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湘南ハーモニー 32
「瑞樹、大丈夫か」
目の前で繰り広げられていることに付いて行けず、ポカンとしてしまった。
「そ、宗吾さん……すみません。僕、ちょっと驚いてしまいました」
「まぁ君が驚くのも無理ないよな。でもさ、菅野くんは瑞樹と似た者同士だったんだな。やっぱり類は友を呼ぶのか」
「あ、はい、確かに……それはその、嬉しいですが」
駄目だ、僕、まだ思考回路が停止したままだ。
菅野にこの寺まで送ってもらったのは、つい数時間前の話だよ。一体いつの間に、どうして、こうなったのかきちんと説明して欲しい。
相手はこの月影寺の小坊主さんで、しかも、もうキスまでしたなんて! あっそれに彼が着ているシャツがブカブカなのは、まさか菅野のなのか。彼シャツも、既にクリア?
ううう、あの菅野が男同士でキスをもうしたなんて……想像するだけでも、頬が火照るよ!
そうこうしているうちに、翠さんと流さんが戻ってきた。
「流さん、お役所には連絡してくれましたか」
「流っ、ほら、ちゃんと謝って」
流さんを制するような、翠さんの冷ややかで厳しい声が堂内に響いた。
「分かったよ。あー、あのな、小森、悪かった! お役所の話は間違いだった」
「えっ、じゃあ僕が決死の思いでした、チューしました宣言はどうなるんですか」
「不要だったんだよ、小森くん、ごめんね。流が悪ふざけして」
「そんなぁぁぁぁ〜 ぴえんっ」
だよなぁ……誰が聞いても、そんな話あるはずないのに、小森君は素直すぎるよ。
なぁ最初に菅野が好きになったの? それとも小森くんから? あぁ、もう聞きたいことだらけだよ。
「菅野くん、大丈夫かな?」
「は、はぁ……」
菅野もまたポカンとしている。
「でもね、小森くん、僕は嬉しいよ。君は初めて恋をしたんだね。そんなに嬉しそうな顔をして」
「あの……住職、僕、これでいいんですか」
「もちろんだよ、偽りのない素直な気持ちなんだろう?」
「はい! その、あんこ味でした」
「えっと、何が?」
「ファーストキスがですよ!」
「‼︎」
翠さんと僕はギョッとして、赤面した。
小森くんって実は強者? それとも天然?
「そ、そうなんだね」
「あっ、僕また余計なことを言ったんですか、ごめんなさい。誰かと付き合うなんて初めてなので、舞い上がってしまいました。しゅん……」
「大丈夫だよ、菅野くんは瑞樹くんの親友と聞いたし、これからは流ではなく、彼に何でも聞くんだよ」
「はい! そうします!」
ここまでのやり取りを聞いて、小森風太くんは素直で純粋な子のようで、月影寺の息子のように愛されているのがよく分かった。
「菅野くん、色々、先走ってごめんなさい!」
しゅんと小森くんが項垂れると、菅野がその背中を優しく撫でていた。
「大丈夫だよ、ちょっと驚いたが、きちんと話せて良かったと思うよ」
優しいな…
そうだ、、菅野はいつも優しくて頼りになる。
僕もいつもそうやって見守ってもらっていた。
親友の恋の始まりを、純粋に応援したい。
今日聞いたばかりの悲しい別れ……それを乗り越える出来事なんだ、これは。
****
「葉山、少し二人で話せるか」
「あ、うん」
僕と菅野は、月影寺の境内を肩を並べて歩いた。皆が僕たちを気遣い、話す時間を与えてくれたから。
「葉山、いきなりで驚いたよな」
「それは……うん、まぁ、驚いた。一体どういう経緯で?」
菅野はまだ照れ臭そうな様子だった。
「葉山にならなんでも話せるよ。きっと信じてくれると思えるから」
「うん、何があった?」
「……実は知花ちゃんが、恋のキューピットだった」
僕たちを送って帰ろうとした時、石段で躓いた小森くんがお饅頭と共に降ってきた。
それが運命の出会い。
それから二人でお墓参りに行き、小森くんの不思議な力で知花ちゃんと再会出来て、最期のお別れを言えたこと。小森くんとは出会った瞬間に、二人共、同時に恋に落ちたこと。
聞けば聞くほど、嬉しさが満ちてくる。
菅野は一つの恋をしっかり終わらせて、新しい世界に飛び込んだのだ。
「俺さ、葉山に応援して欲しい。してくれるか」
「当たり前だよ! 僕……自分の事のように嬉しいよ」
大切な人の死が、どんなに引き摺るものか、僕は知っている。
恋の別れ道が、どんなに辛いのか、僕は知っている。
だから菅野が踏み出した一歩が、どんなに大きな一歩なのか知っている!
「あのさ、会ったその日にキスって、おかしいかな?」
「おかしくなんてない! 時間よりも想いの深さだよ、心が揃えばそれが合図だ! 僕だって、宗吾さんとは劇的な出会いだった」
まずい、嬉しくて感極まって、目頭が熱くなってしまうよ。
「わっ、瑞樹ちゃん泣くなよ」
「だって、親友の幸せが嬉しくて……」
「そうか、自分のことのように喜んでくれるんだな」
菅野が、僕の背中を優しく撫でてくれた。
「僕……の大切な人だから、菅野のこと、大事なんだ」
「お、おう! ありがとうな。俺たちはこれからも親友だ!」
木漏れ日の中、僕らは肩を抱き合った。
「ついでに葉山は恋路の大先輩だから、色々正確な情報を頼むよ、よろしくな」
「大先輩!? そ、それはない。て……照れるよ」
「小森くんってさ、リスみたいで可愛いだろ? 大切にしてやりたいんだ」
「わっ、もう惚気?」
「ははっ! だな」
最後はお互いに顔を見合わせて、破顔した。
親友の恋を、応援したい!
明るい気持ちが満ちる午後だった。
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