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降り積もるのは愛 17

『大人の寄り道』か。  ワクワク、ドキドキする。  こんなに楽しい寄り道があるなんて、僕は知らなかった。  マリンサイドラインに揺られながら、遠くに広がる海を静かに見つめていると、視界が少しだけ滲んできた。  僕はあの日から、ずっと『寄り道』が怖かったんだ。  あの日、あの事故のあった日。  ピクニックの途中で雨が降り出して、そのまますぐに帰れば良かったのに、ほんの少しだけ寄り道をした。  お父さんだけ車から降りて、見知らぬログハウスに入っていった。  それは、たった五分ほどの時間だった。  何故そこに立ち寄ったのか。  僕らは車中で待っていたので、よく分からない。  後部座席で弟の夏樹と楽しくお喋りをしていたから、あっという間の時間だった。  しかし後々、あの寄り道がなかったら事故に遭わなかったのでは?  そんな後悔に包まれていた。  だから『寄り道』は怖いものとしてインプットされていた。 「お兄ちゃん?」 「えっ?」  少しだけ緊張して黙っていると、芽生くんが手をキュッと優しく握ってくれた。 「お兄ちゃん、どうしたの?」 「……何でもないよ」 「うそ、おててがつめたいよ」 「あ……そうかな?」 「こしこし……」  僕の手を擦ってくれる芽生くんの指先に、ふと目が留まった。 「芽生くん、もう指は大丈夫?」 「ゆび?」 「ほら運動会前に骨折した所だよ」 「あぁ、ほら見て!」  芽生くんが僕の前に指を差し出して、第一関節で何度も曲げて見せてくれた。 「もうちっともいたくないよ」 「そうなんだね。よかった……指が曲がったりしなかったかな?」 「うん! まっすぐだよ! ほら、元気いっぱーい」 「よかった!」  小さな指が、僕の前で可愛らしくお辞儀をしてくれた。 「お兄ちゃんも元気になった?」 「うん!」  芽生くん指が元通りになって元気に動いているのを見たら、一気に安堵した。 「瑞樹? どうした? 大丈夫か」 「あ、はい」 「そうだ、芽生の指といえば、運動会の日は可愛かったな」 「あ、最初の準備運動の時ですね」 「ボクもよく覚えているよー!」  それは、三人共通の楽しい思い出だ。 …… 「宗吾さん、芽生くんの指、大丈夫でしょうか。結局……まだギブスが取れてないのに……」 「なあに、子供は案外頑丈なものさ!」  運動会までに、芽生くんの指先の骨折は治癒していなかった。    そのことが心配で溜まらなかった。  だから運動会をちゃんとこなせるのか、不安だった。  しかし準備運動の時点で、その不安は払拭された! 「一年一組、たきざわめいくん!」 「はい!」  そんなアナウンスと共に、紅白帽の芽生くんが緊張した面持ちで登場して、手を真っ直ぐに上に上げた。  耳に付くほど真っ直ぐに、指先までピンと伸ばして。  その指先には青いギブスがついていた。 「たきざわくんを中心に広がれ!」 「はい!」  全校生徒が芽生くんを中心に広がって……準備運動をし、今度は…… 「たきわざくんを中心に集まれ」 「はい!」  芽生くんに向かって集まって、整列した。  その間、誇らしく輝いていたのは指先のギブスだった。 「宗吾さん……芽生くん立派でしたね」 「おぉ、感動したよ」 「……怪我していても、大丈夫なんですね」 「そうだな。人間ってそんなものさ」 「はい!」  僕は芽生くんからは、いつも勇気と希望をもらっている。  大丈夫、大丈夫と背中を押してもらっている。 …… 「よし、駅につくぞ」 「わぁ~」  案内板によると『七景島マリンパラダイス』はテーマが異なる三つの水族館や絶叫マシーンなどのアトラクションの遊園地が一か所に集まった、一日では遊びきれない複合型アミューズメント施設だそうだ。 「外は寒いし、ここは広い。一度には遊びきれないから、今日はスポットで攻めようぜ!」 「はい! ついていきます」 「パパ隊長~」 「気に入ったならまた来よう!」 「あ……そうですね」  宗吾さんは、人生の楽しみ方を知っている人だ。  あれもこれも欲張らない。  集中して深く楽しむことを、教えてくれる。 僕は遊ぶことは下手なので、彼から学ぶことが多い。 「みーずき、今日は軽い寄り道さ。肩の力を抜いて楽しもう! なっ」 「あ……はい」 「君が気に入ったのなら、何度でも来たらいい」 「はい、そうですね」  何度でも来たらいい。  そんな言葉があるなんて。  僕はこの人が本当に好きだ。大好きだ。  僕の人生に光を当ててくれる人。 「しかし寒いなぁ」 「宗吾さん、ダウンの前はちゃんとしめないと」 「おぅ、そうか」 「くすっ」  三人でモコモコなダウン姿。  茶色と白が混ざれば、僕のミルクティー色になる。  芽生くんが教えてくれた優しい言葉がリフレインしていく。 「先に外を攻めるか。芽生、何に乗りたい?」 「あ、あれー! ボク、ぜったいにあれがいい!」  芽生くんが真っ先に指さしたのは、海にせり出した巨大ジェットコースターだった。 「いいな!」 「お山みたいだね」 「本当だね」    確かに白いコースターはそびえ立つ雪山のように見えて、故郷を思い出し、ワクワクした。 「ジェットコースターは下りては上っての繰り返しで、爽快な気分になるよな」 「えぇ」 「君の……揺れる気持ちも吹き飛ばすといい」 「……はい」  ほらまた、そんな風に僕の心に寄り添ってくれる。   

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