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降り積もるのは愛 14

「そうだね、僕達のお母さんは花のような人だよ。いつもそう思っていた。うん、この写真で確信したよ。優しいカーネーションみたいだ」  電話の向こうから、瑞樹の優しい声が漏れた。  その台詞は、かつて主人に言われたものよ。 「じゅ……潤、もう一度電話を替わって」 「お母さん?」 「瑞樹、 今の台詞をもう一度言って」 「え……あ、あの……お母さんは優しいカーネーションみたいです。僕、ずっと思っていたんです」 「ありがとう……ありがとうね」  いやだ、涙腺が緩んでしまうわ。 「お母さん、あの……どうして泣いて?」 「だって瑞樹ったら、亡くなったお父さんと全く同じ台詞を言うんだもの」 「え……僕が?」 「そうだったのね。あなたもお父さん似なのね。心が似ているのね」 「お父さん似? 僕が……ですか」  瑞樹は信じられないようだった。 「瑞樹、待っているわ。皆、あなた達に会いたがっているわ」 「お母さん……僕もお母さんに会いたくなりました。このダウンを着て行きます」 「うんうん、そうして」 ****  電話を切った後、暫く呆然としてしまった。  あの気丈なお母さんが泣いていた。そして僕を父親似だと言ってくれた。  手元にある破けたお下がりのダウンは、羽毛がほとんどなくなりペタンコになってしまったが、僕の心はどんどん膨らんでいく。 「瑞樹、新年早々、いいことがあったようだな」 「あ……はい」  思わず胸を押さえる仕草をして、宗吾さんを熱く見つめてしまった。 「どうやら感激で胸が一杯のようだな」 「そうなんです。僕も、お父さん似だと……広樹兄さんと潤が父親似なのは知っていました。僕は血が繋がっていないので、似ているはずもないと……少し寂しく思うこともありました。でも……心が……心が似ていると」  駄目だ、またじわじわと涙ぐんでしまう。 「お兄ちゃん、なかないで」 「瑞樹、おいで」  芽生くんがティッシュで僕の目元を優しく拭いてくれ、宗吾さんが僕を抱きしめ髪をやさしく梳いてくれた。 「いいこ、いいこ」 「みーずき、良かったな」  くすぐったい。  甘やかされた心が、ころころと転がっていくようだ。 「う……ううっ」 「瑞樹は泣き虫だな」 「宗吾さん……ダウンの羽毛が夏樹の羽になって……僕に新しいダウンが届くなんて……こんな偶然……信じられないんです」  夏樹は天国に戻って行った。  僕も北の大地を飛行してみたい。  そんな気持ちになっていたら、お母さんからの思い切った帰郷の誘い。  『ふるさと』って……こんなにも温かなものだったの?  こんなにも優しいものだったのか。 「みーずき、今年の冬の旅行先が決まったな」 「あの、いいんですか。本当に北海道にスキーに行っても?」 「当たり前だ。去年、俺たち家族は毎年スキーに行こうって約束したろ」 「で、でも……」  芽生くんがピョンピョン周りを飛び跳ねる。 「やったー! ボク、お兄ちゃんみたいにスキー上手になりたいんだ。またレッスンがんばるよー!」 「芽生くん、嬉しいよ」 「俺もまたスパルタな瑞樹を見たいよ」 「も、もう―!」  涙はいつの間にか止まり、明るい笑顔が飛び交っていた。 「そうと決まったら、今から初売りに行かないか」 「え? 何か欲しいものがあるんですか」 宗吾さんと芽生くんが嬉しそうに新聞広告を見せてくれた。   「ある!」 「あるよー!」    あ……このお店って、僕のダウンと同じお店だ。 「なんと横浜のアウトレットに、新規オープンだってさ」 「だって~」 「新年開店大セールって書いてあるんだ」 「せーるだって~」  もう芽生くんってば、パパの真似して甘えて。 「スキーに行くのなら、いろいろ揃えないとな」 「くすっ、はい、分かりました。行ってみましょうか」 「やったー」    宗吾さんありがとうございます。スキーは苦手そうだったのに、本当に好きになってくれたのですね。嬉しいです。   芽生くんは素質があるので、教え甲斐があるよ。  あぁ楽しみだ。  新年早々、家族で楽しく買い物をする。  明るい未来がキラキラと輝いて見えるよ。  それにしても、お母さんが軽井沢に来るなんて意外だった。お母さんにとって、あそこはいい思い出ではないはずだ。あの日、あの時……病室に駆けつけてくれたお母さんが見た光景は、かなりショッキングだったはずだ。  僕も辛かったが、育ててくれたお母さんに、そんな辛い思いをさせてしまったことも辛かった。  だから今日は本当に嬉しかった。  軽井沢にいるお母さんの明るい声を聞けて、潤の嬉しそうな様子が伝わって来て、僕も安堵した。  炬燵に入っていると故郷をまた思い出した。  もうすぐ帰れるのだと思うと、ふんわりと夢心地になった。  雪が積もっていたので、今日は車ではなく電車で移動することにした。 「芽生くん、転ばないようにね」 「ボクはだいじょうぶだけど、パパがシンパイだよ~」 「あっ、あぶない!」  ツルン―  マンションを出た所で、宗吾さんが、また! 尻もちをついてしまった。 「あぁっ、朝は凍っているので、危険なんですよ」  都会の雪は解けるのが早い。それでいて雪かきをしていない日陰は路面が凍っているので、油断すると危険だ。 「お、おう!」 「大丈夫ですか」 「うーん、尻が痛いよ」 「くすっ、大丈夫ですよ。宗吾さんのお尻はとっても丈夫ですから……あっ」  しまった! また墓穴を掘ったような気がする。 「みーずき、俺のことよく分かってくれていて、うれしいぜ」  ニヤニヤ顔の宗吾さん。  この手の会話はいつものことだから、僕にも耐性が出来みたいだ。 「もう全く、宗吾さんは朝からパワー全開ですね」 「ん? パワーは夜に取ってあるが」 「も、もう〜 これ以上は突っ込まないでください〜」  ニヤリ! 「了解! 今はしないよ」 「も、もう!」 「パパたち〜 ふざけてないで早くいこうよ!」  僕たちは芽生くんに呆れられてしまった。  笑い声の弾ける初春の朝。  きっと今年は去年よりもっともっと良い事がある!  そんな希望に満ちた白い道を、僕らは真っ直ぐに歩んで行く。  冬のふるさとは、きっと僕たちの心を温めてくれるだろう。

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