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湘南ハーモニー 24(菅野編)
「鎌倉の森霊園ですね」
「場所、分かる?」
「僕は鎌倉界隈の坊主ですよ、お任せ下さい」
「悪いな」
お饅頭を助けてもらった恩は、きっちりお返ししますよ!
後部座席に置かれた風呂敷をバッグミラーで確認し、にっこり微笑むと、助手席の彼が僕の横顔を熱く見つめていたので、照れ臭くなってしまった。
「えっと、あの……かんのくん」
「あれ? 俺、名乗った? 君って、本当に見えるんだな」
感心されて、恐縮してしまう。
「あの……だってこの車に『かんの屋』って書いてるから。菅野さんだから、かんの屋なんですよね」
「あ、そうか。そうだよな」
ついでに下の名前も知りたいな。でも急に聞いたらヘンかな? なんだかモジモジしてしまうなぁ。
「良介だよ! 俺はリョースケ!」
「え? なんで分かったんですか」
「くくっ、俺も見えるのさ」
「えぇぇ!」
「顔に書いてあること、大体読めちゃうんだよ。こういうの察しやすいっていうのか」
「あぁ……そういう意味ですか」
「小森風太くん、どうぞよろしくな」
「はい!」
わわん、これって、なんだかデートみたいだ。
散々ぬか喜びしてきたから、まだ信じられないですよ、こんな出逢い!
ん? 待てよ。出逢いって僕、何を言って……
「あ、着きましたよ」
「あ、しまった!」
「お供えですか」
「ん……持ってくるの忘れたよ。急に思い立ったから」
「あ、じゃあ、これを使って下さい」
「え!」
僕、どうしてしまったの? 大事な大事なお饅頭を差し出すなんて。
「君の命と同じくらい大切そうだったのに……いいのか」
「はい! お役に立てるなら」
「ありがとう」
ニコッと微笑まれて、またキュンとしてしまう。
男のくせにチビな僕は、いつも女の子からペットやマスコットのような扱われていた。僕自身もお饅頭と最中の虜で、異性に興味はなかったはずなのに……どうして同性相手に、こんなにドキドキするの?
大変だ。住職に聞かなくちゃ……僕、何か悪い病気かも! あ、病気だったら、住職の弟、丈さんの方がいいのかな?
ぐるぐる考え込んでいると、すっと目の前に可愛い女の子が現れた。野の花のような可憐な笑顔を浮かべて、僕を見つめていた。
「そのお饅頭、美味しそうね」
「食べます?」
「ありがとう。じゃあ、あそこに置いてもらえるかしら?」
「あ、はい」
あそこって、お墓だ。
もしかして、この女の子もそうなのかな?
もしかして菅野くんが探している子かも……
誰だろう。もしかして……彼女だった人?
そう思うと、胸の奥が今度は切なくなった。
「ふふ、君だったのね」
「え?」
「見届けてから、逝きたかったの」
「どういう意味ですか」
「彼とは今日出逢ったばかり?」
「はい」
「そうだったのね。あなたみたいな可愛い子でよかった」
それってどういう意味?
「風太くん、さっきから誰と話しているの?」
前を歩いていた菅野くんが怪訝な顔で振り返ったが、この女の子は見えないようだ。
「あの、彼女のこと、見えないんですか」
「まさか、そこに知花ちゃんがいるのか」
僕の隣を見つめて、驚愕の表情を浮かべていた。
「小森くん、手伝ってくれない? 彼があなたの大切な部分に触れれば、私が見えるはず。私……お別れをしたいの。亡くなる直前はモルヒネのせいで意識がなかったから」
僕の大切な部分? それってどこ?
まさかまさか、お饅頭を食べる口のことじゃ。
あわわ……
「お願い!」
「風太くんには見えるんだね! 俺も逢いたい! どうしたらいい?」
「ぼ……僕の大切な所に触れると、見えるそうです」
「……風太くんの、大切な場所?」
「はい……」
「シテもいいのか」
「い、いいですよ。お役に立てるのなら」
ファーストキスですよ! この歳になって初めてです。
でも亡くなった彼女に会いたい彼と、最期にお別れが出来ずに漂っていた魂のために一肌脱ぎましょう!
カチンコチンになって立つと、肩をガシッと掴まれた。
わわわ!
ギュッと目を閉じた。
ファーストキスよ、さよなら~
菅野くんにならあげてもいいですよ!
ん……あれれ?
ところが、口には何の変化も起こらない。
「あ、あの?」
菅野くんの手が、僕の左胸をタッチしていた。
「こころ?」
「心が清らかだな」
「くすっ、良介くんらしいね。私の前でキスは出来なかったか。でも見える?」
「と……知花ちゃん!」
「良介くん、やっと会えたね」
「あぁ……まだいてくれたんだ」
「……今日、旅立つの」
「そうだったのか。だから俺を呼んだのか」
「うん、もう見えなくても、聞こえたんだね」
「あぁ、こころに届いたんだ」
僕は菅野くんにギュッと抱きしめられた。
彼の心臓の音が、聞こえてくる。
トクトク……
あぁ気持ちいい……まるで仏様の胎内にいるみたい。彼は浄土のような人なので、とろんとした気持ちになってきたよ。
「良介くん、私との約束を守ってくれたのね」
「いいのか。また恋をしても? この子を好きになっても」
「覚えている? 私が意識を失う前に話したことを」
「あぁ……『どうかまた恋をしてね。私が終わりなんて嫌』と言っていた」
「そう! その言葉は本心よ」
ちょっと待って~ お二人さん!
今の『この子を好きになっても』の『この子』が指しているのは、ま、まさか僕ですか!
「ありがとう! 知花ちゃんに直接話せて良かった」
「リレーのバトンを渡したかったの。見届けたかったの、新しい恋の始まりを。小森風太くん、聞こえる?」
「は、はい」
「押して……私の背中を」
わ! ここでもお仕事ですか。
菅野くんを見ると、涙を溜めていた。
別れは寂しい。
別れは辛い。
でも……別れは新しい出逢いにつながっている。
それが別れの置き土産だ。
「さぁ押して! もう逝かないと。彼に新しい出逢いをプレゼントして去れるのなら、悔いはないわ」
「分かりました……では……」
僕は息を吸い込んで、両手で軽く彼女の背中を押してあげた。
「いってらっしゃい!」
「逝ってきます! 良介くん、幸せになって! 私も天上で幸せになるから」
風呂敷を抱えた彼女の姿は、雲のように白くなり、やがて消えていった。
「あ、あの……逝ってしまいましたね」
「あぁ……まさかここで会えるなんて。君のお陰で会えたよ。ありがとう」
もう一度ギュッと抱きしめられて、ドキドキしてしまった。
やっぱり居心地がいい人だな。
ついでに僕のファーストキスも奪ってくれて、よかったのに。
もどかしくなってしまうよ。
「ごめんな。初対面なのに……いろいろ」
「いえ、さっきの話……本気ですか」
「…会ったばかりで、すぐに好きになるのってヘンかな?」
「いいえ! ヘンじゃありません。僕もそうですから」
言ってしまった!
微笑み合えば、甘いトキメキが生まれてくる。
最中やお饅頭の甘さもいいけれど、こんな甘さもいいな。
「改めて、俺は菅野良介。よろしくな」
「あ……小森風太です、よ、よろしくお願いします」
「俺たちも行こう!」
「あ、あの、どこへ?」
「実家まで送ってもらえるかな。お饅頭のお礼に『灯台最中』をどっさりあげるよ」
「ワン!」
「ワン?」
まずい! つい口癖で。
菅野くんって、住職みたいに僕を甘やかしてくれそうだ。
「あの、あの、あの……」
僕は擽ったい気持ちで、彼に抱きついてしまった。
「おっと、積極的だな」
「あ、すみません」
「嬉しいよ。君の存在自体が、なんだか無性に可愛い!」
キュン!
こんなことって、本当にあるの?
住職の予言通りだ。
僕……今、とても幸せです!
僕の存在が可愛いなんて……ありがたや~♫
あとがき(不要な方はスルーです)
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3話ほど本編から脱線して、菅野くんの話になりました。
少し奇想天外は話になりましたが、彼ららしい幸せを掴んだようですね。
また登場させたいです。この新生カップル♡
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