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降り積もるのは愛 5
「そうだ、瑞樹もガォーって言ってみろよ」
「え? 僕がですか」
「うんうん、お兄ちゃんの番だよ」
「ば……番?」
そう言われても、僕に『ガォー』?
似合わないですよ……きっと。
「瑞樹も今年は肉食獣のように前のめりで行こうぜ!」
「え、いや……そんな」
「瑞樹くんの『ガォー』は、ギャップ萌えしそう」
彩芽ちゃんを抱っこした美智さんまで、期待に満ちた目で僕を見ている。
トドメは……
「あぶ、あぶぅ~」
「あらあら、あーちゃんも聞きたいって言ってるわ」
「え? 本当ですか」
これはもうどうしても避けられない。
「じゃ、じゃあ……一度だけですよ」
なんだかこの台詞、いつも宗吾さんに言っている気がするな。
「ガ、ガ……」
恥ずかしくて声を振り絞れないよ。
すると芽生くんが僕の手を握って、ニコッと笑ってくれた。
「お兄ちゃんがんばろう!」
「う、うん」
「ボクもいっしょにいってあげるよ。せーの」
「がぉぉ……」
「ガォぉぉぉ~」
僕と芽生くんの可愛い雄叫びに、憲吾さんが手を叩いて喜んでくれた。
「これは可愛いなー なっ宗吾、可愛い虎ちゃんだなっ」
「兄さん、ちょっと興奮しすぎですよ! 危ない人になっていますよ」
「え……」
「ははっ、兄さんの意外な趣味も発見して、ホッとしましたよ」
「な、なんだ? 私が危ないと? 私は司法を司る職に就いているのに」
「兄さんにもギャップ萌え、しますね」
「も、萌え? おい、四十近い男にいう台詞じゃないだろう。見ろ、鳥肌が立った」
「酷いな、褒めているのに」
ちょっとちょっと……なんて大人げない会話をしているんですかと怒りたくなったら、そこはお母さんがビシッと言ってくれた。
「あなたたち。取っ組み合いがなくなったと思ったら、今度は口喧嘩なの?」
「母さん……いや、そんな」
「私からみれば、どっちも結構なヘンタイさんよ」
「へ……ン……タ……イ?」
「あら、変だった? 芽生が教えてくれたのよ」
「はは、芽生が……そうかそうか、ならいいだろう」
「やっぱり兄さんは、芽生と瑞樹に甘すぎる」
僕らの会話は始終和やかなだった。
何度も『ガォー』っと言わされて、僕も調子に乗ってきた。
だから、かかってきた函館からの着信にもつい元気よく『ガォー』って……!
「へ? 今の、み、瑞樹なのか」
「あ! 兄さんっ、ごめん、僕……今宗吾さんの実家でふざけていて、つられて」
「へぇ、瑞樹がふざけてか……それってギャップ萌えだな」
「萌え? もうっ、兄さんまで」
「ん?」
「あ……なんでもない。あの……さっき送った写真、見てくれた?」
「あぁモチロン! ありがとう。皆で見たぞ。瑞樹、あけましておめでとう!」
「兄さん、あけましておめでとう」
森永神宮で撮影してもらった写真を、函館の家族に転送していたんだ。
「三人で羽織袴なんて、カッコイイな」
「あれはね、宗吾さんのお父さんのだったんだ」
「そうかそうか、瑞樹も親孝行したな」
「あ……兄さんも、そう言ってくれるの?」
「あぁ、もちろんだ。俺も正月は親父の着物で過ごしていたんだ」
「兄さんも!」
「そうだよ。瑞樹と一緒だよ。離れていても一緒だな、瑞樹」
兄さんも一緒。
それがどんなに僕を支えてくれたか。
函館の家に引き取られた時、兄さんが真っ先に言ってくれた言葉だ。
『瑞樹はひとりじゃない。俺がずっとそばにいる。瑞樹と一緒にいるから、どうか……どうか……』
その言葉の先をいつも兄さんは呑み込んでしまっていた。
きっとその先の言葉は……『生きてくれ』だったのでは?
「兄さん。僕ね……生きてきて良かったよ」
「み……瑞樹? よせよ。正月から兄さんを泣かすの」
「そんなつもりじゃ。でもこうやって兄さんと話しているとしみじみと思うんだ。兄さんやお母さん、潤と巡りあえてよかったよ。僕を見つけてくれてありがとう」
「み……みずきぃ、顔を見たい。今どんな顔をしてる?」
「え……今、今はダメだよ」
「なんで? 今すぐ写真を送ってくれよ」
「えっと……僕、今トラだから」
「は?」
兄さんの声が固まった。
「だからぁ……その、トラの着ぐるみを着ていて……ヘンだから」
「へっ? 涙がひっこんだぞ。それは絶対に見たい! そうだ、宗吾に送ってもらうよ」
「えええ」
さっきまでの、しんみりしかけた空気はどこに?
「瑞樹、ほら、動画でしゃべろうぜ」
宗吾さんがスマホを向けて、ギュッと僕にくっついた。
「お兄ちゃん、ボクもひろきおじさんとおしゃべりするよー」
画面には、もこもこと黄色い物体が蠢いている。
「わはは! 宗吾と芽生くんまでトラかよー うける!」
「に、兄さんってば」
「さてはそんなことをするのは、憲吾さんだな」
「えっ! なんで分かるの?」
「それはもう友達になったからさ」
兄さんの飾らない言葉に、憲吾さんが顔を赤らめたのは言うまでもない。
****
その晩、芽生くんを寝かせた後、僕は宗吾さんに懇願されていた。
「みーずき、頼む」
「も、もう、着ませんよ」
「えー ダメなのかぁ……すごく可愛かったのに」
「うぅ……」
こうなると思っていた。
「俺、トラの着ぐるみを着た君を抱きたい」
もうっ、そんなにストレートに言うなんて憎めない人だ。
「ふぅ、分かりました……でも、今日は一度だけですよ」
あっこの台詞! 今日二度目だ!
一度だけは永遠に……いいですの裏返しなのかも?
僕は宗吾さんに惚れているから、つい寛大になってしまうよ。
「あの……着替え……恥ずかしいので、後ろを向いていてくださいよ」
「わかった!」
僕は着ていたパジャマをはらりと脱ぎ捨て、また黄色いトラの姿になった。
下着とオールインワンの着ぐるみ姿は、スースーして恥ずかしいよ。
「瑞樹、もういいか」
「い、いいですよ」
振り返ると、予想通り宗吾さんもトラの着ぐるみ姿になっていて、僕に勢いよく飛びかかってきた。
「ガォー 君を食べていいか」
「……もうっ、にゃ、ニャア……いいですよ」(出血大サービスですよ)
「か、可愛い~ なんだこの可愛い物体は」
僕たち、新年早々、馬鹿なことばかりしている。
宗吾さんの明るさが一段と弾けているからか。
笑ってばかりの元旦だった。
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