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湘南ハーモニー 22

「葉山、この後は北鎌倉に行くんだろう?」 「うん、そろそろ移動するよ。いろいろありがとうな」 「どうやって行く? 江ノ電にまた乗るか。それとも芽生坊の好きそうなモノレールで大船に出るルートもあるぞ。それか……荷物も多いし、俺が送ってやってもいいんだぜ」  しまった! あまりに楽しい時間だったので、別れがたくて……つい。  最後のはどう考えても余計だったよな? 家族水入らずの時間にお邪魔虫発言だったと反省した。俺はお節介過ぎる所があるから、気をつけないと。 「菅野、ありがとう! そうだね、どれもいいね。えっと芽生くんは何がいいかな?」  お? そこで芽生坊の意見を聞くのか。葉山はもうすっかり滝沢ファミリーの一員なのだな。 子供の意見も丁寧に聞いてやるのが、葉山らしくていい!  ずっと密かに行く末を心配していた大切な親友が、今は自分の居場所を見つけ、生き生きと幸せにそうにしている。俺は寂し気な葉山の笑顔を見逃してこなかったから、この変化が改めて嬉しいよ。 「ボクはね、カンノくんともう少しいっしょがいい!」  おおおお? 芽生坊が良い子過ぎて涙が出るぜ!   「そうだな。電車で行くと……今回は特に荷物が多いから寺までの坂道が大変だよな。菅野くんに車で送ってもらえたら、助かるな」  おおおおー! 宗吾さんもメチャクチャいい人だ! 「はい! 僕もそう思っていました。菅野、君に甘えてもいいかな?」  葉山はやっぱり天使だ‼  というわけで、俺の運転で滝沢家ご一行様は、北鎌倉に向かった。  別れ際に、葉山が姉からの熱い抱擁を受けて、顔を真っ赤にしていて可愛いかった。 「ふぅ、さっきはびっくりしたよ」 「どこか折れなかったか?」 「くすっ、菅野のお姉さんって、楽しい方だね」 「ははは、好き嫌いのハッキリした豪快な姉貴だが、葉山にはベタ惚れだな」 「そ、そうかな? 僕の方こそ、菅野の家族に温かく迎えてもらえて嬉しかったよ」  葉山はいじらしい、控えめなヤツなのだ。だから助手席に座る彼が笑えば、俺の心にもそよ風が吹くようだ。  北鎌倉から山ノ内へ通じる急坂に差し掛かると、二人連れの男性とすれ違った。 「あっ、ちょっと待って」 「あれ? 昨日の子か」 「うん! そうだよ」  一人は目深に帽子を被ってマスクをして、もう一人はパリッとしたスーツ姿だった。 「涼くん、安志さん!」 「あぁ、昨日はどうも」  スーツ姿の安志くんが太陽のように笑えば、涼くんがマスクを取って甘く微笑んでくれた。  お! すっかり血色が良くなって肌が艶々だな。さては何か良い事でもあったのか。昨日とは別人のような様子に、心から安堵した。  若いからって自分を酷使しすぎるなよ。心も身体も自分が思っているより繊細なんだぜ。だから頼れる人がいるならしっかり頼って、頑張り過ぎるなよ! 「もうお帰りですか」 「はい、仕事の関係で都内に戻ります。昨日は楽しかったですね」 「あの、また会えるといいですね」  葉山も、涼くんと安志さんが気になるようだ。葉山が人に関心を持つなんて、いい傾向だな!  「僕もそう思っていました。良かったら名刺を交換しませんか」 「ぜひ!」 「お! 瑞樹だけずるいな。俺もする」 「じゃ、ついでに俺も」    路肩に車を停めて、皆で名刺交換をした。モデル、警備会社、広告代理店、花の卸商社と分野はバラバラだが、この縁はまだまだ続く予感がする。和やかな輪は、静かな波紋のように優しく広がっていくだろう。 「じゃあ、また会いましょう!」 「はい! きっと」  急勾配を車で駆け上がると、俺が泊まる訳ではないのに、気分が上昇していった。知花のことをも葉山に話せたのは一つの転機だ。俺も幸せになりたい。なれそうだ。そんな予感で満ちていく。 「ここか」 「うん、菅野ありがとう」 「荷物降ろすところまで手伝うよ」 「あの、少し寄っていく? 丈さんと洋くんには昨日会っているし」 「いや、この後、ちょっと寄りたい所が在るんだ」 「もしかして……」  言わなくても葉山には分かるのか。 「だから、また会社で会おう!」 「そうだね。菅野……ありがとう!」  葉山たちが細い階段を上って見えなくなるまで見送ると、入れ違いに小柄なお坊さんが降りてきた。  へぇ、お坊さんって爺さんばかりじゃないんだな。  木漏れ日を浴びた栗色の髪が輝いて、クリクリの丸い目も爛々としている。  大事にそう風呂敷を抱えて、まるで森のリスみたいで可愛いな。  ところが……彼は石段の途中で躓いてしまい、持っていた風呂敷と一緒に転げ落ちてきた! 「あ! あぁぁぁ~ ボクのおまんじゅう! 誰か~ おまんじゅうを~!」 「あ、危ない!」    彼と風呂敷のおまんじゅう。  俺……どっちを助けるべき?  

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