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湘南ハーモニー 34
「風太はスマホを持っている? 連絡先を教えてもらえるかな?」
「喜んで! 僕も早速菅野くんを登録しますね」
彼の電話帳を見ると、見事に和菓子屋の電話番号ばかり並んでいた。
本当に甘党で、あんこ好きなんだな。
「おっ『かんの屋』も登録済みか」
「もちろんです! 18歳で寄り道を許されたので、帰りに何度も買いに行きました」
「2年前かぁ……俺、その頃は実家を出ていたので悔しいな」
「……でも、今日逢えましたよ」
「うーん、こんなの贅沢か。18の君も、19の君も見たかったよ」
「そういうものなんですか。あのですね、僕はそんなに変わっていませんよ~ いつも20歳には見てもらえませんから」
唇を可愛く尖らす仕草も愛おしい。
葉山も可愛い男だと思うが、風太の可愛さのレベルは上を行く!
風太を見ていると、自然と頬が緩むよ。
「車で大船駅まで送るよ。早速、夜、電話してもいいか」
「もちろんです! 楽しみにしています。あっ……あぁ……」
車を加速しようとしたら、突然、彼が窓にペタッと貼りついた。
横顔は……かなり物欲しそうだ。
「あぁ、あそこが月下茶屋か」
「ううう、今日は……やっぱりナシですよね? さっき灯台最中も沢山いただいたし」
「分かった分かった。ちょっと寄っていこう! 俺がお土産に買ってやるよ」
「え? いいんですかー!」
パァァァー!
風太の顔色が見違えるように明るくなった。
俺、本当にあんこに勝てるのか、心配になってきたぞ。
「ありがとうございます! やっぱりあんこがないと落ち着きませんね」
名物の満月最中を買ってやると、ニコニコと嬉しそうに包みを胸に抱えていた。
俺もネクタイを緩めながらフッと微笑むと、風太が真っ赤になった。
「ううっ、菅野くんとのお別れが寂しいです」
「またすぐに会おう」
名残惜しくて……ふっくらな頬にチュッと軽くキスしてしまった。
「わぁぁ~ もちもちのお餅をつかれたようです」
お餅をつかれたって……おーい、どうしていつも例えが和菓子なんだ?
「あの、ほっぺたにチューも届けるのでしょうか。流さんに確認しないと」
「だからぁ、それは不要だって」
「あ! そうでしたね。でも……本当に大丈夫ですか」
「大丈夫だって‼」
思いだしても……さっきは死ぬほど恥ずかしかった。
穴を掘りたくなったよ。
まぁそれはさておき……俺の人生は、今日という日を境に一気に色づいた。
小森風太という男の色に染まって行く。
これが俺と風太の出会いだ。
「俺たち、あんこより甘い恋を育んでいこうな」
「はい! 僕、頑張ります!」
風太が力こぶを作ってフンッと鼻息を荒くしたので、苦笑してしまった。
「そう意気込むな。自然に……育んでいこう。で、色気も頼む」
「色気……それは僕にないものですね。流さんに聞いてきます」
「いや、それはもうナシで」
その晩……早速電話をしてみた。
「風太、もう寝るところか」
「はい!」
「君にもう会いたいよ」
「僕も会いたいです♡」
「一人で寝るの寂しいな」
「……」
「あれ? 風太は寂しくない?」
ヌケヌケと聞いて見ると、とんでもない返事をもらった。
「ええっと、寂しくないですよ。だって一緒に寝ているので」
「はい? 誰と? 誰かと一緒に寝てるの?」
誰とだよー! っと焦って突っ込むと、教えてくれた。
「その子は……僕の枕の左側にいます。一緒に眠るのです」
「そ、その子って誰だ!」
(あー駄目だ。俺、メチャクチャ嫉妬してる! 俺より先に風太が添い寝するヤツは誰だ?)
「えへへ、月下茶屋の最中ですよ」
「へっ? おいっ、どうして最中に添い寝をしてんだ?」
「だって菅野くんからの初めての贈り物ですよ。とても食べられませんよぅ~ だから一緒に寝るのです!」
キュン♡
この男は……俺を……駄目にしそうだ。
あんこに勝ったのか負けたのか、よく分らない!
****
「翠、何をソワソワしている?」
「ん……実はね」
夕食を前に皆、一旦部屋に戻ったので、流と二人きりになった。
時計を見ると、17時を過ぎていた。
「そろそろ来るから」
「ん? 誰か来るのか?」
「うーん、昨日は言い出せなくて」
「昨日? 商店組合の会合に出掛けていたよな。そこで何があった?」
「じ……実は高校の同級生も来ていて、大きな荷物を預かることになったんだ」
「翠!」
流が大きな声を出したので、ついビクッと震えてしまった。
「何かあったのか」
「実は……押しつけられたかもしれない」
「いいいい、一体何を?」
ピンポーン!
「あ、来た」
「だから何が来たんだよ?」
「ぼ……僕が出るから」
玄関に行くと、高校の同級生が満面の笑みを浮かべて立っていた。
「やぁ! いやぁ~広い寺だな」
「……あぁ、ようこそ。本当に持って来たんだね」
「悪いな。改装が終わるまで1週間だけ置かせてくれ。これは店の宝だから、信頼出来る場所に預けたいんだ」
「うちに置いておくのは構わないよ」
「せっかくだから、使ってくれよ」
「え?」
「張矢の歌声、すごく良かったぜ」
「えっ、どうして?」
「ほら……修学旅行のバスの中でさ、くじ引きで歌ったじゃん! えらく綺麗な歌声で、皆惚れ惚れしたんだぜ~」
わっ! その話は禁句だよ……流が妬むだろう。
「とにかくここに置いている間は自由に使ってくれよ。じゃ、またな」
「分かった」
同級生は商店街で唯一のスナックを経営していて……今回、店の改装のため、カラオケマシーンを寺で一時的に預かることになったんだ。
目の前には黒くて大きなカラオケマシーンがドーンっと置かれていた。
「へぇ、翠、いいもん手に入れたな」
「流! 今の話……聞いていたの?」
「いや、聞いてないぞ! 高校時代にバスで歌ったなんて」
「へ、下手だから……」
「ずるい! 俺も聞きたい! 翠の歌声聞かせてくれよ!」
流がグイグイと歩み寄ってくる。
こうなったら僕はもう断れない。
「わ……分かったから……ぼ、僕も……流の歌声を聞きたい」
「よーし! そうだ、いいこと思いついたぞ! 宗吾さんたちも呼んで、カラオケ大会をしようぜ! 皆で歌って歌いまくるぞ!」
流の目はキラキラと好奇心で輝いていた。
「わぁーい! ボクも歌うのだーいすき!」
その時、足下から芽生くんがピョンと登場した。
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