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降り積もるのは愛 2

「せっかくだから、森永神宮に行かないか」 「え……そんな場所まで? これ以上注目を浴びるのは……」  瑞樹が明らかに困り顔になっていた。  通り過ぎる人が見目麗しい瑞樹と可愛い芽生に目を奪われるのは、決して悪意があるわけではない。元旦から羽織袴をきっちり着こなして颯爽と歩く美麗な姿に見惚れているのさ。  瑞樹は優しい顔をしているが、男としての凜々しい面もしっかり持っているから、少し緊張した面持ちは、見る人の心を奪うようだ。 「返って人が多い場所にいけば紛れるものさ。あそこなら羽織袴もきっと俺たちだけじゃない」 「そうでしょうか」 「パパとお兄ちゃんとお出かけするの、うれしい。お兄ちゃん、行こうよ」 「う、うん、そうだね」 「よし、じゃあタクシーで行こう」  芽生は慣れない草履だ。足の負担は極力減らしてやりたい。  袴が幅を取るので助手席に座ると、運転手が気さくに話し掛けてきた。 「お客さまたち決まっていますね。新年から男性の着物姿を見られるなんて縁起がいいですよ」 「ははっ、これ、実は全部父が遺してくれたものなんですよ」 「へぇ、趣味のいいお父さんですね」 「ありがとうございます」 「いい親孝行ですね」  遺された者に親孝行なんて出来ないと思っていた。    だが違うのだな。    遺してくれた物を者を大切にすれば、それが親孝行に繋がるのか。 「宗吾さん、お父さんの遺して下さった着物を着せていただけて嬉しいです」  瑞樹はタクシーを降りてから、ニコッと微笑んでくれた。 「俺も君が着てくれて嬉しいよ」 「はい……思い切って着て良かったです」   森永神宮は初詣のメッカなので、既に大勢の人でごった返していた。  俺の目論見通り、老若男女、着物姿も多いので、紛れるな。  鳥居を潜り参道を歩き、前へ進む。  大勢の人がいる中でも、瑞樹の清廉な人柄が醸し出す上品な雰囲気は注目を浴びている。  瑞樹は気付いていないようで、ふっと表情を緩めてくれた。 「楽しいですね」  俺は自然体の君が好きだ。  賽銭箱にお賽銭を入れ、三人で並んで祈願した。  今年も俺たち三人、仲良く健康に暮らせますように―  私利私欲のない純粋な願いだ。  本当にそこが基盤になる。  瑞樹を見つめる女性陣の視線を感じながら階段を下りると、瑞樹がぼそっと呟いた。 「あの……宗吾さんのこと、皆さん見ていましたね」 「へ?」 「黒い羽織袴姿、すごくカッコいいから……僕も目のやり場に困ってしまいます」  面映ゆい表情で長い睫毛を瞬かせるのだから、参っちまうぜ! 「皆、君を見ていたんだよ」 「いえ、宗吾さんですよ」  すると手を繋いでいた芽生が笑う。 「ボクたちモテモテだね」 「ははっ、そうだな」 「芽生くんってば」 「えへへ、お兄ちゃんもパパもボクのことも、みんな見てたね。おじいちゃんのキモノってすごいねぇ」  芽生の言葉には邪気がないので、ほっこりする。 「そうだ! このまま写真館で写真を撮らないか。三人で袴姿なんて滅多にないぞ」 「嬉しいですけど……お正月からやっているところなんてないのでは?」 「んー ホテルならどうだ?」 「あ……いいですね。僕……羽織袴姿を函館の家にも見せてあげたいです。きっと喜ぶと思います」 「よし! 任せておけ」  早速スマホで元旦から営業しているホテルの写真館を調べ連絡したが、残念ながらどこも予約で一杯だった。 「うーむむむ」 「宗吾さん、ありがとうございます。もう大丈夫ですよ。またの機会にしましょう」  だが俺は諦めきれなかった。   「パパ、お写真とってくれる人を見つからないの?」 「あぁ……」 「なんていうんだっけ? そういう人のことを」 「カメラマンだよ。運動会とかでもいただろう?」 「あー、わかった! その人なら、あっちにいたよ」 「へ?」  芽生が指さす方向には、黒い人集りが出来ていた。  近づいていて輪を覗き込むと、俺たちみたいに羽織袴を着た二人組がいた。一人は超美形で、もう一人はその男性を夢中で撮影している中年のおっさんだ。  んん?  どっかで見たことあるぞ……あっ! 「林さん?」 「滝沢さん?」  新年から職場で懇意にしていて、瑞樹との関係も知っているカメラマンの林さんとこんな場所で会うなんて驚いたな。 「何してんですか」 「何って、プライベートな撮影さ」 「相変わらずのベタ惚れだな」 「そういう滝沢さんこそ家族仲良く羽織袴ですか」 「まあな」 「お互い可愛い恋人を持っているから、正月から張り切っちゃいますよね」   お互い肘で突っつき合って惚気た。 「辰起《たつき》美人だろ~」 「あぁ、瑞樹も可憐だろ。アッそうか。林さん、俺たちも撮って下さいよ」 「そんなのお安いご用ですよ」 「もう少し人気の無いところでいいですか」 「了解。瑞樹くんは恥ずかしがり屋ですものね。辰起はモデル上がりで場慣れしているけれども」    そんなわけで、俺たちは森永神宮の深い森の中で撮影会だ。 「宗吾さんの人脈にはびっくりです」 「プロのカメラマンと偶然会うなんて、思い切って森永神宮まで来て良かったな」 「はい。思い切って動いてみると、ガラッと景色が変わるのですね」 「あぁその通りだな」    瑞樹が目を閉じて、スンと森の空気を吸う。  先ほどから日が陰り寒さが増していたので、吐く息が白く、まるで北海道にいるような錯覚を覚えた。 「この森……木の匂いが濃くていいですね。故郷を思い出します」  少し故郷を思い出す彼の横顔に切なくなった。  瑞樹……本当は故郷に新年の挨拶に行きたかったのだろうな。せめて画像で届けてやれるといいな。 「はい撮りますよ」 「林さん、すぐにデータでもらえるか」 「もちろん!」   俺たちは深緑の常緑樹の前で、写真を何枚も撮ってもらった。  人気がない場所だったし、カメラマンは俺の顔見知りのお陰で、瑞樹も芽生も柔らな表情を浮かべてくれた。 「パパ~ パパのおキモノ、キラキラしているよ」 「ん? キラキラなのは瑞樹と芽生だろ?」 「ううん、ほら」  芽生が指さすので、自分の羽織を見てハッとした。 「芽生。これは雪だ! 粉雪だ」 「え?」  見上げればいつの間にか白くなった空から、はらりはらりと雪が舞い降りていた。 「あ……雪。雪です!」  北国育ちの君の口元が綻ぶ。 「あぁ、瑞樹の故郷と繋がっているみたいだな」 「はい……僕、本当は少し雪が恋しかったのです。嬉しいです」  寒さに震えるのではなく、寒さに高揚していく君の横顔が綺麗だ。  いつまでもいつまでも眺めていたいよ。  今年は去年よりもっと色々な表情を見せてくれる。  そんな予感で包まれていた。

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