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湘南ハーモニー 28 (菅野編)

 志生帆 海です。 今日は最初に、前書きを置かせて下さい。  本来ならば瑞樹たちが月影寺に遊びに行って、『重なる月』とのクロスオーバーを深める所でしたが、菅野くんと小森くんの恋バナが楽しくなってしまいました。こうなったら二人で月影寺に報告に行き、そこで保留にしている物語と合流させようと思います。ちなみに月影寺の山門を潜った彼らは、楽しく過ごしていますので、ご安心を!  というわけで、今日は少しだけ、宗吾×瑞樹の小話です。 ***    月影寺にて。   「みーずき、俺たち忘れられていないか」 「そんなことないですよ。でも、あ、あの……今なら宗吾さん……少しだけヘンタイさんになってもいいのでは?」 「え? 本当か」 「す、少しですよ」    芽生くんが薙くんを親分と慕って庭遊びをしている間に、僕は客間で宗吾さんと甘いキスをした。 「あれっ?」 「おっ!」 「さっき食べた饅頭のせいだな」 「ですよね。キスがあんこ味になっています」  顔を見合わせて、宗吾さんと笑ってしまった。 「だが、あんこ味に負けるとは悔しいぞ」 「あ……ちょと、ちょっと……待ってください!」  僕は何のスイッチを押したのか。  獰猛なキスを宗吾さんから長々と受ける羽目になった。   **** 俺、男性とキスするのは初めてだ。  葉山と宗吾さんとの関係は素直に受け入れられたが、自分の身に置き換えたことはなかった。  なのに俺は今、岩壁に彼を閉じ込めて、キスするタイミングを窺っている。   もっと触れたい……頭の中がそのことだけで満ちていく。 「風太のここに、してもいい?」  そう聞くと、彼はコクンと頷いてくれた。  目をギュッと閉じて顎を反らし、小さな唇を差し出してくれる仕草がますます可愛くて、指で撫でてから、そっと唇を重ねた。  この岩陰は死角になるのを知っているが、念のため俺の身体で覆うように風太を隠した。  久しぶりに触れる自分以外の身体だった。  想像通り柔らかくて、甘い。  男の唇も女性の唇も、好きな相手の唇は同等に甘い。  ん? ほのかに漂うあんこ味に負けないように、俺は熱心に唇を啄み続けた。  ちゅ、ちゅっと音を立てると、こもりんの顔が真っ赤になっていた。  しまった。やり過ぎたか。 「大丈夫? 風太の初めてをありがとう」  彼のファーストキスが男相手で良かったのかと心配になったが、同時にこんなに可愛らしい人は手放せない、初めてを捧げてもらえたことに感謝した。  自己紹介しながら新しい恋の始まりを互いに意識してギクシャク歩いているうちに、彼が岩場の隙間に落ちてしまった。  慌てて助けたが下半身びしょ濡れになってしまったのが、可哀想だった。  恥ずかしがるので、励ましてやりたくなった。  こういう感覚って、久しぶりだ。  知花ちゃんは俺を気遣って……『また恋をして』と言ってくれたが、最愛の人を道半ばで失った喪失感は、想像以上にキツかった。  知花ちゃん、ごめん……俺、もう恋は出来そうもないよ。  そう呟いて何度空を見上げたことか。  知花ちゃんとの思い出深い江ノ島は就職を機に離れ……埼玉と東京の狭間に住居を移して、早三年。仕事に打ち込み彼女は作らずに、同期の葉山との友情を育んだ三年だった。  葉山に親友と認められ自信がついたのか、宗吾さんと芽生くんに囲まれて蕩けそうに甘い笑顔を振りまく葉山に感化されたのか、俺ももう一度恋がしたいと思えるようになった朝だった。  まさか今日……今になって、知花ちゃんと今生の別れを言えるなんてな。    いってらっしゃい。  逝ってきます。  なんて爽やかで、夢と希望溢れる挨拶だったのか。  その橋渡しをしてくれた男の子と、俺は深い恋に落ちた。 「風太は俺と恋に落ちたもんな。俺も風太に落ちたよ」  じわじわと二人で赤面して家に戻ると、姉貴に笑われた。 「まぁ、あなたたちどうしたのよ」 「ちょ、ちょっとな!」 「こもりーん、もしかして、良介と何かいいことあった?」 「あああああ、ありませーん。いえ……ありましたぁ」  仏門に仕える身だから正直なのか。  風太は耳まで赤くして俯いてしまった。 「こもりんはチョロいわね~、ふふふ」  意味深に笑う姉貴を押し退け、俺の部屋に連れ込んだ。  会ったその日に実家に挨拶して、デートして、キスして……そして今から俺は。 「これに着替えるといい」  彼シャツにまで手を出そうとしている。  俺ってこんなに手が早かった?  なんだろう? 追い風に押されているように、風太への恋心が一気に燃え上がる。  恋ってなんだ?  体調を気遣い、労りながら愛した知花ちゃんとの恋とは、また別物だ。  これも恋だ、新しい恋なんだ!  お互いがスタートアップ!  風太をすっぽりと抱きしめると、胸の奥がキュンと鳴った。 「風太、よろしくな」 「あ、あの……」 「ん? どうした?」  風太が急に不安そうな顔になった。 「あのですね……僕、今すぐ行かないと」 「えっ、もう帰るのか」 「違くて……」 「じゃあ、どこへ?」  風太は真剣な眼差しを浮かべていた。 「実はですね……至急、月影寺に報告に行かないといけないんです」 「え? なんかまずいの?」 「副住職に報告しないと」 「何を?」 「僕たちがお付き合いを始めたことを」 「えっ?」 「そういう約束を交わしているんです。だから菅野くん、僕と来て下さい」 「え?」  ちょっと待てよ。挨拶なら、着替えないと。  Tシャツにハーフパンツ、ビーチサンダルでは、流石にまずいだろ~! 「親御さんに挨拶に行くより、緊張するな」 「大丈夫ですよ。副住職はお饅頭はくれませんが、僕に耳寄りな情報を沢山下さいます」 「は?」 「あぁ……何でもありません。とにかく僕の師匠なんですよ」  必殺こもりんスマイルを浴びて、俺はポカポカになった。 「何の師匠か知らないけど、君との恋さ、俺、隠すつもりないから! どんな相手でもしっかり挨拶するよ」 「きゅ、きゅーん♡ 菅野くん……すごく、かっこいいです」   俺の行動にいちいちトキメイテくれるのが可愛くて、溜まらないよ。  というわけで、俺たちは再び月影寺に向かった。  まさか出逢って数時間後に、お付き合いの挨拶に行くことになるなんて!  人生何があるか分からない。  でも、だから面白いのだ。  哀しい別れを経て……もう恋は出来ないと思った俺は、もういない。  

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