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湘南ハーモニー 13

 目覚めた涼は、信じられない様子で目を見開き、唇を震わせていた。  怖がらせない。  優しくしたいんだ、涼。  俺は優しく涼を抱きしめ、頭と背中をゆっくりと撫でてやった。  いつも燦々と輝く太陽のような涼なのに、こんなに陰っていたなんて、気付いてやれずにすまない。  言葉より直に温もりを伝えたくて、涼の綺麗なカタチの唇を温めてやった。 「ん……っ、ん……」  涼は水を得た魚のように、俺にしがみついてきた。  可愛い……愛おしい。  涼といると湧いてくる感情はいつも同じだ。 「安志さん……安志さんっ、会えてうれしい!すごく会いたかった」 「参ったな。俺の台詞、全部言っちゃうんだな」 「え……」 「涼、俺も会いたくて会いたくて……逢いたくて溜まらなかった」  細腰が折れそうになるほど力を込め抱きしめると、涼の甘い吐息が耳元に届いた。 「良かった……安志さんに触れて欲しくて溜まらなかった」  涼? まさか何か嫌な目に遭ったのか。  虚ろな瞳に高校時代の洋を思い出し、心配になった。  今日は確か水着で撮影だったはずだ。 「……水着の撮影、辛かったな」  図星だったのか、涼は長い睫毛を震わせた。   「安志さん…………僕……男なのに、情けないよ。あれくらいで怖くなるなんて」 「そんなことない! 何か嫌な目に遭ったのか」 「何もない……でも周囲の視線が怖かった」 「涼!」  分かる、分かる。  洋もいつも怯えていたから。 「涼のことは俺が守る! もう指一本触れさせない」 「安志さんの言葉……気持ちいい。すごく安心する。もっと……もっと、キスして」 「あぁ」  ちらっと辺りを見渡すが、シェードは閉ざされて周りからは見えない。 「涼、耳を澄ましてごらん」 「ん?」 「波の音、一緒に聞こう」 「あ……うん」  涼の気持ちも少し上向きになったようで、甘い笑みを浮かべてくれた。 「ん……」  波音に身を任せ、唇を丁寧に舐めてやった。何度も何度も、嫌な思いを拭うように。  そのままそっと涼のスウェットの中に手を入れて、きめ細やかな素肌に触れた。  涼の滑らかな若い肌は、ずいぶん汗ばんでいた。 「ずいぶん汗をかいているな」 「ご、ごめんなさい。汗臭いかも」 「いい匂いしかしないけど、それより暑そうだ」 「うん、身を隠すように着込めって言われて。あ、あのね、安志さんのスーツ姿、かっこいい。でも」  涼が俺を見上げてネクタイを引っ張った。 「それ、誘ってんの? 煽ってんのか」 「両方!」 「コイツ!」  いずれにせよ、真夏の炎天下、風を通さないシェードの中でスーツは限界だ。  ネクタイを取りワイシャツも脱いで、辺りを見渡した。 「涼、俺たちも、水着になりたいな」 「でも、持って来てないよ」 「あの人たちが持っているかも」 「誰?」 「外にいる人たち。洋の友人ご一行様さ。俺、聞いてくる」 「待って」 「でも僕……顔が割れて」 「何かいい案があるかも。待ってろ」 **** 「わぁぁ〜 イカさんだ」  芽生くんが焼きたてのイカを、大きな口で頬張ろうとしていたが、なかなか入らない。 「くすっ、小さく切ってあげるよ」 「うん」  そんなやりとりを洋くんが楽しそうに見つめている。 「芽生くん、大きくなったね」 「えへへ。もう小学生だもん」 「そうか。紫陽花の頃に遊びに来てくれたのに、あっという間だね」 「そうだね」 「あ、オヤブンもげんき?」 「親分? あぁ薙くんのことか」 「そう、ナギくん!」 「明日は会えるよ」 「わぁい!」  そんな話をしているとシェードの中から肌色の人が登場した。 「あの~」 「あ! 安志、またお前そんな格好で!」  洋くんが目くじらを立てる。 逞しい上半身は裸体でベルトも外して、今にもズボンが脱げそうで、僕は慌てて目をそらしてしまった。 「あー! 洋、いつの間に水着になって。ずるいぞ」 「ずるいって、これは瑞樹くんが貸してくれたんだ」 「やっぱり、ずるい!」 「ずるくない!」  ふたりのやりとりが可愛くて、クスッと笑ってしまった。  なんだか幼いと言うか、洋くんから聞いたばかりだが、幼馴染みなだけあるね。僕も大沼に帰ると、セイたちとこんな風にじゃれ合うので分かるよ。 「じゃ、またアレをしちゃうぞ!」 「アレって?」 「月影寺のプールで披露したヤツ!」 「わゎ……それは絶対にやめろ!捕まる!」  洋くんが真っ赤にして照れている。月影寺で何か楽しい思い出があるのかな? 「仕方が無いな。安志くんよ」 「あ……えっと」 「宗吾だ、俺は滝沢宗吾。瑞樹の恋人さ! 俺のとっておきのを貸してやるよ」 「やったぁ~、あ、あの、さっきは俺を諭してくれてありがとうございます。お陰で失敗しないですみました」 「いや、余計なことして悪かったな」 「いえ、暴走しなくてよかったです」  そんなやりとりの後、宗吾さんがにっこり鞄から水着を取り出した。 「へへ、これは一張羅だぞ」  水着に一張羅って?  うわっ、すごくタイトな水着だ。  もろ、あそこの線が浮き出ると言うか…え、エロい! こんなのいつ使うつもりだったんだ? 「ついでに、丈さんにもあるぜ」 「いや、私は持って来た。洋のも持ってきたが……これは涼くんに貸そう」 「丈さん、いいんですか」 「あぁ」  ということは、これで全員分の水着が確保された? 「葉山、という訳で、我々はまた移動する」 「え?」 「みんなで、ビーチバレーしないか」 「俺の知り合いが海の家やっていて、そこが貸切のコートを持ってるんだよ。しかも人気がなくて目立たないから、みんなで伸び伸び遊べるぜ。海にも入れるし」  菅野はすごい!  ここにいる人たち全員の願いを叶えてくれるなんて。感動してしまった! 「菅野……菅野ってすごく頼りになる!」 「葉山、あのさ、男同士のカップルって伸び伸びしていて、幸せそうだな。俺もパートナーが欲しくなった」 「え?」  よく考えたら男同士のカップル三組という、一般的ではない状況なのに、それを素敵だと言ってくれるなんて……菅野は本当にいい奴だ。こんないい奴なのだから、最高のパートナーと出会って欲しいよ。 「菅野にもいるよ。きっとこの人だって思える人が」 「葉山の周りに広がる幸せ……縁を分けてもらおうかな」 「うん!」  僕の周りに広がる幸せ……  そんな風に言ってくれる菅野は、やはりいい奴だ。 「よーし、民族大移動だな。芽生、いつまでも食ってないで、行くぞ」 「はーい」 「瑞樹、荷物をまとめてくれるか」 「はい!」   宗吾さんの言葉はいつも心地良い。  行きたい場所に行っていい。  居場所がないなら作ればいい。  宗吾さんの言葉が、僕を動かす風となる!  また新しい風が吹く。  僕は身を委ねる。  宗吾さんがいるから怖くない。  楽しみたくなる!  

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