「なんだかいいね」 「僕の従兄弟と幼馴染みなんだけど……僕らと一緒なんだ」 「うん。分かるよ。なんだか嬉しいよ」 「あっ、丈に電話しないと」  洋くんとの会話はいつも穏やかだ。僕たちとても深い所で繋がっているからね。どん底まで見られているので、洋くんには心を許せるのだ。 「丈、あのさ……うんうん、瑞樹くんたちと一緒だから安心して。で……丈にも来て欲しい。駄目か」  洋くんは少し甘い声で恋人に連絡をしていた。  そんなわけで、芽生くんとゆうとくん。菅野と僕と宗吾さん。洋くんと駆けつけた丈さん。テントの中には眠る涼くんと安志さん。総勢九名の集まりになった。 「宗吾さん、とっても賑やかですね」 「はは、大学のゼミの仲間とよく大所帯で遊んだのを思い出すよ」 「僕は行かなかったので、新鮮です」 「瑞樹も弾けろよ」  宗吾さんと菅野のホスト発揮で、僕たちは至れり尽くせりのもてなしをうけた。昼食は屋台で買ってきた、焼きそばやイカの丸焼き、かき氷のデザートまでついて最高だった。 「お兄ちゃん、楽しいね」 「うん!」 「海がキラキラだし、ボクもいっしょにキラキラでしたって、絵日記にかくよ」 「それはよかった!」  芽生くんが男ばかりのカップルに囲まれいても物怖じせず、ありのままを受け入れてくれるのが嬉しいよ。きっとこの先いろいろあるだろうが、今日という日が糧になる。 「なぁ葉山、テントの中の彼らが起きたら、場所を移動させないか」 「ん? どうして」 「涼くんはモデルだから、目立つの、NGなんだろ?」 「そうなんだ。だからちょっと苦しいみたいだ」 「そういう時は、地元っ子に任せろって」  菅野って、頼りになる! 「ありがとう。きっと喜ぶよ」 「俺、相手が喜ぶ顔を見るのが大好きなんだ。だから土産物屋でも良かったが、姉ちゃんが継ぐっていうから、畑違いだが花を扱う仕事に就いたんだ」 「そうだったのか。すごく分かるし、菅野にすごく向いているよ」 「よせやい。照れる」 「……あのね」 「何だよ?」 「……僕と友達になってくれてありがとう。こんな素敵な時間をありがとう」 「わわ、葉山……ますます照れる」 「ごめん。ちゃんと伝えたくて」  波の音が、心を解放してくれる。  夏の日差しが僕を大胆にさせてくれる。 「なんだって? 耳よりな情報だな。瑞樹は大胆になってくれるのか」 「そ、宗吾さん! 僕、今、口に出しましたか」 「はは、図星か」 「……」 「ベッドの中でも期待しても?」 「言うと思いました!!」  ****  安志さんが恋し過ぎて僕、夢を……?  こんな間近に安志さんがいるなんて、信じられない。  僕を抱きしめて、僕を見つめている。  この匂い、この温もり……えっ、本物なの!? 「うそ……」 「涼、起きたのか」 「安志さん、なんで?」 「君を守るために駆けつけた」  最高にかっこいい決め台詞。  感動してほろりと涙を流し、彼にしがみついた。 「安志さん、安志さん……安志さんっ」 「涼、頑張ったな。よしよし……」  安志さん、大好き……!  この一時だけは、普通の大学生として、安志さんと甘い時間を過ごしたい。  僕の唇を奪ってよ。  僕を攫ってよ。  

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