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湘南ハーモニー 14
「民族大移動、大成功だな!」
菅野の知り合いに交渉してもらい、まるでプライベートビーチのような一角に辿り着いた。さっきまでの人の喧騒は嘘のように静まり、立派なビーチバレーコートの白いネットが輝いていた。
「皆さん、さっきは心配かけてすみません。シェードで休ませていただいたので元気になりました。改めて……僕は月乃涼《つきのりょう》です。洋兄さんの従兄弟で、大学生です。あとモデルをしています。今日はよろしくお願いします」
水着姿の涼くんが礼儀正しく挨拶してニコッと笑うと、華やかなオーラがあたり一面に広がった。
さっきと全然雰囲気が違ったので、驚いた。肌は瑞々しく艶めき、真夏の太陽を浴びた栗色の髪には、天使の輪が出来ていた。
「瑞樹、涼くんはかなり若いみたいだな。まだ10代か……恋人の到着で栄養満タンだな!」
「そのようですね。あの……宗吾さん」
「ん?」
「さっきは興奮した安志くんをビシッと制して、あれ、すごく格好良かったです」
「お? やった! 瑞樹に褒められた! なぁ、瑞樹は乾いてないか」
「え……っ」
「俺が潤してやるよ」
「も、もう――」
も、もう油断するとすぐに……!
さり気なく手を握られ、それだけで心臓が高鳴ってしまう。
カッコイイ宗吾さん。僕をいろんな場所に連れて行ってくれて、いろんな景色を見せてくれる宗吾さんが好きです。
プライベートを共に過ごせば過ごす程、僕はまた宗吾さんに惚れていく。
今日だって、さっきから何度も好きが溢れてくる。
「じゃあペアで対戦するか」
「いや、ここはジャンケンでミックスで」
菅野のポジションをさり気なく気遣ってくれるところも、好きだ。
ジャンケンの結果、『安志くん&涼くん』対『宗吾さん&丈さん』という不思議な組み合わせでの対戦になった。
僕は菅野と洋くんと砂浜に座り、肩を並べて、その対戦を見守った。
夏の日差しは、更に輝きを増していた。
芽生くんとゆうとくんがスイカのビーチボールで遊び出したので、すかさず菅野が相手をしてくれる。
菅野は面倒見がいいな。『ゆうとくん』という甥っ子さんがいるからなのか、思えば最初から芽生くんへの態度も自然だった。
僕の親友は、本当に頼りになる。
「瑞樹くん、実は俺……こんな風に賑やかなのに慣れていなくて。大学でもいつも一人外れていていてね……」
洋くんは眩しそうに目を細めて、苦笑した。
「洋くん、僕もなんだ。僕は……幸せそうな世界がいつも、とても怖かった」
やはり僕と洋くんは、似たもの同士だ。環境は違えども、共感共鳴しあえることが多い。
「ゼミの旅行ってこんな感じなのかな?」
「どうだろうね? 行ったことないけど、きっと……」
その時、宗吾さんが派手に転がった。
「くそぉぉ~取れなかった!」
「滝沢さん、しっかり」
「わぁーー」
……あの、なんだか宗吾さんの雄叫びばかり聞えるのですけれど……?
ちらっと見ると、安志くんと涼くんは若いだけでなくスポーツ万能のようで、特に涼くんはジャンプの高さが輝いていた。もしかしてバスケでもしてたのかな? 動きにキレがある! 安志くんは常に涼くんのサポートに回り、涼くんを輝かせていた。
それにしても宗吾さんってば、もう砂まみれじゃないですか!
即席チームの丈さんとは動きがちぐはぐだ。冷静な丈さんの横で、宗吾さんが大袈裟にサーブを追いかけるが、取れずに砂にダイブしまくって、子供みたいにはしゃいでいた。も、もう、豪快な人だな。
「丈は、こんな時も冷静だな」
「宗吾さんは子供みたいだ」
洋くんとお互いにボソッと呟いて、顔を見合わせて笑ってしまった。
僕と色違いのブルーの水着を着た洋くんと僕は、性格も顔も全然似ていないのに、心が双子のように寄り添っている。
それが心地良い。久しぶりに会ったけれども、やっぱりしっくりくるよ。
「試合終了ー! 2セット先取で安志&涼チームの勝ち」
「瑞樹~ 負けちまったよ」
宗吾さんが苦笑しながら戻ってくる。
上半身裸体で、逞しい胸に砂がついていて、その様子が雄々しくてドキッとしてしまう。しかしそんなこと悟られたら、大変だから、そっぽを向いて誤魔化した。
「見惚れてくれたのか」
「ち、ちがいます!」
「じゃあ照れて?」
「照れてません!」
宗吾さんに揶揄われて頬が熱くなる。
「次は瑞樹と洋くんチームだぞ」
「宗吾さんの屈辱を果たしてます。でも相手は?」
振り向くと、菅野と芽生くんゆうとくんが3人並んで、ニコニコ顔でコートの中に立っていた。
「おちびちゃんはふたりで大人ひとりだから、このメンバーでいいよな?」
「うん」
うーん、こんな可愛い対戦相手なんて。
「葉山、よろしくな」
「う、うん」
「洋くん、よろしくね」
「俺は運動は駄目だからアテにしないでくれ」
そうなんだ! 僕はスキーもそうだが、実はこう見えても運動は大好きだ。
ボールを高くあげてサーブをすると、太陽を浴びたボールが白いネットを越えて、相手のコートに向かっていく。
「芽生坊、それ、いけ~」
「うん! やったーやった-」
芽生くんが僕のボールを見事にキャッチして、満面の笑みを浮かべていた。
バレーボールとしてはNGだが、僕の投げたボールを受け止めてくれる人がいる。それが嬉しくてとても気分がよかった。
遠い昔、コートの端に転がってきたボールを投げた。その先には誰もいなかった。
でも今は違う!
目の前に大切な人たちがいる。
笑顔が溢れている。
その笑顔の輪の中に、僕もいる!
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