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日々 うらら 12

 小学校に着くと、まだ人気が無くガランとしていた。 「俺たち、一番乗りだったようだな。空いているうちに、朝顔の絵を探そう」 「はい、そうしましょう」  色とりどりの朝顔が、薄暗い下駄箱の壁一面に色鮮やかな花を咲かせていた。新学期に入ってから皆で写生したようで、どうやら一年生全員の絵が飾ってあるようだ。 「なるほど、百人分並ぶと圧巻だな。花ってすごいな。絵だけでもこんなに明るい気分にさせてもらえるなんてさ」 「はい、そうですね」  瑞樹は早く芽生の絵を見つけたいようで、細い首を伸ばしてキョロキョロしていた。 「んー どこだ? 白は埋もれちゃうからな」 「あ、あそこです!」  いち早く見つけたのは、やはり瑞樹だった。 「綺麗に咲いていますね。芽生くんは絵がとても上手です。流石……あっ、すみません。僕……なんだか出しゃばって」 「いいんだよ。一緒に親バカしようぜ」  始業式に俺が運んだのは、白い花が零れそうな程見事に咲き誇った朝顔の鉢だった。    だが芽生が描いたのは一輪の花で、大きな白い花が画用紙一面を埋めていた。 「あ……たった一輪? あんなに咲いていたのに」 「ふーむ、そうだ、与謝蕪村の俳句を知っているか」 「いえ、知りません」 「『朝がほや 一輪深き 淵の色』だよ」 「?」 「沢山咲いている朝顔より、一輪の朝顔を丁寧にじっくり観察して描いたんだな」 「何故でしょうか」 「答えはタイトルにある」 「あっ……」    タイトルは『お兄ちゃん』となっていた。  芽生にとって瑞樹は、唯一無二の存在なのだとしみじみと思った。  この朝顔は夏休みの間、瑞樹と二人三脚で育てたものだ。毎日一緒に水をやり丁寧に観察し、大切にふたりで咲かせた思い出の花だから、芽生はその一つにスポットをあてたのかもしれない。 「この花は、芽生から見た瑞樹なのかもな」 「え……?」 「周りに馴染んで染まっていく優しい純白……君に似ているよ」 「そ、そうでしょうか」  瑞樹は思いがけないプレゼントをもらったかのように、照れていた。  謙虚に恥じらう君のそんな所が好きだ。  今日ここの来ることさえ遠慮してしまう瑞樹の弱い部分も謙虚過ぎる所も、俺は丸ごと愛している。  だから今後、俺たちの関係をとやかく言う奴が出現したら守ってやりたい。  新学期に偶然耳にした口汚いことは、瑞樹には話していない。もしもあの場で芽生が泣いたり同級生と喧嘩をしたら相談しただろうが、当の本人が「何言ってんの? 僕は幸せだよ」という顔をして、何所吹く風と聞き流していた。  あの時の芽生の顔が忘れられないよ。  まだ1年生なのに男らしい、いい顔だったぞ。  だから俺は芽生を信じようと思ったんだ。もちろん今後も成長や周りの人間との関わりを注意深く見守るが、芽生の心は俺たちの想像以上に逞しく育ってきているようだ。  それは瑞樹が毎日澄んだ水を注いで、丁寧に育ててくれたからだ。  水をやりすぎても、根腐れして枯れてしまう。芽生が人として、すくすくと健全に成長してくれているのは、バランス良く水をやってくれる瑞樹のお陰だ。 「君が芽生の心に寄り添うように見守ってくれるお陰で、芽生は心の籠もった絵を描けるようになった、ありがとうな」    この白い花の絵を見て、俺の考えは間違っていなかったと確信した。 「芽生くんからの贈りものです。この絵は……」 「そうだな。芽生の心そのものだよ」  白い花は……    一見周囲に埋もれそうな程弱く見える花。  同時に、何色にも馴染み染まる優しい花。    全部、俺の瑞樹だ。  やがてどんどん人が集まってきて、我が子の写生を探しては囁きあって、笑っている。  いい光景だな。  誰もが人生の主役なのだ。  うちの芽生もクラスメイトも、俺も瑞樹も。  だから自分の人生は、互いの心で綺麗に彩っていこう!    教室に移動すると、朝礼の時間だった。  一年生の保護者は多数来校しており、教室の後ろは既に満員だった。 「宗吾さん、廊下からでも見えますよ」 「そうだな。芽生はどこだ?」 「あそこです。一番右の列の前から三番目に」 「おぉ、流石見つけるの早いな」  一年生にとって授業参観はまだまだ緊張の場らしく、皆、背筋をピンと伸ばして座っている。だがチラチラと順番に後ろを気にするのが、可愛いもんだ。  芽生もピンと背筋を伸ばし頬を紅潮させていた。  やがて朝礼が終わると、五分の休憩。一斉に賑やかになり親御さんのところに飛んでいく。 「パパ、お兄ちゃん~ 来てくれたんだね」 「あぁ、下駄箱の絵を見たぞ」 「わぁ~ どうだった?」 「とてもよく描けていたな」 「えへへ」 「芽生くん、白い朝顔を丁寧に観察したんだね」 「うん、お花をいっぱいかこうとおもったけど、そうするとらんぼうになっちゃうから、ひとつにして、ていねいにかいたんだ」 「うんうん、丁寧って大切なことだよ」  そうだ、その通りだ。瑞樹と出会う前の俺には、足りなかったもんだ。あの日まで俺は物事はスピード勝負だと思っていた。勢いがなくちゃ、何事も前に進められない。だから丁寧に何かをやるのが嫌いだった。  だが瑞樹と出会ってから、俺の考えは180度変わった。急ぎ足で歩んできた時には見えなかった景色が、見えて来た。  愛情は互いに積み重ねていくもの。  日常は小さな幸せで満ちていること。  平凡な毎日が一番愛おしいこと。  芽生の成長も小さなステップの積み重ねだ。  瑞樹との愛情は、心のキャッチボールで深まっていく。  全部……丁寧に人と接して気付いた大切なことだ。  人が自分以外の人と過ごす時間は、小さな発見と小さな積み重ねの連続だ。  小さいものを大きく育てていくのは、こころだ。 「お兄ちゃんって白いアサガオみたいだよね。あ、あとね、パパもちゃんと描いたんだよ」 「ん? どこに?」 「白いお花に光があたっているでしょう?」 「あぁ、この部分か」 「うん! パパは僕たちのお日さまだよ!」  ほら……俺は今日も息子に育ててもらっている。    

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