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湘南ハーモニー 18
「瑞樹くん、生しらすのかき揚げも美味しいから食べてみて」
「ありがとうございます」
次から次に出てくる江ノ島らしいご馳走に、舌鼓を打った。
きつね色のかき揚げは、噛みしめるとサクサクと音がした。
「わぁ~おいしい!」
芽生くんも気に入ったらしく、小さな口を思いっきりあけて頬張っていた。
揚げ物は普段なかなか出来ないので嬉しいし、揚げたてなので美味しいし、大好きな人と賑やかに食べる時間が嬉しくて、僕も自然と笑みが漏れていた。
「あの、本当に美味しい食事でした。ご馳走様でした」
「どういたしまして! さぁ食事の後はスイカ食べよっか」
「わぁぁ」
そう言えば去年の夏休みは、宗吾さんのご実家で、スイカを皆で食べたな。初対面の菅野のご実家で、こんなに歓迎してもらえるなんて信じられないよ。
人間関係ってもっとシンプルに考えた方がいいのかもしれないな。僕はいつも大袈裟に考えてしまうから。
「瑞樹、ありがとうな」
「え? 宗吾さんが何故、お礼を?」
「君が菅野くんと親友になれたお陰で、俺までこんなに楽しい時間を味わえているからだよ。この縁は瑞樹が持って来たものだぞ!」
「あ……はい」
宗吾さんは、やはり素敵な人だ。
そんな風に言ってもらえると、僕は僕が愛おしくなる。
もう生き残ってしまった人間だなんて卑屈に思わないでいい。
僕も良縁を運べる人になった。
「さぁさぁ、次はお風呂よ。良介、案内してあげて」
「了解! こっちだよ」
菅野が案内してくれたのは、民宿経営していた時に使っていた家族風呂だった。
「大人四人まで入れるよ。さぁ皆でどうぞ」
え? いやいや……今日は何だか宗吾さんと一緒に入ったら僕、駄目になりそうだ。
日中、宗吾さんのビシッとカッコイイ台詞を沢山聞いたせい?
七里ヶ浜でキスして、ムードが高まったせい?
「瑞樹、一緒に入らないのか」
「あ、あの……僕はちょっと……そうだ! 後片付けを手伝って来ても?」
「ふっ、意識しているのか」
「ちっ、違いますってば!」
芽生くんはもう裸ん坊で、宗吾さんも、もうほとんど脱いでいた。
ちらりと盗み見すると、宗吾さんは平常だった(って僕、何を見てる?)
僕が意識し過ぎだって分かっているが、とにかく今日は駄目だ。
「あ、あの……下で待っています。芽生くん、今日はパパとでいいかな?」
「うーん、わかった! いいよぉ~」
「瑞樹、気が変わったら、来いよ!」
「変わりませんので、パパッと入って来て下さいね」
「つれないなぁ」
トントンと階段を下りていくと、菅野が縁側で麦茶を飲みながら涼んでいた。
「あれ? 葉山も一緒に入らなかったのか」
「ええっと、菅野と話したくて……今日はすごく楽しい一日だった。改めてお礼を言いたくて」
「よせやい、照れるぜ」
「本心なんだ。本当にありがとう」
そう告げると、菅野が目を細めた。
「葉山……宗吾さんと出逢えて良かったな。今、どんな顔をしていると思う?」
「え?」
「頬が緩んで、幸せで満ち足りた顔つきだよ」
「ええ?」
思わず自分の頬に、手をあてた。
宗吾さんと付き合うようになってから、確かに沢山笑うようになった。
自分のしたいこと、いやなことをはっきり口に出せるようになった。
明るい方向を見ているだけでなく、自分の足で進んでみたくなった。
「柔らかくなったよな」
「う……そう見える?」
「プニプニじゃん。太ったか」
「ええ!」
目を見開いて驚くと、大笑いされた。
「前はこんなちょっかいを出したら倒れそうだったが、これは宗吾さんによっぽど免疫をつけてもらったみたいだな」
「そ、そんなこと……うっ、あるかも」
宗吾さんの発言は大胆で豪快で、だから……なのかな?
「惚気てるし」
「ち、違くて……」
「毎日って、いろいろあるよな。でもさ、小さな幸せ探しが上手くなると、そこそこ上機嫌に過ごせるのさ」
「菅野もそういう風に思うんだね」
「例えば、今日は親友が遊びにきてくれた。楽しそうに過ごしてくれた。我が家の御飯を美味しいと言ってくれた。もうそれだけでもスペシャルデーだよ」
ほんとにその通りだ。同時にその逆も言える。
「親友が家に呼んでくれた。親友が僕たちを歓迎してくれて、沢山笑いあえた。美味しい家庭の味でもてなしてくれた……僕……幸せなんだ」
っと、そこで菅野のお姉さんが突然現れている。
「あんたたち、何してんの? 風呂に入ってきないさーい! ほれ! あそこは四人一度に入れるでしょ。そうだ! 良介も一緒に入っておいで」
ドンドンっと背中を押され、二階に戻ることを促される。
「で、でも」
「男同士、遠慮なし! 裸の付き合いしといで!」
脱衣場に押し込まれ、菅野と顔を見合わせて苦笑してしまった。
「いてて、馬鹿力だな。葉山、皆で風呂に入るか」
「……そうだね。僕もそうしたい!」
さっきまでのドキドキは、ワクワクになった。
宗吾さんと芽生くん、僕と菅野
こんなメンバーで風呂に入る機会もそうないよな。
「おっじゃましまーす!」
「か、菅野くん!? おっと瑞樹も一緒か~」
「へへへ、姉貴に裸の付き合いしてこいって、実践しますよ」
「宗吾さん、そういう理由で……お邪魔していいですか」
「もちろんさ!」
家族や友人と一緒にお風呂に入ると、心の距離が縮まる。身を守るものを全て脱ぎ捨て、無防備な状態になるから。
「おっと、少し狭いなぁ、瑞樹、俺の膝に乗るか」
「の、のりません」
「俺が乗りましょうか」
「いや、いい! 芽生、膝においで」
「えー、お兄ちゃんのおひざがいい」
「くすっ」
宗吾さんが、場を和ましてくれる。
「江ノ島って、いい所だな。菅野くんサンキュ」
「こちらこそ、久しぶりに民宿を再開したくなりましたよ。いいもんですね」
「あぁ、そう思うよ。こんな石造りの気持ちいい風呂もあるし、いいんじゃないか。宣伝広告なら俺に任せてくれよ。今日のお礼で相談に乗るぜ」
「宗吾さんって、気持ちのいい人ですね」
二人の会話を、僕は芽生くんを膝に抱っこしながら聞いていた。芽生くんもニコニコしながら聞いていたが、だんだん大人しく重たくなってきた。
「あの……芽生くん、寝ちゃったみたいです」
「ぐっすりだな。瑞樹、悪いな。重たいだろう?」
「大丈夫ですよ」
「いいから、俺が抱くよ、貸して」
「ありがとうございます」
「君だって疲れているんだ。ちゃんと休めよ」
いつもの調子で話していると、菅野が茹で蛸みたいに真っ赤になっていた。
「ど、どうしたの?」
「なんだか、夫婦感が半端なくてさ! 俺って今、とんでもないお邪魔虫かも」
「そ、そんなことないよ」
菅野は真っ赤になって飛び出してしまった。
「はは、結構菅野は初心なんだな」
「そうでしょうか」
「あの分じゃ、女の子と付き合ったことないのかもな」
「えっ! 菅野はすごくイイヤツなのに……何で?」
「さぁな。だが、これだけ徳を積んだんだ。近いうちに良い事があるさ」
「そうでしょうか」
「そうだよ」
宗吾さんがそうだと言えば、そんな気がしてくる!
それにしても、普通に会話していたのに、菅野があんなに照れまくるほど、僕たち、甘いムードを? そう思うと照れ臭くなって、忘れていた羞恥心が戻って来た。
「みーずき、芽生が寝た途端に意識しちゃって、可愛いな」
「え?」
「緩やかに……」
「い、言わないでください!」
あんな官能的なキスをされたら、その余韻を引き摺ってしまうに決まっているのを知っているくせに。
「分かった分かった。さぁ俺は芽生を寝かしつけてくるから、君は身体を洗っておいで」
「はい」
「今日は何もしないよ。何もしないが、家族でくっ付いて寝よう」
「はい!」
「俺も努力するよ」
「くすっ、宗吾さん……大好きですよ」
「よ、よせっ!」
明るい笑顔の尽きない一日だった。
「おやすみなさい」
「お休み、瑞樹」
三人で手を繋いで、川の字で眠った。
また楽しい明日を迎えられる安心感に包まれて……
江ノ島の夜は、静かに穏やかに更けていった。
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