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花びら雪舞う、北の故郷 9

 母さんがオレに会うために、新年早々遊びにきてくれた。今年は幸先がいいぞ。何かいいことがありそうだ。  そんな希望溢れる小正月に、運命の出会いは突然やってきた。    ローズガーデンの門付近で清掃をしていると、若い女性に話しかけられた。 「あの、今日って、もしかして、やっているんですか」 「あ、はい」 「冬場はしまっているのかと思った」 「あぁ、冬期は決まった日しか営業していませんが、今日はやっていますよ」 「嬉しいです!」  そんなに喜んでもらえるなんて、オレも嬉しくなる。  振り返って、まじまじと顔を見つめると、向こうもじっとオレの顔を見つめてきた。 「あっ?」 「えっ」  最近、どこかで会ったような……? 「あっ、ダウンコートのお客様?」 「えっ、あのお店の店員さん?」 「お母さんと仲良く買って下さった方ですよね。色違いで」 「あ、はい、仲良し親子だと言ってくれた方ですよね」  そこまで話して、彼女の背後に小さな影を見つけた。もじもじしている。 「ん?」 「あ、私の息子です。この子、遠足でここに来てから、すっかりお気に入りなんです」 「へぇ、こんな小さな子が? うれしいですね」  感じがいい女性だな。俺より年上のようだが、野花のように可愛い。  俺を眩しそうに見上げる男の子の顔が、ふっと瑞樹と重なった。  明るい茶色の髪のせいか。優しい顔立ちが、以前見せてもらった兄さんの小さな頃の写真と重なった。 「坊や、いくつ?」  男の子の視線までしゃがみ、けっして驚かせないように、兄さんが芽生坊に接するように優しく聞いてみた。 「……あ、あのね、ぼく、さんしゃい」 「3歳か。お花が好き?」 「ん……っとね、みどりのはっぱがすき」 「へぇ」  葉っぱが好きという言葉が、心に響いた。 「俺も葉っぱが好きだよ」 「ほんと? はっぱさん、あるかな?」 「あるさ、真冬でもがんばっている葉も沢山あるよ」 「うわぁ、ママ、ママ~ きいた? あるって」  男の子は、お母さんに向かって大きく手を広げた。  あ、これも分かるぞ。  芽生坊が抱っこして欲しい時、こんな仕草と表情をよくするから。 「いっくんは、もう重たいから無理よ。ママ、腰が痛いのよ」 「……しょっかぁ……」  途端にしょんぼりしてしまう。  か、かわいいな。子供ってこんなに可愛いのか。  俺から見たら、芽生坊よりずっと小さいから、片手で抱っこできるのに。 「あの、俺が抱きあげてもいいですか」 「え?」 「兄に小さいな男の子がいて、慣れてるんで」 「そうなんですね。嬉しいです。いっくん、よかったね」 「わーい!」  高く抱っこしてやると、パァーっと目を輝かせた。 「何が見える?」 「はっぱー」 「おー、よく見つけたな」  ふと女性の顔を見ると、愛らしい瞳に涙をいっぱい溜めていた。 「あ、あの、オレ、何かしましたか」 「いえ、お父さんみたいだなって……」 「え?」  いきなりそう言われて驚いた。だがイヤではなかった。むしろ嬉しかった。 「ごめんなさい。この子……実はお父さんがいないので……生きていたらこんな風に、抱っこしてくれたかなって」  その寂しい言葉が、また俺の心を震わせ、掴まえた。  **** カウンターに呼び出され、宗吾さんとサシで飲んだ。 「ほぅほぅほぅ、それが運命の出会いなのか。可愛い菫ちゃんとの」 「うわっ宗吾さん、まだ大きな声では……」  もう隠せない、膨れる想いだから、宗吾さんにも全部話してしまった。  話し終わると、勢いよくバンバンっと背中を叩かれて、ビールをむせそうになった。  酒の回りが早い。 「潤~ お前、心配症になったな」 「慎重になったんですよ」 「そうか、そうか」 「宗吾さん、オレ……急すぎですかね」 「馬鹿だな。恋の始まりはいつも急さ。オレと瑞樹だって」  宗吾さんがニヤッと笑う。 「そういえば、兄さんと出会ったのって、いつだったんですか」 「ふふふ、よくぞ。聞いてくれた。あれは連休前の休日だったなぁ。俺の可憐な野の花を見つけたのは」 「ちょ! やっぱりいいです」(エンドレスな惚気話になりそうな予感!) 「おい、しっかり聞けって」 「それより、兄さんと母さんにも、この勢いで話したいんですが、驚かせてしまうかな」 「……驚くのは、驚くだろう」  やはりそうだよな。いきなり一人親の女性と付き合っている。しかも結婚まで考えた真剣なお付き合いだなんて。 「だが皆……潤が好きだよ。大好きな息子、弟の真剣な決断を頭ごなしに反対なんてしないよ」  そこまで話すと、広樹兄さんがヌッと顔を出した。 「わ! びっくりした」 「そろそろ話せや。俺にも」  すると、その背後に母さんまで! 「潤、お母さんにも聞かせて」 「よし、バトンタッチだな。潤、自信を持て。しっかり自分の口で伝えろよ」  ****  潤はお母さんと広樹兄にも、彼女のことを話した。二人は顔を見合わせて、最初は一瞬ポカンとしたが、そのあとじわじわと喜びが増してきたようで、祝福されていた。 「あの時の店員さんなら、母さんもよく覚えているわ。若いのに気が利いて優しい娘さんだったわ。そうなの……お子さんを妊娠中にご主人が……その辛さよく分かるわ。よくひとりで三歳まで育てたわね」  あぁ運命の出会いは、後から考えれば腑に落ちることばかりだな。  この人だから出逢った。  この人だから好きになった。  この人だから愛し続けたい。  そんな出逢いが、出逢った人も幸せにするのだろう。 「宗吾さん、良かったですね。潤……受け入れられていますね」  席に戻ると、瑞樹が安堵した表情を浮かべていた。 「君の家族は、皆、北の大地のように心が広いな」 「はい、だから……僕のことも理解してくれました。僕の自慢の家族なんです」 「ほっとしたら腹が空いた。寿司、お代わりしようぜ」 「飲み過ぎは駄目ですよ。明日はスキーなんですから」 「当たり前だ。カッコイイところを見せないと」  瑞樹が、ふっと少しだけ冷たい目をする。(その目つきは月影寺の洋くんに似ているぞ) 「宗吾さんに残念なお知らせが……あれから一度も滑ってないので、最初はまた転んで腰が痛くなるかも」 「瑞樹ぃ~ 君が介抱してくれるんだろ? 夜はマッサージをして」 「ま、まぁ……それはそうですけど」  瑞樹は薄ら頬を染めて、俺の日本酒を口にしようとした。 「おっと、瑞樹はこっちな。日本酒は駄目だろ」 「あ、はい。僕はどうも日本酒は合わないみたいで、残念です」 「はは、可愛いよ。ビールにしておけ」 「はい!」 「お兄ちゃん〜おすしやさんって水族館みたいだねぇ」 「くすっ、イカさん食べちゃおうか」 「うん!」  函館の寿司屋は、瑞樹の家族と俺達で貸し切りのような状態だった。  それはとても……居心地の良い、和やかな夜だった。

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