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湘南ハーモニー 23
「小森くん、今日はもう帰っていいよ」
「でもまだ早いですよ」
「今日は大切なお客様をお迎えするので、早めに門を閉めようと思ってね」
「いいですね! お楽しみください」
いつもより3時間も早く上がっていいなんて、嬉しいな!
「あ、小森くん、待って」
「はぁい!」
「これ、今日はお饅頭にしたよ。沢山詰めてあるから、ゆっくりお食べ」
住職が蓮の花のように優美な笑顔で渡してくれたのは、風呂敷に包まれた月下茶屋のお饅頭だった。
どっさり入っているぞ、やった!
「住職さまぁ~ 大好きです!」
「くすっ、君はやっぱりワンちゃんみたいに可愛いね」
「ワン!」 (また間違えた~)
「ふふ、おかわりかい?」
「住職~ 僕は月影寺の小坊主、小森風太《こもりふうた》ですよ。お忘れなく!」
僕の実家は寺ではありません。でも職業として僧侶にずっと憧れていたので、得度の制度を利用して仏門に入り、月影寺の通いの僧侶として雇われ五年経ちます。つまり、まだただの小坊主ですが、犬っころではなく、人間、小森風太ですよ!
「知っているよ。ワンちゃんみたいにって言っただろう。君は小森風太だ。君の未来はとても明るいよ」
「そうでしょうか。最近は生身の人と出会えていないのに……」
「今、君は徳を積んでいるんだよ。きっとそろそろ良縁に巡りあうよ」
「期待しています。ではまた明日~」
「あっ、はしゃぎ過ぎて転ばないようにね」
「はーい!」
早く家に帰って風呂敷一杯のおまんじゅうを食べたいな! そんな勇み足がまずかったのか、毎日上り下りしている階段でつんのめるなんて、あり得なーい!
「あぁぁ~」
まずい、まずいよ!
勢い余って石段の途中で身体が宙に浮いてしまった!
しかも、僕より高く舞い上がったのは、風呂敷いっぱいのお饅頭! ここのお饅頭は皮が柔らかいから、床に投げ出されたらグチャグチャに潰れてしまうよ。
僕は空に弾き飛ばされて、手足をバタつかせていた。まるでスローモーションのようにお饅頭と僕が落下していく。
このまま打ち所が悪くて、死んだらどうしよう! 最近、黄泉に渡る人とばかり逢っていたら、とうとう僕も連れて行かれてしまうの?
「い、いやだぁ! まだ一生分のお饅頭を食べていないのに~」
ふと落下していく方向を見つめると、背の高い男の人が呆然と立っていたよ。極楽浄土のように浄化された空気を纏っているので、彼から吹き上がる風は爽やかだった。
「お饅頭~! 僕のお饅頭を助けて~」
待って待って、それでいいの? 僕、死んでしまったらお饅頭を食べられなくなるよね? それもいやだ!
「やっぱり助けて~ 僕を」
「どっちなんだ? とにかく来い! ここに降りろよ! 必ず受け止めてやる!」
どなたか存じませんが、そちらへ着地させて下さい!
僕が思いっきり彼に手を伸ばすと、彼も大きく腕を広げてキャッチしてくれた。
ドスン‼‼
彼に跨がる体勢で、僕は無事に地上に着地した。
「おっと、こっちもだ!」
なんと! 彼は僕を抱きしめたまま身体を反転させてお饅頭もキャッチしてくれた。しかしそのままバランスを崩し、僕を抱きしめたまま地べたに転がってしまった。
「痛っ!」
彼がとても痛そうに顔を歪めたので、僕は急いで彼の足を何度もさすってあげた。
「す、すみません!! ご、ご無事ですか」
もしかして……彼も『お逝きなさい』と声をかければ……黄泉の国に渡ってしまう人なのかも!それを確かめたかったんだ。
「あの、痛めたのは足じゃなくて、手! あーまずい捻ったかも。イテテ……」
「わーん! お詫びします」
「君はこの寺の人?」
「はい。雇われ小坊主の小森風太と言います。そそっかしくて……僕のせいで……ぐすっ、ごめんなさい」
自分のしたことが子供じみていて、他人を怪我させてしまったことがショックで、ワンワン泣いてしまった。すると僕を助けてくれた男の人は、そっと頭を撫でてくれた。
「あぁ、泣くな。とにかく君……えっと、風太くんは怪我してない?」
「僕は無事ですが……あなたが」
「うーん、風呂敷をキャッチした時に手首を捻ったみたいだ。まずいな、運転があるのに」
「なんと! びょ、病院へいきましょう」
「いや、そこまでは……あーでも、車、どうしよ?」
目の前には『かんの家』と書かれたバンが停車していた。
「かかかかか、かんの家といえば、江ノ島の!! あそこで売っている江ノ島の灯台最中、とても美味しいのですよね!」
「へぇ、うちの店を知っているんだな」
「はい! 大好きです♡」
****
俺が助けた小坊主の小森くんは、間近で見ると小動物みたいに可愛かった。
俺さ、可愛い子の泣き顔に弱いんだよ。泣かせたくなくて助けたのに、お饅頭も君も無事だったのに、迷惑かけたと泣く姿にキュンとしてしまった。
いや、待て待て。相手は可愛いと言っても男なのに、どうした? 俺……
しかも饅頭が大好きの『大好きです♡』に顔が赤くなるなんて、変だろ?
葉山達の関係に感化されてしまったのか。確かに葉山の同性愛は全面的に受け入れているが、俺は普通に女の子が好きだったはずだよな?
「あぁぁ、泣かないでくれよ」
「ごめんなさい。うわあぁん」
ポロポロと流す涙が、澄んでいてやはり可愛く見える。
おかしいなと、目をゴシゴシ擦ってしまう始末だ。
彼は何故か泣きながら俺の足をもみもみしている。
なんだか擽ったいし、恥ずかしいぞ。
「ところで、どうして足ばかり触るんだ?」
「あなたは、本当に生きている人ですか」
「おいおい、当たり前だろ」
変なことを聞くなと苦笑すると、彼は万歳して喜んでいた。
ますます……行動が謎過ぎ!
「やったぁ! やっと生きている人に出会えました!」
「それ、どういう意味?」
「あぁ……すみません。寺で働いているせいか、この世に未練がある人の背中を押すことが多くて」
「なんだって? もしかして、見えるのか」
「……らしいです。でもあなたは生きていますよね」
思わず彼の華奢な肩を掴んで、揺さぶってしまった。
「俺はちゃんと生きている。なぁ、俺の周りに女の子はいないか。知花という二十歳の可愛い女の子だ!」
彼は目を見開いて、俺の背後をじっと見つめた。
「うーん、残念ですが、いないみたいですよ」
「そんな……そうだ! 車を運転してくれないか」
「はい! 僕のせいで手首を捻ってしまったのですから、行きたい場所までお連れします」
どうして今日に限って、知花の墓に久しぶりに立ち寄ろうと思ったのか。
朝から、不思議な程、心が澄んでいた。
爽やかな風が『良介くん、今日……会いに来て、伝えたいことがあるの』と誘っているようだった。
「鎌倉の森霊園まで運転してくれないか」
「あぁ、お墓参りの途中だったんですね。お安いご用です。お饅頭と僕を救って下さったお礼を兼ねて、必ずお連れします」
「ありがとう!」
あとがき(補足)
****
『重なる月』未読の方には分かりにくいので補足をさせて下さい。
小森風太は月影寺の可愛い小坊主さんです。
『重なる月』正念場 22(小森くん編)で初登場した新キャラです。https://fujossy.jp/books/5283/stories/308543
※現在こちらのサイトに『重なる月』再掲載しています。
まだこちらには掲載していないのですが、彼が『御朱印帳』受付をすると、何故か黄泉の国へ逝きたい人の『お逝きなさい』を手伝うことばかり。不思議な能力(見えちゃう系)を持っていますが、お饅頭好きの可愛い普通の男の子です。管野くんとの仲がどうなっていくのか、楽しみですね♡
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