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花びら雪舞う、北の故郷 10

 その晩、僕たちは二階の部屋に布団をギュウギュウに敷いて眠った。  潤、僕、芽生くん、宗吾さんの順番だ。 「なんかオレ、お邪魔虫だよな、悪いな」 「そんなことないよ、潤。それに宗吾さんと芽生くんは、もう夢の中だよ」 「本当だ! 芽生坊の寝顔は、まだまだあどけなくて可愛いな」 「可愛いよね」  宗吾さんは広樹兄さんに付き合って日本酒を沢山飲んだらしく、コテンと眠りに落ちてしまった。芽生くんより早かったかも?  僕も日本酒には弱いが、宗吾さんもそんなに強くないのかも?  それにしても芽生くんと宗吾さんは、寝顔がよく似ている。  やはり親子なのだなと、ついニヤニヤしてしまう。 「んん……」  芽生くんがゴロンと寝返りを打って、布団を撥ね除けてしまう。  子供は暑がりだから、真冬でも布団を蹴飛ばしてしまうんだよね。  どんな芽生くんも、僕は可愛くて仕方が無い。 「芽生くん、お布団に入ろうね」  そっと布団をかけ直してあげようと手を伸ばすと、潤が先に掛けてくれた。 「ありがとう。潤も小さい時こんな風にいつも布団を跳ね飛ばしていたよ」 「うげげ、じゃあいつも兄さんが掛けてくれたのか」 「うん……僕と一緒に眠っていたからね」 「すまん! 兄さんは小さい時からお世話係にさせちまって」 「いや、大丈夫。僕はね、元来……そういうのが好きみたいだ」 「兄さんは、すっかり芽生坊のもう一人のパパだよ」  潤にそう言われて、照れ臭くなった。 「潤、昼間の話をもっと聞かせてくれないか」 「あぁ、オレもしたかった。聞いてくれるのか」 「うん」 …… 「あの、ずっと抱っこしていて、重くないですか」 「全然! こんなの肥料や土みたいなもんですよ。あっ、すみません。大切なお子さんをそんな例えで」    ついいつもの調子になってしまい慌てて訂正すると、くすくすと笑われてしまった。 「いえ、面白いし、分かりやすいです」 「あのね、いっくん、あっちのはっぱもみたいよ」 「よーし、手を伸ばしてみろ」 「うん! よいしょっと」  雪を被った葉っぱに触れさせてやると、樹くんが、また目を大きく輝かせていた。 「こんなにつめたいのに、はっぱさんげんきでしゅね」 「生きてるからな」 「はっぱさんはいきてるのいいなぁ……ぼくのパパはいないのに」  なかなか重たい言葉だった。  この子は父親の顔を覚えているのだろうか。 「いっくんってば……ママがいるでしょ」 「うん、ママ、だーいすきだよ」 「ありがとう。ごめんね」  肉親との死別がどんなに辛いのか、オレは知っている。 「あの……オレも……赤ん坊の頃に父がなくなったので、その……」 「そうなんですね。あの、あなたの名前を聞いても?」 「あ、葉山 潤です」 「潤くんか……潤いのある名前でいいわね」 「あの、……その」 「あ、私は山中 菫 《すみれ》です」  菫さんか……  菫とは道端にひっそりと咲き春を教えてくれる、可憐な花のことだ。 「ママのなまえ、おはなのなまえなんだよ。いっくんはきいろいおはながすき」 「黄色い菫もあるんだよ」 「私も知っています。黄色の花言葉が好きなんですよ」  菫さんはオレより年上だろうが威圧的ではない。  そうだ。少し兄さんと似ているな。ソフトな雰囲気で、花言葉を出すところなんかも。 「花言葉教えて下さい。オレ集めているんですよ」 「あ……あのね。黄色い菫の花言葉は『田園の幸福』『つつましい喜び』なんですよ。私はこの言葉がとても好きなんです。私ずっと長野の軽井沢で生きていて、贅沢よりも自然が好きだから」  名前の通り、野の花のような人だと、心が凪いだ。  派手で人工的な匂いのする女性にはもう辟易だ。酒も煙草も麻雀も……もう充分経験した。軽井沢で暮らすようになって、この空気が気に入り永住してもいいと思っている程だ。 「オレもですよ。オレは北海道出身ですが、この土地の虜だ」 「そうなのね! 嬉しいわ」 ……  潤、それがきっかけだったんだね。  きっとその日から頻繁に会うようになったんだね……それは、とても自然に。 「分かるよ、運命の出会いってそんなものだ」 「兄さんもそうだった?」 「うん、宗吾さんと出会った日から、運命の流れが変わったような気がした」 「オレもだ」 「芽生くんがいたからかな。距離が一気に縮まったよ」 「オレも、いっくんが……最近、オレをパパって呼んでくれたんだ」 「そうなの? 本当に潤に懐いているんだね。その辺りのことも聞かせて欲しいな」   ……   「潤、今日は朝からご機嫌だな。あれか、あの可愛い親子のせいか」 「う……バレバレですか」 「懐いているよな。あの天使のような可愛い子供が、強面のお前に」 「え? おれって強面ですか」 「もうちょい笑った方がいいかもな。ほれっ」  頬をつねられ苦笑してしまった。瑞樹みたいに少女漫画に出てくるような美形でも優しい顔だちでもないから、無表情でぼーっとしていると、ムッとしているように見えるらしい。   「イタタ……北野さん酷いなぁ」 「未来の植物博士くんによろしくな」 「すみません、仕事中に」 「どうせ、冬期は地元の人しか来ないからガラガラだし、大事なお客さんだよ」    いつものように庭の手入れをしていると、ぱふっと背中に小さな温もりを感じた。 「えへへ」 「いっくん! 菫さん」 「また来ちゃいました。いっくんが潤くんのこと気に入ってしまって」 「いっくんだけですか」  しまった。口が滑った。   「え? あ……あのね、私もって言ったら……迷惑よね」 「全然! むしろ嬉しい!」 「あ……いい笑顔。潤君は長野の山みたい。いつもドシンと見守ってくれて頼り甲斐あって」  照れ臭くて、嬉しくて溜まらなかった。  菫さんに会うたびに、好きになる。  いっくんを抱き上げる度に好きになる。 「いっくんね、おにいちゃんがだーいすき」  無条件な好きに、涙が出た。  オレがしてきたことを思えば、許されないことなのかもしれないが、この幸せを守りたくなった。  そしてまたある日、いっくんが涙目でオレに抱きついてきた。 「どうしたんですか」 「保育園で、喧嘩しちゃったみたいで」 「どうした? いっくん?」    高く抱っこしてやり、ほっぺたをくっつけて聞くと、いっくんがポロポロと泣いた。 「オレに話してごらん」 「あのね、ママといっくんって、とってもかわいそうな子なんだって。パパがいないから、ママいじめられちゃう」 「そんなことない! そんなことで幸せかどうかは決まらないよ」 「いっくん……おにいちゃんがパパがいいよぅ」 「え?」    キュンと来た。  オレもそう思っていたさ。  いっくんのパパになりたい。菫さんを愛したいって――  ……  潤の話に貰い泣きしそうだった。 「兄さん……こんなオレでも望んでもいいか。オレ、この手で二人を幸せにしてやりたいんだ。オレの手……こんなに汚れているのに、二人を汚しちゃわないか……こわくなる」  潤が自分の手を見つめて苦渋の表情を浮かべたので、僕はその手を包んでやった。 「潤の手はキレイだ。土と植物に毎日触れている立派な手だ!」 「に、兄さん……オレ、こわいよ」 「大丈夫だ! 潤、潤の……この手で幸せを掴んで欲しい」  潤の手を必死に擦りながら、僕は願った。  この弟の幸せを、強く、強く――      

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