844 / 1741

湘南ハーモニー 14

「民族大移動、大成功だな!」 菅野の知り合いに交渉してもらい、まるでプライベートビーチのような一角に辿り着いた。さっきまでの人の喧騒は嘘のように静まり、立派なビーチバレーコートの白いネットが輝いていた。 「皆さん、さっきは心配かけてすみません。シェードで休ませていただいたので元気になりました。改めて……僕は月乃涼《つきのりょう》です。洋兄さんの従兄弟で、大学生です。あとモデルをしています。今日はよろしくお願いします」  水着姿の涼くんが礼儀正しく挨拶してニコッと笑うと、華やかなオーラがあたり一面に広がった。  さっきと全然雰囲気が違ったので、驚いた。肌は瑞々しく艶めき、真夏の太陽を浴びた栗色の髪には、天使の輪が出来ていた。   「瑞樹、涼くんはかなり若いみたいだな。まだ10代か……恋人の到着で栄養満タンだな!」 「そのようですね。あの……宗吾さん」 「ん?」 「さっきは興奮した安志くんをビシッと制して、あれ、すごく格好良かったです」 「お? やった! 瑞樹に褒められた! なぁ、瑞樹は乾いてないか」 「え……っ」 「俺が潤してやるよ」 「も、もう――」    も、もう油断するとすぐに……!  さり気なく手を握られ、それだけで心臓が高鳴ってしまう。  カッコイイ宗吾さん。僕をいろんな場所に連れて行ってくれて、いろんな景色を見せてくれる宗吾さんが好きです。  プライベートを共に過ごせば過ごす程、僕はまた宗吾さんに惚れていく。  今日だって、さっきから何度も好きが溢れてくる。 「じゃあペアで対戦するか」 「いや、ここはジャンケンでミックスで」  菅野のポジションをさり気なく気遣ってくれるところも、好きだ。  ジャンケンの結果、『安志くん&涼くん』対『宗吾さん&丈さん』という不思議な組み合わせでの対戦になった。 僕は菅野と洋くんと砂浜に座り、肩を並べて、その対戦を見守った。  夏の日差しは、更に輝きを増していた。  芽生くんとゆうとくんがスイカのビーチボールで遊び出したので、すかさず菅野が相手をしてくれる。  菅野は面倒見がいいな。『ゆうとくん』という甥っ子さんがいるからなのか、思えば最初から芽生くんへの態度も自然だった。  僕の親友は、本当に頼りになる。 「瑞樹くん、実は俺……こんな風に賑やかなのに慣れていなくて。大学でもいつも一人外れていていてね……」  洋くんは眩しそうに目を細めて、苦笑した。 「洋くん、僕もなんだ。僕は……幸せそうな世界がいつも、とても怖かった」  やはり僕と洋くんは、似たもの同士だ。環境は違えども、共感共鳴しあえることが多い。 「ゼミの旅行ってこんな感じなのかな?」 「どうだろうね? 行ったことないけど、きっと……」  その時、宗吾さんが派手に転がった。 「くそぉぉ~取れなかった!」 「滝沢さん、しっかり」 「わぁーー」  ……あの、なんだか宗吾さんの雄叫びばかり聞えるのですけれど……?  ちらっと見ると、安志くんと涼くんは若いだけでなくスポーツ万能のようで、特に涼くんはジャンプの高さが輝いていた。もしかしてバスケでもしてたのかな? 動きにキレがある! 安志くんは常に涼くんのサポートに回り、涼くんを輝かせていた。  それにしても宗吾さんってば、もう砂まみれじゃないですか!  即席チームの丈さんとは動きがちぐはぐだ。冷静な丈さんの横で、宗吾さんが大袈裟にサーブを追いかけるが、取れずに砂にダイブしまくって、子供みたいにはしゃいでいた。も、もう、豪快な人だな。 「丈は、こんな時も冷静だな」 「宗吾さんは子供みたいだ」  洋くんとお互いにボソッと呟いて、顔を見合わせて笑ってしまった。  僕と色違いのブルーの水着を着た洋くんと僕は、性格も顔も全然似ていないのに、心が双子のように寄り添っている。  それが心地良い。久しぶりに会ったけれども、やっぱりしっくりくるよ。 「試合終了ー! 2セット先取で安志&涼チームの勝ち」 「瑞樹~ 負けちまったよ」  宗吾さんが苦笑しながら戻ってくる。  上半身裸体で、逞しい胸に砂がついていて、その様子が雄々しくてドキッとしてしまう。しかしそんなこと悟られたら、大変だから、そっぽを向いて誤魔化した。 「見惚れてくれたのか」 「ち、ちがいます!」 「じゃあ照れて?」 「照れてません!」 宗吾さんに揶揄われて頬が熱くなる。 「次は瑞樹と洋くんチームだぞ」 「宗吾さんの屈辱を果たしてます。でも相手は?」  振り向くと、菅野と芽生くんゆうとくんが3人並んで、ニコニコ顔でコートの中に立っていた。 「おちびちゃんはふたりで大人ひとりだから、このメンバーでいいよな?」 「うん」  うーん、こんな可愛い対戦相手なんて。 「葉山、よろしくな」 「う、うん」 「洋くん、よろしくね」 「俺は運動は駄目だからアテにしないでくれ」  そうなんだ! 僕はスキーもそうだが、実はこう見えても運動は大好きだ。  ボールを高くあげてサーブをすると、太陽を浴びたボールが白いネットを越えて、相手のコートに向かっていく。 「芽生坊、それ、いけ~」 「うん! やったーやった-」  芽生くんが僕のボールを見事にキャッチして、満面の笑みを浮かべていた。  バレーボールとしてはNGだが、僕の投げたボールを受け止めてくれる人がいる。それが嬉しくてとても気分がよかった。  遠い昔、コートの端に転がってきたボールを投げた。その先には誰もいなかった。  でも今は違う!  目の前に大切な人たちがいる。  笑顔が溢れている。  その笑顔の輪の中に、僕もいる!   

ともだちにシェアしよう!