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ハートフル・クリスマス 2

「葉山ー メリクリ!」 「菅野、おはよう! あっという間にクリスマスイブだね」 「最近怒濤の日々だったからな」 「確かに!」   12月は花業界の繁忙期だ。 花持ちする季節となり、クリスマスとお正月のアレンジメント・パーティー装花など仕事は山とある。 「お互いやつれたなぁ」 「くすっ、そうだね。もう若くないのかも」 「え? それは困る。俺の恋人はまだ二十歳だぞ」 「う、うん」  菅野の恋人は僕と同じ同性だ。だからこの手の話をよくするようになった。同性の恋人がいることを隠している僕にとって、菅野の存在はとても大きい。 「葉山は今日明日は内勤だったよな。今日は残業しないで早く帰れよ。芽生坊も宗吾さんも待っているだろう」 「ありがとう。今日のために昨日まで頑張って残業したから、お言葉に甘えて……あ、菅野は?」 「俺は今日明日、店の助っ人だよ。その代わり年末年始に休みをもらった」 「小森くんとクリスマスは?」 「あぁ、こもりんとは日曜日に約束しているよ。最近引っ越しの準備でバタバタしていたから、全然会えていないんだ」  本当に小森くんの近くで過ごすために、ご実家に戻るんだね。  でも、それでいいと思う。  愛しい人の近くにいられるって、それだけとても幸せなことだから、大事にした方がいい。  僕は今年はお正月対応の助っ人で、大晦日までガッツリ働く代わりに、今日は内勤で、土日は休みだ。芽生くんが特にクリスマスを楽しみにしているので、一緒に過ごせて良かった。僕も明日は宗吾さんのご実家のクリスマスパーティーに参加できるし。  そう思うと、今日も頑張れる!  頑張ろうと思った。  ところが、異変が起きた。  午後になって店の手伝いに行く準備をしていた菅野の様子がおかしい。持っていた鋏や書類を床にばらまいた時に、やっぱり変だと確信した。 「大丈夫?」 「お、おう。なんかちょっと怠いだけさ」  大丈夫じゃないと、咄嗟に判断した。  明らかに体調が悪そうだ。    額に手をあてると、燃えるように熱かった。 「コラッ、無理すんな!」 「え、葉山の口調、宗吾さんちっくだぞ」 「馬鹿、笑っている場合じゃないだろ。すごい熱だ」 「おかしいな。さっきまで元気だったのに」 「そんなものだよ」 「参ったな、今から助っ人に入るのに……もうみんなスケジュールが決まっているし」  菅野がふらふらになりながら鞄を持って出掛けようとするので、慌てて制した。 「どうした?」 「リーダー! 菅野、熱があって……高熱です」 「なんだって? 無理するな。今日はもう帰りなさい」 「ですが……俺が助っ人に入らないと、店が回りません」  菅野は責任感が強い男だから、振り切って行こうとする。何でもないふりをする。  僕には、菅野が今どんな状態なのか痛い程分かる。かつての僕もそんな風に自分の状態をひた隠しにした時期があったから。 「あの、僕が行きます。リーダー、僕に行かせて下さい」 「だが……いいのか。予定が合ったのでは?」 「大丈夫です……ちゃんと待っていてくれるので」  幸せな時間を手放すのは怖い。  でも、きっと大丈夫だ。  僕の掴んだ幸せは、消えてなくならないから。  やっと出来た、大切な親友のピンチに役立ちたいんだ。 「そうか、じゃあ、菅野の代打で葉山が今日明日、有楽町駅前の助っ人に入ってくれるか」 「分かりました」 「葉山……ごめん、すまん。芽生坊に悪い事した」 「そんなことない。僕が手伝いたいんだよ」  **** 「滝沢さん、クリスマスイブですよ。ぱーっと銀座に飲みにいきましょうよ」 「そうですよ、最近付き合い悪すぎですよー」  仕事を予定通り終えると、まだ17時だった。  クリスマス・イブの今日は皆浮き足立っていて、飲みに行く流れになりそうだ。 「悪い。俺はこの後も仕事があってな」 「仕事? もうスケジュールは入ってないですよ」 「おい、今日はクリスマスイブだぞ。察してくれよ」 「あ! もしかして」 「そうだ。サンタという使命が」 「はぁ~ すっかりいいパパですね」 「安全安心なパパだ。じゃーな!」  俺は颯爽とコートを翻し、銀座は銀座でも、バーやスナックではなくデパ地下に向かった。  今日はお互い仕事だから、デパートで豪勢に買い込んでクリスマスパーティーだ。  意気込んでデパートに着くと、瑞樹から着信があった。  時間が合えば一緒に買い込もうと思っていたのでタイムリーだな。 「瑞樹、今、どこだ?」 「……すみません」  ん? 声が暗いな。 「どうした? 怪我でもしたか。具合が悪いのか」 「ち、違うんです……あ、でも少し当たっているかも」 「ん?」 「実は、菅野が高熱で、彼の仕事を請け負ったので……今日明日、店舗の手伝いになってしまいました」  瑞樹の声は少しだけ沈んでいるようだった。 「そうか、菅野くん、大丈夫そうか」 「熱が38度を越えていたので、早退しました」 「心配だな」 「あ、あの……怒らないんですか」 「なんで?」 「だって僕……勝手に約束を破ってしまって」  馬鹿だな、瑞樹。その言葉は間違えているぞ。 「瑞樹は親友のために一肌脱いだんだろ?」 「すみません、勝手に」 「謝るな。むしろ君がその道を選べたことが嬉しいよ。瑞樹、俺たちはもう家族だろ? いつも通り家に帰ってくればいい。遅くてもちゃんと俺たちは居るよ。君の帰りを待っている」 「あ……ありがとうございます。夜遅くになります。夕食を済ませておいてくださいね」 「分かった。ケーキは一緒に食べられるといいな」 「あ……はい。芽生くんが起きているうちに戻れるか確約はできませんが……あぁ、芽生くんにも謝りたいです、楽しみにしていてくれたのに」 「大丈夫だって。ちゃんと話しておくよ」 「ありがとうございます」  電話の向こうで深々とお辞儀している瑞樹の姿が見えるようだった。  俺の恋人は幸せに不器用だ。  だがそれがいい。  一瞬一瞬に感謝してくれる人なのだ。  人生はその日になってみないと、その瞬間になってみないと分からない。  だが信じることは、いつでも出来る。  瑞樹は俺を信じろ。  俺たち家族を信じろ。  俺も、瑞樹を信じている。  街にはクリスマスソングが流れ、宝飾店の大きなツリーは今年は真っ白だ。  見上げれば、銀座のランドマーク。  大きな時計が時を刻む。  身体は離れていても、君の心はすぐ傍にいる。  「家族のクリスマスは、26日にすればいいじゃないか」 「でもクリスマスの翌日ですよ?」 「26日も、俺んちでは立派なクリスマスだ」 「くすっ、はい、そうですね。皆でご馳走を買いに行きましょう」 「そうしよう。じゃあ今日は心置きなく仕事を頑張って来い!」 「はい! ベストを尽くします」  儚げでひたむきな可愛い恋人。  いつだって君が安心できるような人でいたい。  いつだって君を迎え入れるよ。  俺の幸せは、君の幸せだ。  一緒に過ごす三度目のクリスマス・イブになる。  今宵は深夜のクリスマスになりそうだな。

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