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日々 うらら 8
「パパ、ちこくしちゃうよー」
「おぅ、ちょっと待ってくれ」
「わぁ~ それ、いいね。きっとお兄ちゃんが喜ぶよ」
「一応な、さぁ行くぞ~」
出張明けなので午後出社で本当に良かった。
「パパ、ねむくないの?」
「全然!」
海外出張が多いので、時差とはもう慣れっこで、日本時間にもうすっかり戻っている。
そもそも昨日、瑞樹を思いっきり抱かせてもらって、元気満タンだ!
という訳で、まだ普段着なので、汚れを気にせず思いっきり朝顔の鉢を持ち上げた。
「わー パパは力もちだなぁ」
「任せとけって」
芽生もランドセルの中に皆で協力して仕上げた宿題を詰め込んで、両手に上履きと体操着を持っている。
「おっとお道具箱もだな」
「うん!」
道中、やはり親御さんと一緒の小学生と沢山すれ違った。終業式のお迎えと同様、どこの家もほとんどがお母さんで、自転車の前カゴの大きな朝顔の鉢を入れて、押していた。
お母さんと一緒に歩く子供の顔は嬉しさで弾け、まだまだあどけない。
ふと芽生の顔を見ると、ニコニコと明るい笑顔だったので安堵した。
「芽生、夏休み、終わっちゃったな」
「たのしかった~!」
「そうだな。沢山思い出を作れたな」
「あのね、あのね、来年はパパもずっといっしょがいいな」
「嬉しいことを」
「えへへ、三人はチームだもん」
「だな」
俺も夏休みに出張が入らないことを祈る!
瑞樹だけに負担をかけてしまうのが忍びないし、俺もチームに加わりたいんだ。
「パパも、さみしかったんだね」
「あぁ、芽生と瑞樹に会えなくて寂しかったよ」
離婚するまで玲子に任せきりで、息子とは大きな距離があったのに、今はこんな風に肩を並べて歩けるようになった。更に芽生は、俺の気持ちまで察してくれる優しい子になった。
将来は男同士、どんな会話をするのだろう?
未来も楽しみだが、今も楽しみだ。
小学生という成長が著しい大切な時期だからこそ、家族の時間をしっかり持っていこう。
小学校の校門で、朝顔を指定の置き場に置いてから芽生と別れた。
****
「パパー! ありがとう!」
「おう。頑張れよ!」
「はーい! いってらっしゃい」
パパとバイバイして教室に行こうとしたら、名前を呼ばれた。
「タキザワー」
振り返ると、おとなりのクラスの男の子三人が立っていたよ。
「あ……おはよう。何?」
ニヤニヤわらって、何だかいじわるそう!
「タキザワの朝顔だけ白なんで、ダッセー」
「お前だけ、送って来たのお父さんだったな。そうそうお前って、お母さんがいないんだろ? だから一人だけ朝顔も違うんだな〜かわいそう!」
「な! お母さん……ちゃんといるよ。いっしょにくらしていないだけだよ」
「あー知ってる! それってリコンってやつだろ? かわいそー」
かわいそう?
そんな風に言われるなんて、びっくりした。
だってボク……大好きなお兄ちゃんとパパといっしょで、毎日ぽかぽかなのに?
大丈夫、大丈夫。
ようちえんのころから、こんなことたまにあったよ。相手をしちゃダメだ、
でも、ボクがかわいそうなんかじゃないよ!
「あーそうだ! 白はかわいそうな色だ!」
「し、白は優しくてキレイな色だよ?」
「色がないのに?」
「白も色だよ?」
そこに先生がやってきた。
「あなたたち、何をしているの?」
「わわわ、何でもないでーす!」
「……」
先生はボクの肩に、ポンと手を置いてくれた。
「大丈夫?」
「……白い朝顔って、ヘンかなぁ……」
「あぁ、芽生くんの朝顔は白だったのね。どこかしら?」
「あそこ!」
「まぁ~ すごいわ! こんなにキレイに咲かせてくれたのね」
「うん! 毎日朝顔さんとお話しして大切に育てたんだ」
「ありがとう!先生も朝顔も喜んでいるわ。あのね芽生くん、朝顔にいろんな色があるように、世の中にはいろんな人がいるわ。それぞれの色があるのよ。人と人って、違って当たり前なのよ」
赤、青、ピンク……むらさき色。うん、本当に色んな色が並んでいるね。
「先生、ボクね……お母さんといっしょにくらしてないけど、いつもぽかぽかしあわせで、なつやすみも、とってもたのしかった。だから……さみしくなんて、ないんだけどなぁ」
「うん。先生には伝わってくるわ。芽生くん、とっても嬉しそうな笑顔で登校してくれたものね。芽生くんは寂しい子なんかじゃないわ。自分を信じて、さっきみたいなのは聞き流していこう!」
「……そうしてみるよ!」
教室に入ると、お友達が来てくれたよ。
「芽生くんの朝顔、白くて、とってもキレイだったよ」
「メイ~ キレイに咲かせたんだな」
わぁ……今度はうれしいな。
やさしい言葉って、丸くて気持ちいい。
コロコロ転がっていい音がするよ。
分かってくれる人がいるって、いいね。
「ありがとう! さやちゃんとみきくんのも見たよ。ピンクも青もいいね」
「うんうん。からさないようにがんばったよ」
「オレもー!」
パパ、お兄ちゃん、大丈夫だよ。
心配しないでね。
ボクね、もっと強くなりたいんだ。
あ、こころのことだよ。
お兄ちゃんを守ってあげたいし、パパを助けてあげたいんだ。
今はまだこんなに小さいけど、大きくなるよ。
だからね、人とちがうの、こわくないんだよ。
大好きな人がいるから、がんばれるんだよ!
****
芽生と別れて校門の外に掲示されている1学期の写真をチラチラ眺めていると、芽生の声がした。
同級生との会話が、聞こえてしまったんだ。
「お前ってお母さんいないんだな。かわいそう!」
「白い朝顔なんてヘン、かわいそうー」
ドキッとした。やはり案じていることが起きているのか。
芽生にちょっかい出している坊主の首根っこを掴みたい気分でイラッとしたが、もう小学生だ。親が何でもすぐにしゃしゃり出る訳にもいかないので、様子を見守った。
あまりに酷い言葉の暴力を浴びるようだったら、すぐに助けにいくからな!
ところが、芽生は屈せず、ぶれなかった。
『先生、ボクね……お母さんといっしょにくらしてないけど、ぽかぽかしあわせで、なつやすみも、とってもたのしかった。だから……さみしくないんだけどなぁ』
その言葉に救われた。
生きていくって、時に鋭い刃物で抉られるような言葉を浴びることがある。
その都度、ダメージは大きいし、落ち込むだろう。
俺と瑞樹が芽生に教えたいのは、やられたらやり返すのではなく、柔らかい心でやり過ごすこと。
その言葉を撥ね除けるだけの、豊かな心の土壌を築いておけば、その時はショックでも、ちゃんと立ち直れる。
豊かな土壌を作るには、栄養たっぷりの肥料がいるのだ。
幸せの種を育てるのは、愛情だ。
だから今日も明日も、親として愛情を降り注ぐよ。
芽生、がんばれよ!
負けんなよ!
そして何か困ったことがあったら、何でも俺たちに相談してくれよ。
俺も瑞樹も、芽生が大好きだ。
芽生を心から大切に思っている。
俺たちは、新しい家族だ。
芽生が先生と明るい笑顔で教室に入っていくのを、そっと見送った。
「よし、がんばれよ。おっと、そろそろ瑞樹が起きるかも」
俺は軽快に地面を蹴り、一気に走り出した。
芽生、瑞樹も俺も……寂しさを知っている!
だから小さな幸せに、日々感謝できるようになった。
そのことは恥じることではない、むしろ誇れることだろう。
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