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湘南ハーモニー 33
「じゃ、俺たち、そろそろ帰ります。葉山、また会社でな。月影寺のみなさん、これからどうぞよろしくお願いします」
「菅野くん、こちらこそ宜しく頼むよ。小森くんはこの寺の秘蔵っ子なんだ。どうか大切にしておくれ」
住職である翠さんの慈愛に満ちた声が、心地良く堂内に響く。
「はい! 彼は俺にとって空から降ってきた宝物のようです。実は……長年引き摺っていた大切な人との、爽やかで明るい別れの場を提供してくれました」
「あぁ、もしかして……また『逝ってらっしゃい』と送り出したの? そうか……小森くんが急に見えるようになったのは、君と出会うためだったのかもしれないね。管野くん、またおいで。この寺はいつでも君を歓迎するよ」
翠さんが深い眼差しで、菅野を見つめた。
慈悲深い住職のひと言ひと言が、僕の心にも響く。
この寺に、この人に、受け入れてもらえることの心地良さ、安心感は半端ないんだよ。
僕がこの寺を訪れる理由の一つだ。
「ありがとうございます。では失礼します。風太、行こう!」
「住職さまぁ~、今日は驚かせてごめんなさい。いただいた最中、全部お供えしちゃってごめんなさい」
「いいんだよ.黄泉の国への手土産になったのなら。また買ってあげるよ」
「わぁい~」
菅野が礼儀正しく挨拶し、小森くんは可愛らしく挨拶した。
それにしても菅野って男らしくてカッコいい! ビシッと『風太』と言い切って、なんだか僕までドキッとするよ。
「瑞樹~ おーい、俺を見ろ! なんか俺、最近出番ないな」
「くすっ、宗吾さん、そんことないですよ」
大丈夫です、僕には宗吾さんだけですから。
ふと先程宗吾さんから受けたあんこ味のキスを思い出して、赤面した。
さっきからずっと顔も身体も火照っているよ。初々しさ溢れるカップルの誕生を、心の底から喜んでいるんだ。
いつの間にか、僕は周囲の幸せを心から喜べる人間になっていた。これからは菅野と、今までよりもっと深く、プライベートな話も出来る。そう思うと、じわじわと嬉しさが込み上げて来るよ。
隣に座っていた洋くんも興奮した面持ちだった。
「瑞樹くん、良かったね」
「ありがとう。洋くんとの縁も、これでますます深まって嬉しいよ」
「本当? 本当にそう思ってくれるのか」
洋くんは少し意外そうだった。
「当たり前だよ。洋くんは僕の親友だから」
そう答えると、みるみる頬を薔薇色に染め上げた。
「嬉しいよ。瑞樹くんにそう言ってもらえるなんて、その……」
洋くんは先ほどから何か言いそうに口を開くが、言えずに戸惑っているようだ。そんな洋くんの背中を、丈さんが優しく撫でて言葉を促した。
「洋、ちゃんと口に出して言ってみろ」
「ん……あの……菅野くんと俺も仲良くなれるかな?」
「もちろんだよ! 今度改めてゆっくり紹介しても?」
「ありがとう。恥ずかしい話だが、俺には友人と呼べる人が殆どいなくて……だから、人と人って、どうやって友達になるのか知らないんだ」
洋くんの類い希な美貌は人を魅了し惹き付けるが、近寄り難くもさせるのだろう。
「大丈夫だよ。菅野は、本当にいい奴だ。そして僕は……そんな洋くんが大好きだよ」
親友に優劣なんてないよ。
ひとりひとりが宝物だから。
心を砕きあって、キャッチボールしあって、友情は深まっていく。
しんみり洋くんと話していると、外遊びを終えた芽生くんと薙くんが戻ってきた。
「お腹空いた! 何かおやつある?」
「ボクもお腹ぺこぺこー」
久しぶりに会ったのにすっかり打ち解けて、いい感じだね。まるで仲良し兄弟のようだよ。芽生くんが翠さんの息子の薙くんに懐き、薙くんも年の離れた可愛い弟のように接してくれる。
そんな二人の睦まじい様子は、皆の心も温めてくれる。
「二人とも手を洗ってからだよ」
「まずは手を洗っておいで」
僕と翠さんの声が揃った。どうやら僕と翠さんって、ポジションが似ているようだな。
「瑞樹くんと僕は似ているね」
あれ? にっこり微笑む翠さんの唇に微かに残るのは、あんこ?
翠さんもあんこ味のキスをしたばかりだったりして。 わっ……僕、お寺のご住職に向かって不謹慎な妄想をしてしまった!
****
「こもりんの家ってどこ?」
「藤沢で、両親と暮らしています。管野くんはどこですか」
「埼玉と東京の狭間だ」
「うーんと遠いですね」
「藤沢と実家の江ノ島なら、江ノ電で1本だな。俺、一人暮らしをやめて実家に戻ろうかな」
「え! 本当ですか。でも通勤が大変になるのでは」
「んー、今も結構かかるから大差ないかも。それにそうしたら平日も会えるだろ?」
こもりんの頬が赤く染まる。
「ぼ、僕たち……本当につきあっているんですね」
「当たり前だろ。もうキスまでした仲だ」
「あああぁぁ……恥ずかしいです
おーい、先ほどの勢いは、どこにいった?
しどろもどろのこもりんが石段でまた躓く!
「わわわ!」
「おっと! 危ない」
「すみません。ズボンがずって」
「もう落こっちるなよ」
「はい!」
「落ちそうになったら、俺にしがみつけよ」
「はい‼ あの……」
「ん?」
「菅野くん……とっても好きです」
「ありがとう! あんこより?」
「はい! あんこより、恋しい甘さです!」
「ふっ」
あんこと比較する俺もどうかと思うが、確かめずにはいられない。
俺の最大のライバルは、甘い甘い『あんこ』だから!
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