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湘南ハーモニー 27 (菅野編)

「ここに、していい?」  菅野くんの指が、僕の唇をトンっとノックした。  そう問われて、コクコクと頷いた。  そのままギュッと目を閉じると、僕と菅野くんの間を青い潮風が吹き抜けた。次に視界が少し暗くなって、その後に柔らかな感触が優しく押しつけられた。  あ……柔らかいお餅みたい。  すごく……気持ちいい。  微かに灯台最中の味がするような……ううん、これは最中の味ではない。胸の奥がキュンっとするから、菅野くんとのキスの味なんだ。  結論……菅野くんとのキスは、あんこより甘かった! 「ん……っ」    菅野くんが作ってくれた日陰の中で、ちゅ、ちゅっと唇を重ねられていた。遠くに人の声がするのに、こんな場所で男同士でキスしていいのかな?  僕は初めてのキスにドキドキして、ただただ立ち尽くしていた。 「大丈夫?」 「は、はい」 「風太の初めてをありがとう」 「い、いえ……」  はぁぁ~『こもりん』も可愛くて気に入ったけれども、『風太』って呼ばれるのって、特別な感じがする。  友達よりもっと深くて近い存在……僕にいきなりお付き合いする人が出来ちゃった!    中学卒業と同時に小坊主になった僕には、極端に友達が少なかったんだ。今の時代に小坊主になる人なんて滅多にいないから、変わり者だって言われて卒業したから。両親は味方になって寄り添ってくれたけれども、周囲の目は冷ややかだった。  そんな僕を受け入れてくれたのが、月影寺の住職だったんだ。  そしてそんな僕に初めて触れてくれたのが、菅野くんだ。 「あのさ……順番が逆になったが、自己紹介をしようか」 「あ、そうですよね!」 「君って今、何歳? もしかしてまだ十代?」 「ち、違いますよ~ こう見えても立派な成人です」 「じゃ、ハタチ?」 「あ、当たりです」 「うわぁ……そうか、やっぱり若いんだな。可愛いもんなぁ」 「もう、立派な成人ですってば」 「俺は27歳だよ。改めてよろしくな。そうだ、こもりんの初めてキスの感想を聞かせてもらえる?」  ひゃー、ファーストキスと言うものは、感想を述べるものですか。  ええっと、えっと、えっとぉ~ (どう言ったら伝わるかな?) 「あ……あんこより甘かったです‼」  そう叫ぶと、菅野くんが破顔した。 「よっしゃっ!」  力こぶまで作って、嬉しそう。 「あんこに勝てるなんて光栄だ! 気に入った? もっとする?」  えええ? もう、なんだか照れ臭くなってしまいますよ。   「きょ……今日はもうお腹いっぱいです」 「ははっ、あんこの食べ過ぎかな? じゃあそろそろ戻る?」 「は、はい」  意識し出すと足と手がカチンコチンになって、ギクシャク歩いてしまう。 「おっと、あんまり端を歩くと危ないよ」  ああん、それ、早く言って下さいよ~!   「ひゃ、ひゃあああ……」   僕の身体は、ドボンと岩場の隙間に落ちてしまった。 「大丈夫か。掴まって」 「ううう……か、格好悪いです。今日は石段から落ちて、岩場から落ちて……『二度あることは三度ある』って言いますよね? どうしよう三度目はもっと大変な目に遭うかもしれませんよ。うう……怖いな」  縋るように、菅野くんの腕に掴まってしまった。これ以上の醜態は、いくらそそっかしい僕だって晒したくないです。 「大丈夫だよ。今のが三度目だ」 「え? えっと」 「風太は、俺と恋に落ちたもんな」 「あ! 落ちました!」  落ちましたともー!! 「しかし、派手に濡らしたな。濡れ鼠みたいで可哀想だ。そうだ、おいで」 「あ……手!」  手首を掴まれて、グイグイ引っ張えられた。どうしよう、そこら中にお饅頭や最中が転がっているみたいだ。  菅野くんと歩く道は、甘い、甘すぎますよー!   「その格好じゃ歩きにくかったな。アニメに出てくる小坊主さんみたいで可愛かったけど」  そう言われて、自分の格好を改めて見つめた。白衣《はくえ》に黒い腰衣《こしごろも》は、僕の寺での定番衣装だ。住職と副住職の趣味なのか、作務衣ではなくこちらがいいと誂えてもらったのだ。   「俺の服を貸してやるよ」 「えぇ!」  なんとなんと! 初でデートにて、今度は『彼シャツ』ですか!  (愛の言葉だけは、あれこれ知っています。経験ないくせに、耳年増ですよね)  さぁ大変! 今度は、いきなり管野くんの部屋にお邪魔してしまいました。  またまた急展開の予感……!  菅野くんが箪笥からジーンズやシャツを出して渡してくれた。   「大きいかもしれないけど、これに着替えて」 「あ、はい……あの……あの、あっちを向いて下さいね」 「う、うん」  ひゃぁ~ ドキドキMAXです!  菅野くんは背も高くて、爽やかな黒髪の好青年。貸してもらった青いジーンズは青空のように澄んでいて、白いシャツは空の浮かぶ白雲のように夢いっぱい。 「よいしょ、よいしょ!」 「もういい?」 「まだ、駄目です! わわ、どっちもブカブカですよ」 「やっぱり?」  クルッと管野くんが振り向いたので、僕は慌てて肩が見えそうなシャツの襟元を摘まんで、ずり落ちそうなズボンを引き上げた。 「わ、悪い……あまりに可愛くて、びっくりした」  栗毛色の髪と色白の肌、丸い目、ハタチの男にしては幼いとは思っていたけれど、菅野くんが喜んでくれるなら嬉しいです。   「おいで、直してあげる」  彼はベルトをしてくれ、ズボンの裾は折ってくれた。 「シャツは、しょうがないな。姉貴のはもっと大きいし」 「大丈夫ですよ。僕は男ですから、少しくらい見えたって」  管野くんの前で、Tシャツをわざとバタつかすと、彼は真っ赤になってしまった。  あのあの、そんなに照れないで下さい。  僕たち……男同士ですよ?  でもでも、僕も猛烈に照れ臭くなります!  だって恋に落ちてしまったから。 「菅野くんのこと……雷に打たれたみたいに、突然好きになりました」 「俺もだよ、風太……」  そのまま優しくすっぽりと抱きしめてもらうと、僕の身体からも菅野くんの匂いがして、胸の奥が切なくなった。 「きゅーん……❤」 「ははっ、子犬みたいに鳴いて、君は可愛いな」 ****  これが僕と菅野くんの馴れ初めです。  もっともっとお話ししたいのですが、どうしましょう?  とりあず住職に報告しないと、ですよね!  

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