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湘南ハーモニー 29

月影寺。 「翠、どうした?」 「あ……流か。小森くん……大丈夫だったかな?」 「そういえば、今日は何故あんなに沢山の饅頭を持たせて、早めに帰らせたんだ?」 「それが、自分でも不思議なんだ」  本当にどうしてだろう?  月下茶屋で最中を買うつもりが、今日は饅頭が良い気がして……しかもいつも食べ過ぎてお腹を壊してはいけないと、小森くんに持たすのは三つまでと決めているのに……今日は三倍も買ってしまった。  お饅頭を風呂敷に包んで持たせてやると、小森くんは目を輝かせて、浮き足だって帰っていった。 「道中無事だったかな?」 「ははっ、あいつは饅頭を抱えて嬉々として帰っていったぜ。心配するな。そうだ……もし何かあったら、すぐに報告するように言ってあるんだ」 「何かあったらって?」 「ナイショ!」 「流……小森くんは15歳からうちで預かっている大切な子だよ。妙なことを教えては駄目だ」  流は図星だったのか、ふいっと顔を逸らした。 「そういう翠こそ、あんこで餌付けしているくせに」 「あ……だって、喜ぶ顔が可愛くって、あの子はワンちゃんみたいに僕を慕ってくれて」    庭先から、子供の歓声がずっと聞こえている。  薙と芽生くんが、キャッチボールをしているのだ。  15歳と6歳と年はかなり離れているが、まるで実の兄弟のように意気投合しているのが微笑ましい。 「そうだ、宗吾さんと瑞樹くんは?」 「部屋で休憩しているさ。翠……俺たちも少し休憩しないか」 「だ、駄目だよ。今日は客人がいるのに」 「その客人も……きっと今頃あんこ味のキスをしているさ」 「なッ……」  その瞬間、僕の唇は流に奪われていた。  流があんこ味のキスなどと言うから、意識してしまう。  先ほど居間で宗吾さんと瑞樹くん芽生くん、丈と洋、流と薙……みんなで月下茶屋の『満月栗饅頭』を食べたのだ。  だからなのか……ほのかに香るキスの味は……あんこ味。 「あれ? 小森さん、どうしたんですか、もう帰ったんじゃ」 「あれー カンノくんもいっしょだぁ」  その時、庭先からまた声が聞こえた。  え? 小森くんが戻ってきたの?  そしてカンノくんって、誰だ?  流と顔を見合わせてしまった。 「あいつ……もしかして」  流は顎に手をあてて、ニヤリと笑った。 **** 「風太、行くか」 「はい! 急がないと! 何しろ、当日中っと言われていましたので」 「はい? 何が」 「とにかく報告あるのみです!」  こもりんは、自分の唇に今一度手をあてて、キリリと山門を見上げた。  俺は灯台最中の入った紙袋を持って、同じように肩を並べてキリリと見上げた。  これ、スーツ姿で出掛けようとしたら、姉貴がどっさり持たせてくれたんだ。    ずっしりと重たいが、一体いくつ詰めた? 「良介ー さぁ、頑張っておいで! あんたのそんな生き生きとした顔、久しぶりに見たわよ! こもりん、気に入ったわ!」  バンバンと叩かれた背中と、ドンドンと叩かれた胸には手形でもついていそうだ。  でも……姉貴、ありがとうな。  察しがいいから気付いているのだろう。  風太と俺の関係を……  何も言わず、菓子折りまで持たせてくれて、サンキュ!  山門へ続く石段を歩くと、不思議な心地になった。  風太とは、ここで出逢った。 「菅野くん、ここです。この地点です。ここで突然躓いて……」 「どうして転んだ?」 「分かりませんが……そういえば……背中を押された気がしました」 「何か声がした?」 「あ……そうえいば『今よ!』って……」 「ははっ、それは知花ちゃんの仕業かもな」  俺の新しい恋の……  恋のキューピットは知花ちゃんだったのか。  俺は今一度、天を見上げた。 「知花ちゃん、もう天国に着いたか! 幸せになれよ」 「……はい、知花さんは無事に成仏されました」 「ありがとう。良かったよ」  俺は風太と手を繋いで、山門へ続く階段を駆け上がった。  気分が高揚してくる。  山門を潜った砂利道では、芽生くんと見知らぬ少年がキャッチボールで遊んでいた。  すると、いきなりボールが俺たちに向かって飛んできたので、俺はジャンプしてキャッチした。   あっ、心を掴むってこんな感じ?  いい日にしよう!  そうなるように努力しよう!  そんな気持ちで満ちてきた。  満月のように、時は満ちた。 「風太、前に進もう!」 「はい! ついていきます!」    

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