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降り積もるのは愛 6

 三が日は、町の花屋も休みだ。 「広樹、みっちゃん、優美ちゃん、あけましておめでとう」 「母さん、明けましておめでとう」  寝坊して朝昼兼用でおせちを食べていると、スマホに写真が送られてきた。 「!!! ゲホッ」 「ヒロくん、大丈夫?」 「みみみ、みっちゃん、これを見てくれよ」 「あらぁ~ 瑞樹くんたちだわ。三人で羽織袴なんて決まっているわね」 「だろっ、母さん、瑞樹は今年も可愛いなぁ」  ブラコン丸出して大騒ぎすると、皆に笑われた。 「広樹のブラコンは今年も健在ね。みっちゃん、ごめんなさいね」 「いえ、私も瑞樹くんのこと大好きですから」 「あの子は幸せね」 「……潤くんも帰省出来たら良かったですね」 「気を遣ってくれて、ありがとう」  末の弟の潤は、今年も年末年始に帰ってこなかった。  潤、もしかして……俺たちに気を遣っているのか。  母さんにとって父さんを知らずに育った潤は、人一倍愛を注ぎたい大切な息子だ。それを忘れんなよ。 「瑞樹に電話しなくていいの?」 「今はきっと初詣中だろう。夕方にでもしてみるよ。それより潤に連絡してみようぜ」 「そうね!」 **** 「なんだ? 潤は今年も帰省しなかったのか」 「北野さん! 今年は兄さんのところに赤ちゃんも生まれたし、俺が行ったら家が狭くなるんで」 「おい? 何、自分の実家に遠慮してんだ?」 「遠慮なんて……してませんよ」  おかしーな、オレこんなキャラじゃなかったのに。    でも、今なら分かる。新しい家族のところに一人で急にやってきた瑞樹の気持ちが痛い程分かる。兄さんが結婚して奥さんと同居を始め、新しい家族も増えて……何だか俺んちじゃないみたいなんだ。もう――   「潤……寂しいのなら、またすぐ上の兄さんたちに遊びに来て貰えばいいじゃないか」 「あ……そうですね。せっかく覚えたスキーを続けて欲しいですし」 「とにかく、新年早々鬱々とすんな。今できることをすればいい。卑屈になるな」 「分かりました」  実家に遠慮するなんて、らしくない。  オレから電話してみよう!  北野さんのお陰でそう思えるようになった。 「もしもし、母さん……オレ! あけましておめでとう」 「潤、潤なのね。会いたいわ……とても会いたいのよ……うっ」    母さんがオレの声に泣くなんて、意外だった。 「お、おい、なんで泣いて?」 「だって、あなた全然帰って来てくれないんだもの。昔の瑞樹みたいで心配なのよ。もしかして遠慮しているの?」 「母さん……」  母親っていう存在は、すごいな。どうしてこんなに勘がいい?   「……函館はここからは遠いんだ」 「遠いなら、母さんが遊びに行ってもいい?」 「え?」 「今はお店に広樹達がいるから、母さんはあなたにすぐに会いに行けるのよ」 「べ、別に構わないけど……」  照れ臭い。これは照れ臭すぎるぜ。 「そうだ、瑞樹たちをスキーに誘おうと思ったんだ。それに合わせて来たらいいかも」 「それもいいけど、潤とゆっくり過ごしたいのよ。すぐにでも行きたいくらい」  あれ? なんだか目頭が熱くなってきたぞ。  まさかオレ……泣いてんのか。 「ま、まぁオレ、今 正月休みだから……来てくれたら案内位できるけど。そうだ、母さん、軽井沢のプリンセスホテルでランチをしないか」 「まぁ、素敵ね」 「瑞樹がくれたんだよ。ランチ券をさ」 「私なんかでいいの?」 「母さんと行きたいって思ったんだ」  散々突っ張って生きてきたくせに、瑞樹のお陰で人の心の温かさを知ったオレは、母の温もりが恋しかったようだ。  いい歳した大人なのに……な。 「潤、明日の飛行機で行くわ」 「ええ? 母さん そんなに行動的だったか」 「あなたに会いたいから、動けるのよ」  広樹兄さんに調べてもらったら飛行機に空席があったそうで、今の話が現実になった。  電話を切った後、心がポカポカになっていた。  瑞樹がクリスマスプレゼントにお洒落なホテルのランチ券を送ってくれたのは、もしかして、こうなることを望んでいたのか。  去年は暖かな靴下でオレの身体を暖めてくれて、今年は体験でオレの心を温めてくれるのか。 ****  夕刻、瑞樹と電話して、迂闊にも泣いてしまった。  アイツがあんな風にふざけるのは、見たことがない。 「ガォォー」なんて声を出すなんて驚いた。  それだけ滝沢家に馴染み、芽生くんたちと賑やかに過ごせているからつい出てしまった雄叫びだったんだろな。あぁ……可愛い!  瑞樹は……ここにやってきた当初は、いつも泣き腫らした目をしていた。  寒さに震え、孤独に震えて、温めてやらないと凍り付いてしまいそうな子供だった。  深い湖に沈んだように覇気が無い、今にもいなくなってしまいそうな雰囲気で、心配で何度も夜中に部屋を覗いたものだ。  瑞樹は夜な夜な泣いて、父の名を呼び、母の名に縋り、弟の名を慈しんでいた。  そんな瑞樹を放っておけず……俺は毎晩、添い寝してやった。 『瑞樹はひとりじゃない。俺がずっとそばにいる。瑞樹と一緒にいるから、どうか……どうか……』  その先の言葉は、両親と弟を一度に失ったばかりのか弱い少年に残酷で言えなかった。  生きて!  生きてくれ!  どうか頼む!  笑って、楽しんでくれ!  瑞樹の人生は、瑞樹のものだ。  瑞樹の人生はまだまだ続いていく。  ずっと呑み込んできた言葉の続きを、瑞樹から言ってくれるなんて。 『兄さん。僕ね……生きてきて良かったよ』  瑞樹が甘えた声で、俺を呼んでくれる。 『広樹兄さんに会えてよかった。僕を見つけてくれてありがとう』  あぁ、今年の正月は最高だ。    俺にとって最高のお年玉だ。 **** 「可愛いなぁ、瑞樹のトラの子姿……可愛いなぁ」 「も、もうそんな風に言わないで下さい」 「恥ずかしいのか」 「……はい、とても」  俺はトラの着ぐるみをすぐに脱がさないで、瑞樹の身体を手の平でじっくりと辿っていた。小さな胸の粒を布越しに摘まみ、下腹部に手を当てて包み込んで擦ってやると、瑞樹が涙目で見上げてくる。 「うっ……宗吾さんの手……えっちです」 「えっち!! 君からそんな言葉が出るなんて、なんか萌えるな」 「も、もう――」 「可愛いトラちゃん、じれったいのか……もどかしいのか」 「いじわる……です。そ……宗吾さんの手でちゃんと……触れて欲しいのに」 「よしよし、可愛いお強請りだ。トラの衣装は最高のお年玉だったな」 オレは瑞樹のトラの頭をなでて、そっと着ぐるみのファスナーを下げた。

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