855 / 1739

湘南ハーモニー 24(菅野編)

「鎌倉の森霊園ですね」 「場所、分かる?」 「僕は鎌倉界隈の坊主ですよ、お任せ下さい」 「悪いな」  お饅頭を助けてもらった恩は、きっちりお返ししますよ!   後部座席に置かれた風呂敷をバッグミラーで確認し、にっこり微笑むと、助手席の彼が僕の横顔を熱く見つめていたので、照れ臭くなってしまった。 「えっと、あの……かんのくん」 「あれ? 俺、名乗った? 君って、本当に見えるんだな」  感心されて、恐縮してしまう。 「あの……だってこの車に『かんの屋』って書いてるから。菅野さんだから、かんの屋なんですよね」 「あ、そうか。そうだよな」  ついでに下の名前も知りたいな。でも急に聞いたらヘンかな? なんだかモジモジしてしまうなぁ。 「良介だよ! 俺はリョースケ!」 「え? なんで分かったんですか」 「くくっ、俺も見えるのさ」 「えぇぇ!」 「顔に書いてあること、大体読めちゃうんだよ。こういうの察しやすいっていうのか」 「あぁ……そういう意味ですか」 「小森風太くん、どうぞよろしくな」 「はい!」  わわん、これって、なんだかデートみたいだ。  散々ぬか喜びしてきたから、まだ信じられないですよ、こんな出逢い!  ん? 待てよ。出逢いって僕、何を言って…… 「あ、着きましたよ」 「あ、しまった!」 「お供えですか」 「ん……持ってくるの忘れたよ。急に思い立ったから」 「あ、じゃあ、これを使って下さい」 「え!」  僕、どうしてしまったの? 大事な大事なお饅頭を差し出すなんて。 「君の命と同じくらい大切そうだったのに……いいのか」 「はい! お役に立てるなら」 「ありがとう」  ニコッと微笑まれて、またキュンとしてしまう。  男のくせにチビな僕は、いつも女の子からペットやマスコットのような扱われていた。僕自身もお饅頭と最中の虜で、異性に興味はなかったはずなのに……どうして同性相手に、こんなにドキドキするの?  大変だ。住職に聞かなくちゃ……僕、何か悪い病気かも! あ、病気だったら、住職の弟、丈さんの方がいいのかな?  ぐるぐる考え込んでいると、すっと目の前に可愛い女の子が現れた。野の花のような可憐な笑顔を浮かべて、僕を見つめていた。 「そのお饅頭、美味しそうね」 「食べます?」 「ありがとう。じゃあ、あそこに置いてもらえるかしら?」 「あ、はい」  あそこって、お墓だ。  もしかして、この女の子もそうなのかな?  もしかして菅野くんが探している子かも……  誰だろう。もしかして……彼女だった人?  そう思うと、胸の奥が今度は切なくなった。 「ふふ、君だったのね」 「え?」 「見届けてから、逝きたかったの」 「どういう意味ですか」 「彼とは今日出逢ったばかり?」 「はい」 「そうだったのね。あなたみたいな可愛い子でよかった」  それってどういう意味? 「風太くん、さっきから誰と話しているの?」  前を歩いていた菅野くんが怪訝な顔で振り返ったが、この女の子は見えないようだ。 「あの、彼女のこと、見えないんですか」 「まさか、そこに知花ちゃんがいるのか」  僕の隣を見つめて、驚愕の表情を浮かべていた。 「小森くん、手伝ってくれない? 彼があなたの大切な部分に触れれば、私が見えるはず。私……お別れをしたいの。亡くなる直前はモルヒネのせいで意識がなかったから」  僕の大切な部分? それってどこ?  まさかまさか、お饅頭を食べる口のことじゃ。  あわわ…… 「お願い!」 「風太くんには見えるんだね! 俺も逢いたい! どうしたらいい?」 「ぼ……僕の大切な所に触れると、見えるそうです」 「……風太くんの、大切な場所?」 「はい……」 「シテもいいのか」 「い、いいですよ。お役に立てるのなら」  ファーストキスですよ! この歳になって初めてです。  でも亡くなった彼女に会いたい彼と、最期にお別れが出来ずに漂っていた魂のために一肌脱ぎましょう!  カチンコチンになって立つと、肩をガシッと掴まれた。  わわわ!  ギュッと目を閉じた。  ファーストキスよ、さよなら~  菅野くんにならあげてもいいですよ!  ん……あれれ? ところが、口には何の変化も起こらない。 「あ、あの?」  菅野くんの手が、僕の左胸をタッチしていた。 「こころ?」 「心が清らかだな」 「くすっ、良介くんらしいね。私の前でキスは出来なかったか。でも見える?」 「と……知花ちゃん!」 「良介くん、やっと会えたね」 「あぁ……まだいてくれたんだ」 「……今日、旅立つの」 「そうだったのか。だから俺を呼んだのか」 「うん、もう見えなくても、聞こえたんだね」 「あぁ、こころに届いたんだ」  僕は菅野くんにギュッと抱きしめられた。  彼の心臓の音が、聞こえてくる。  トクトク……  あぁ気持ちいい……まるで仏様の胎内にいるみたい。彼は浄土のような人なので、とろんとした気持ちになってきたよ。 「良介くん、私との約束を守ってくれたのね」 「いいのか。また恋をしても? この子を好きになっても」 「覚えている? 私が意識を失う前に話したことを」 「あぁ……『どうかまた恋をしてね。私が終わりなんて嫌』と言っていた」 「そう! その言葉は本心よ」  ちょっと待って~ お二人さん!  今の『この子を好きになっても』の『この子』が指しているのは、ま、まさか僕ですか! 「ありがとう! 知花ちゃんに直接話せて良かった」 「リレーのバトンを渡したかったの。見届けたかったの、新しい恋の始まりを。小森風太くん、聞こえる?」 「は、はい」 「押して……私の背中を」  わ! ここでもお仕事ですか。  菅野くんを見ると、涙を溜めていた。  別れは寂しい。  別れは辛い。  でも……別れは新しい出逢いにつながっている。  それが別れの置き土産だ。 「さぁ押して! もう逝かないと。彼に新しい出逢いをプレゼントして去れるのなら、悔いはないわ」 「分かりました……では……」  僕は息を吸い込んで、両手で軽く彼女の背中を押してあげた。 「いってらっしゃい!」 「逝ってきます! 良介くん、幸せになって! 私も天上で幸せになるから」  風呂敷を抱えた彼女の姿は、雲のように白くなり、やがて消えていった。 「あ、あの……逝ってしまいましたね」  「あぁ……まさかここで会えるなんて。君のお陰で会えたよ。ありがとう」  もう一度ギュッと抱きしめられて、ドキドキしてしまった。  やっぱり居心地がいい人だな。  ついでに僕のファーストキスも奪ってくれて、よかったのに。  もどかしくなってしまうよ。 「ごめんな。初対面なのに……いろいろ」 「いえ、さっきの話……本気ですか」 「…会ったばかりで、すぐに好きになるのってヘンかな?」 「いいえ! ヘンじゃありません。僕もそうですから」  言ってしまった!   微笑み合えば、甘いトキメキが生まれてくる。  最中やお饅頭の甘さもいいけれど、こんな甘さもいいな。 「改めて、俺は菅野良介。よろしくな」 「あ……小森風太です、よ、よろしくお願いします」 「俺たちも行こう!」 「あ、あの、どこへ?」 「実家まで送ってもらえるかな。お饅頭のお礼に『灯台最中』をどっさりあげるよ」 「ワン!」 「ワン?」  まずい! つい口癖で。  菅野くんって、住職みたいに僕を甘やかしてくれそうだ。 「あの、あの、あの……」  僕は擽ったい気持ちで、彼に抱きついてしまった。 「おっと、積極的だな」 「あ、すみません」 「嬉しいよ。君の存在自体が、なんだか無性に可愛い!」  キュン!  こんなことって、本当にあるの?  住職の予言通りだ。  僕……今、とても幸せです!  僕の存在が可愛いなんて……ありがたや~♫ あとがき(不要な方はスルーです) **** 3話ほど本編から脱線して、菅野くんの話になりました。 少し奇想天外は話になりましたが、彼ららしい幸せを掴んだようですね。 また登場させたいです。この新生カップル♡

ともだちにシェアしよう!