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降り積もるのは愛 18
「きゃー」
「わぁぁー」
「ヤッホー」
七景島マリンパラダイスのジェットコースターは、かなりの急勾配でスリリングだった。
海に落ちる感覚のあとは、どん底から一気に浮上していく。
それが楽しくて、僕も柄にもなく大声で叫んでしまった。
芽生くんは120cmを越えたので、身長制限にも引っかからず乗車でき、僕のとなりで満面の笑みで「きゃー!」と叫んでいる。
あれ? これでは僕の方が怯えている?
芽生くんは、こういう場面では宗吾さん似らしく、肝が据わっているようだ。
で、問題の宗吾さんはわざと「きゃー」と叫んだり、「わぁぁぁ」と怯えた声を出したり、「ヤッホー」と登山気分のように叫んで、少し騒がしい。
「はぁぁ、やっと終わりましたね」
コースターから降りる時、芽生くんはピョンっと元気に飛び降りたのに、僕はふらふらで……宗吾さんに手を引っ張ってもらう始末だった。
「ははは、瑞樹はボロボロだな」
「う……すごいアップダウンだったので」
「おい、髪がくしゃくしゃだぞ」
「あ……」
宗吾さんはニコニコ笑顔で、海風で乱れた髪を直してくれる。人前で少し恥ずかしかったので困惑していると、芽生くんが僕にパフッとくっついて、
キラキラした瞳で見上げてくれた。
「お兄ちゃん、わらって、わらってよー」
「瑞樹、大丈夫か」
「ちょっとびっくりしましたが、なんだかスッキリしました」
「だろ?」
そのまま三人で海辺のカフェで、熱々のココアを飲んだ。
「お寿司だけだと、お腹が空くな」
「そうですね。甘いものが美味しいです」
「わっ、これ、アチチ!」
「あっ、芽生くん、ふーふーって冷まそうね」
芽生くんの様子を見守っていると、宗吾さんが懐かしそうな顔を浮かべていた。
「瑞樹、秋の運動会でも、こんなシーンがあったな」
「そうですね」
「あの日は、10月なのに11月下旬の気候で寒かったんだよな」
「はい、なので……うっかり日陰に観覧席を取ったら、大変でしたね」
「だな。いいタイミングで兄貴たちが見に来てくれて、差し入れのココア、暖かかったな」
……
「瑞樹ぃ~、ブルブル……ここ寒くないか」
「あ、ブランケットを持っているので、どうぞ」
「おう! サンキュ!」
抜けるような青空なのに吹き抜ける風が寒すぎて、宗吾さんがガタガタと震えていた。
一方、僕は北国育ちで寒さには慣れているので、宗吾さんと体感温度が違い、平然としていた。
「芽生は次、いつ出るんだ?」
「一年生はそんなに競技が多いわけでないので……しばらくは」
芽生くんは骨折が治りきらず、残念ながら綱引きと縦割り班競技は見学となってしまい、出番は暫くなかった。
「ううう、まじで寒い~」
宗吾さんが膝掛けの中でさり気なく僕の手を握ってくるので、ドキドキしてしまった。
僕の体温で温めてあげたいと思った。
すると頭上から声が降って来たので、慌てて手を離した。
「宗吾、みっともないな、情けない声ばかり出すな」
「うわ! 兄さん!」
「あ! いらして下さったのですか」
「やぁ瑞樹くん。芽生はどこだ?」
憲吾さんと彩芽ちゃんを抱っこした美智さん、そしてお母さんが立っていた。
「芽生くんは児童席です」
「そうか。ほら、君たちに差し入れだ」
「へぇ~ 兄さんサンキュ」
「わぁ、暖かいです。ありがとうございます」
「まぁその……瑞樹くんと芽生が寒がっていそうだから、途中のコンビニで買ったんだ」
照れ臭そうにそっぽを向く憲吾さんの様子を、お母さんと美智さんが楽しそうに見守っていた。
缶のココアは、憲吾さんの優しい気持ちを含んでポカポカだった。
……
「あの日のココアは温かかったですね。お弁当の時、芽生くんにも飲ませてあげたら、とても気に入って……そうか、あれから芽生くんはすっかりココア党になったのかも」
「だって、お兄ちゃんがさめないようにだっこしてくれたから、とってもおいしかったんだもん」
「わぁ……そうなんだね」
僕は芽生くんのココアが冷めないように、お昼休みまで抱きしめていた。
親鳥の気持ちが分かるというか、愛しい人に愛情を注ぐって、こういうことなのだとしみじみ思った。
そして、今日は熱すぎるので「ふぅーふぅー」と冷ましてあげている。
温めたり冷ましたり。
大切な誰かを想ってする行為って、どちらもいいね。
「徒競走は、頑張ったよな」
「えへへ、みんなががんばれって言ってくれるの、きこえたもん!」
「芽生くん、すごく早かったよね」
「来年はリレーのせんしゅになりたいなぁ」
「芽生くんなら、きっとなれるよ」
「ありがと~」
こんな風にココアを飲みながら、共通の思い出を語り合うのっていいね。
あ……そうか、これって、ずっと僕が憧れていた世界なんだ。
そのことに気付くと、やはり胸が切なさで一杯になった。
「宗吾さん……思い出っていいですね」
「あぁそうだ。俺たちが一緒にいれば、沢山の思い出がこれからも生まれ、またこんな風に思い出して、皆で語れるよな」
「はい……僕は……新しい思い出を作るのが、ずっと怖かったんです。消えちゃった時、思い出だけがむなしく残っていて……本当に辛かったので」
「瑞樹……」
宗吾さんがテーブルの下で、さりげなく手を握ってくれる。
僕の心を温めてくれる。
10歳の時、目の前で家族を失い、函館の家に引き取られた。
あの時、もう新しい思い出はいらないと、心に決めてしまったのだ。
ちらつく雪のように家族の思い出の欠片が、天から降ってくるのが辛くて。
一馬とだって……そうだった。
どうせ……いつかいなくなってしまう。そんな風に考え……相手を大切にしきれなかった。
「こんな僕を……皆、許してくれるでしょうか」
「瑞樹……馬鹿だなぁ。そんな風に考えるのはもうよせ。君って人は、もう……」
「お兄ちゃんのココア、さめちゃった? あたためてあげる」
芽生くんが小さな手で、僕のマグカップを包み込んでくれる。
こんな一日もまた思い出になる。
僕はもう怖くない。
この場所で……優しく暖かい思い出を、積み重ねていきたい。
そして僕の過去も受け入れていきたい。
降る雪にちらつく思い出も、南風に乗って届く思い出も、全部、僕が生きてきた灯《あかし》だから。
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