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降り積もるのは愛 3

 森永神宮は都会のど真ん中にあるのに、広大な敷地だ。  思い切って少し奥地に足を踏み入れると、雑踏が一瞬にして消え失せた。 「ここは撮影の穴場なんだ。いいだろ?」 「はい、僕……ここが好きです」 「流石だな。林さん、サンキュ!」 「よーし、じゃああの木の前に立って」 「ここか」 「もっと三人ギュッと近づいて」 「瑞樹、芽生、もっと近寄ろう!」 「うん!」 「あ……はい」    ひんやりとした空気を感じながら、僕たちは林さんの本格的な一眼レフで何枚も撮影してもらった。  流石プロだな。手際もいいし、ピントの合わせ方も上手だ。  僕もお母さんの形見のカメラで撮影したくなった。最近忙しくて放置していたな。  さっきから吐く息が白い。    雲が多くなった分、気温が下がったようだ。  ああ、こんな日は、函館を思い出す。  お母さんや広樹兄さんたちは元気に新年を迎えたかな。  そして軽井沢にも思いをググッと馳せる。  潤は今年も軽井沢で年越ししたのか。若いからって、無理し過ぎていないといいけれども……どうにも心配だな。また様子を見に行きたいよ。 「パパ~ パパのおキモノ、キラキラしているよ」 「ん? キラキラなのは瑞樹と芽生だろ?」  芽生くんと宗吾さんの会話に耳を傾け、ほっこりしていると頬に冷たいものがあたった。   「瑞樹……雪だぞ」 「あ……本当だ、雪です! 粉雪が舞っていますね」  スッと視線を上方に移すと、地上を優しく包み込むような雲から、小さな白い欠片がひらひらと花びらのように舞い降りてきた。  ああ、駄目だ。  こんな日は逢いたくなってしまう。  僕をこの地上に産んでくれたお母さん。  逞しく守ってくれたお父さん。  甘えん坊の可愛い夏樹に。  僕は両手を広げて、粉雪をふんわりと抱きしめた。  雪は天国にいる家族からの贈りものだから、愛おしくて愛おしくて―― 『みーくん、あけましておめでとう』 『瑞樹、またひとつ大きくなったな』 『おにいちゃーん、おそとであそぼう』  僕ら家族が揃って迎えたお正月は、たった五回だったね。  でもね、覚えているよ、全部、全部!  北国の冬は厳しかったが、母なる大地は暖かかった。  家族の温もりは暖かかった。  あの日、もう二度と手に入らないと思った家族の温もりは、僕の手の平に戻ってきた。 「あっ……」  雪は僕の手の平ですっと溶けていってしまう。  家族を失ってから、あんなに好きだった雪も苦手になってしまった。  特に都会の雪は、寂しいだけだった。  触れたら消えてしまうのが、あの日を思い出すから。  でも……今は違う。  北国を思い出す、大切な人からの贈りものだ。   「お兄ちゃん!」  突然芽生くんが走ってきて、僕に抱きついてきた。 「ん? どうしたの?」 「お兄ちゃん、なんだかキレイすぎて……消えちゃいそう……こわい」 「えっ」  見渡すと宗吾さんと林さん、そして辰起君も心配そうな顔をして、僕を見つめていた。 「どこにも行かないよ。僕……ずっと芽生くんの傍にいてもいい?」 「もちろんだよ! ボクもね、お兄ちゃんがどこかにいかないように、ぎゅーっとしてあげるよ」  芽生くんが僕の手を握ってくれると、命の温もりをダイレクトに感じた。 「なるほどなぁ……瑞樹くんは透明感があって、森の妖精みたいだ」 「そんな……」 「いい被写体だな」 「いえ……」    林さんが目元を擦りながら真剣に言うので、照れ臭くなった。すると辰起くんが少しむくれた様子で、林さんを呼び止めた。 「ちょっと林さん、じゃあ僕は何なの?」 「辰起は~ 白い森の王子さまかな。あ、あと俺の大事な恋人だよな?」 「ばっ、馬鹿じゃないの、人前で惚気ないでよ」    ふふ、二人も仲がとても良さそうだ。 「瑞樹も、白い羽織も……キラキラ輝いていて綺麗だ」 「お兄ちゃんのおきもの、ようせいさんの羽みたいだね」 「そんなことないですよ」  自分ではそんなつもりないので照れ臭いが、二人の笑顔を見ていると嬉しくなった。 「さてと、滝沢さんのスマホにデータを送りますよ」 「ありがとう! 林さん、悪かったな。デートの途中に」 「いや、楽しかったですよ」  別れ際に辰起くんの顔を見ていたら、どうしても僕からもお礼をしたくなった。 「あの、良かったらお二人のツーショットを僕に撮らせてくれませんか。生憎カメラを今日は持ってないので、お借りしてもいいのなら」 「へぇ瑞樹くんは一眼レフを扱えるの?」 「はい……趣味ですが」 「嬉しいよ。実は君たちを撮っていたら、辰起とのツーショットを撮って欲しくなったんだ」 「あ、では是非」  辰起くんは照れ臭そうにそっぽを向いていたが、いざカメラを向けると顔つきが変わった。 「おいおい辰起、キメすぎだぞ。今日はモデル顔はしなくていいんだから」 「あ……これは……条件反射だよ」 「普段の可愛い辰起の顔をしてくれよ」 「カメラの前じゃ無理!」 「じゃあこれでどうだ?」  いきなり林さんが辰起くんの頬にキスしたので、びっくりした。 「ちょっと恥ずかしいし、髭……痛いって」 「はは、瑞樹くん、この怒ってる顔も撮ってくれ」 「あ、はい!」  僕はカメラをしっかり構えて、彼らの普段の様子を連写した。  怒った顔  喜んだ顔  泣いた顔  笑った顔  人の表情はコロコロと変化していくものだ。そんな当たり前のことをファインダーを通してしみじみと感じていた。  僕も同じだ。  泣いたり笑ったりするのが当たり前だ。  無理をしない。  感情に蓋をしない。  我慢しない。  それは我が儘になるわけではない  素直になることなんだ。  自分の心をもっともっと解放させてもいいのだ。 「瑞樹くん、いいシャッター音で小気味よかったよ、どれ?」  早速、撮影した写真を確認してもらった。   「どうでしょうか。カメラは素人同然なので」 「いや……どれも自然でいい写真だな」 「本当だ。僕……こんな優しい顔も出来るのか」 「辰起は本当は優しい子だよ」  彼らのありのままを撮った写真だった。  モデルあがりで澄ました印象の辰起くんだが、砕けた顔は全然違った。  優しい明るい笑顔が見え隠れしていた。  僕はただ……花が咲く瞬間を捉えるように、その笑顔を懸命にカメラに収めた。 「へぇ、これは花笑みだな。瑞樹頑張ったな」 「宗吾さん。あの、僕でもお役に立てたでしょうか」 「もちろんさ! 二人の顔を見て見ろよ! 君のお陰で写真を撮って貰った恩返しが出来たよ」  こんな温かな交流があってもいい。  人を避け、人目に触れないように生きてきた僕が、今年最初にしみじみと想うこと。      

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