853 / 1651
湘南ハーモニー 22
「葉山、この後は北鎌倉に行くんだろう?」
「うん、そろそろ移動するよ。いろいろありがとうな」
「どうやって行く? 江ノ電にまた乗るか。それとも芽生坊の好きそうなモノレールで大船に出るルートもあるぞ。それか……荷物も多いし、俺が送ってやってもいいんだぜ」
しまった! あまりに楽しい時間だったので、別れがたくて……つい。
最後のはどう考えても余計だったよな? 家族水入らずの時間にお邪魔虫発言だったと反省した。俺はお節介過ぎる所があるから、気をつけないと。
「菅野、ありがとう! そうだね、どれもいいね。えっと芽生くんは何がいいかな?」
お? そこで芽生坊の意見を聞くのか。葉山はもうすっかり滝沢ファミリーの一員なのだな。 子供の意見も丁寧に聞いてやるのが、葉山らしくていい!
ずっと密かに行く末を心配していた大切な親友が、今は自分の居場所を見つけ、生き生きと幸せにそうにしている。俺は寂し気な葉山の笑顔を見逃してこなかったから、この変化が改めて嬉しいよ。
「ボクはね、カンノくんともう少しいっしょがいい!」
おおおお? 芽生坊が良い子過ぎて涙が出るぜ!
「そうだな。電車で行くと……今回は特に荷物が多いから寺までの坂道が大変だよな。菅野くんに車で送ってもらえたら、助かるな」
おおおおー! 宗吾さんもメチャクチャいい人だ!
「はい! 僕もそう思っていました。菅野、君に甘えてもいいかな?」
葉山はやっぱり天使だ‼
というわけで、俺の運転で滝沢家ご一行様は、北鎌倉に向かった。
別れ際に、葉山が姉からの熱い抱擁を受けて、顔を真っ赤にしていて可愛いかった。
「ふぅ、さっきはびっくりしたよ」
「どこか折れなかったか?」
「くすっ、菅野のお姉さんって、楽しい方だね」
「ははは、好き嫌いのハッキリした豪快な姉貴だが、葉山にはベタ惚れだな」
「そ、そうかな? 僕の方こそ、菅野の家族に温かく迎えてもらえて嬉しかったよ」
葉山はいじらしい、控えめなヤツなのだ。だから助手席に座る彼が笑えば、俺の心にもそよ風が吹くようだ。
北鎌倉から山ノ内へ通じる急坂に差し掛かると、二人連れの男性とすれ違った。
「あっ、ちょっと待って」
「あれ? 昨日の子か」
「うん! そうだよ」
一人は目深に帽子を被ってマスクをして、もう一人はパリッとしたスーツ姿だった。
「涼くん、安志さん!」
「あぁ、昨日はどうも」
スーツ姿の安志くんが太陽のように笑えば、涼くんがマスクを取って甘く微笑んでくれた。
お! すっかり血色が良くなって肌が艶々だな。さては何か良い事でもあったのか。昨日とは別人のような様子に、心から安堵した。
若いからって自分を酷使しすぎるなよ。心も身体も自分が思っているより繊細なんだぜ。だから頼れる人がいるならしっかり頼って、頑張り過ぎるなよ!
「もうお帰りですか」
「はい、仕事の関係で都内に戻ります。昨日は楽しかったですね」
「あの、また会えるといいですね」
葉山も、涼くんと安志さんが気になるようだ。葉山が人に関心を持つなんて、いい傾向だな!
「僕もそう思っていました。良かったら名刺を交換しませんか」
「ぜひ!」
「お! 瑞樹だけずるいな。俺もする」
「じゃ、ついでに俺も」
路肩に車を停めて、皆で名刺交換をした。モデル、警備会社、広告代理店、花の卸商社と分野はバラバラだが、この縁はまだまだ続く予感がする。和やかな輪は、静かな波紋のように優しく広がっていくだろう。
「じゃあ、また会いましょう!」
「はい! きっと」
急勾配を車で駆け上がると、俺が泊まる訳ではないのに、気分が上昇していった。知花のことをも葉山に話せたのは一つの転機だ。俺も幸せになりたい。なれそうだ。そんな予感で満ちていく。
「ここか」
「うん、菅野ありがとう」
「荷物降ろすところまで手伝うよ」
「あの、少し寄っていく? 丈さんと洋くんには昨日会っているし」
「いや、この後、ちょっと寄りたい所が在るんだ」
「もしかして……」
言わなくても葉山には分かるのか。
「だから、また会社で会おう!」
「そうだね。菅野……ありがとう!」
葉山たちが細い階段を上って見えなくなるまで見送ると、入れ違いに小柄なお坊さんが降りてきた。
へぇ、お坊さんって爺さんばかりじゃないんだな。
木漏れ日を浴びた栗色の髪が輝いて、クリクリの丸い目も爛々としている。
大事にそう風呂敷を抱えて、まるで森のリスみたいで可愛いな。
ところが……彼は石段の途中で躓いてしまい、持っていた風呂敷と一緒に転げ落ちてきた!
「あ! あぁぁぁ~ ボクのおまんじゅう! 誰か~ おまんじゅうを~!」
「あ、危ない!」
彼と風呂敷のおまんじゅう。
俺……どっちを助けるべき?
ともだちにシェアしよう!