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花びら雪舞う、北の故郷 11

軽井沢―― 「マ、マ-」 「なあに、いっくん?」 「あのね、あのね」 「うん?」 「いっくんのパパ、まだこないのかなぁ?」 「え?」 「いつ、またあえるの?」  ワンルームマンションの小さな部屋で、小さな息子が期待に満ちた目で見上げてくる。あまりに期待に満ちた無垢な瞳に「潤くんは、あなたのパパじゃないのよ」とは言えなくて、押し黙ってしまった。 「うん、うん、そうね……」 「パパ……あいたいな」  つい一ヶ月前のことよ。  シングルマザーの私に、転機が訪れたの。  私……5歳も年下の男の子に、恋をしてしまった。    最初に彼を見かけたのは、勤めているお店のお客様としてだった。  背が高く頼もしい息子さんと母さんがお店に入って来た時、仲が良さそうな親子でいいなと、目に留まったの。彼は明らかにお母さんとの買い物に慣れていない様子で挙動不審。それが可愛かったな。  それでいて……お母さんとお揃いのセーターを買って、その場で着てしまうのは素朴で素直で、親孝行でいいなと思ったわ。  買い物を終えた後ろ姿を見送って、若いのに情が深い人。イマドキあんな子がいるんだなって感心した。  もう会うこともないと思ったのに、私の心に残る出会いだった。  そんな予感は当たり、数時間後にまた彼がお母さんとやってきた。  今度はダウンの配送を頼まれたわ。同じ名字の男性に送っていたけれども、あれは、ご兄弟宛なのかな?  そして今度は色違いの靴を買ったの。その時のお母さんとのやりとりが微笑まし過ぎて、もう我慢出来なくなり声を掛けてしまったの。   「仲良し親子ですね」  あの時の顔ってば……耳まで赤くして可愛かったな。  あの日のことは、そのまま記憶にしっかり残って忘れられなかった。一日に何十人とお客様と接するのにどうしてだろう?  そして、少しだけ記憶が薄れそうになっていた小正月。  まさかの再会!  彼が、いっくんの大好きなローズガーデンで働いていたなんて驚いたわ。     お母さんといる時の姿も好印象だったけれども、いっくんの目を見て話してくれ、高く抱っこして、いっくんの好きな葉っぱを見せてくれて……ますますいいなって思ったわ。  素朴な人柄に好感が持て、潤くんもお父さんがいないで育ったことを知り、私達の心が揃ってしまった。  我慢出来ずに「お付き合いしてください」と言ったのは、私もだった。  1日中、ローズガーデンで遊んだ帰り道、別れがたくなってしまって、同時に見つめ合い、自然に口から出た告白は、ぴったり重なった。  でも、いいのかな? こんなに幸せで。  潤くんは驚いたことに、まだ会って間もない私に「いっくんのパパにもなりたい」とも言ってくれた。  恋から愛に変わる瞬間だった。  あの人は生まれる前に死んでしまったから、いっくんはパパを知らない。  3歳になったばかりの息子が、逞しい潤くんにしっかり抱っこされている姿に、泣いちゃったわ。だって私もそんな光景を見たことがなかったから。    でも冷静になれば、潤くんは五歳も下で若いし、初婚なのに本当に私でいいの?  そんな潤くんが、今日は函館に帰省している。私とのことを話してくると意気込んでいたけれども……きっとお母さんとお兄さんから反対されているわよね。年上のシングルマザーだなんて荷が重すぎるもの。 「ママ? ママ……なかないで」 「あっ、ごめんね」 「ママ、しゅき、いいこ、いいこ……」 「いっくんってば」   **** 「潤、泣くな。泣かないでくれ――」  自分の手が汚れていると責める弟の姿を、もう見ていられない。  潤、潤、お願いだ。もう自分を責めるないで。 「潤……まだ駄目なの? 僕はこんなに幸せになったのに、まだ潤は信じられない?」 「兄さん……瑞樹、本当にごめん。オレ……ごめん」  潤の心の傷は、僕の想像より根が深い。 「よく聞いて……僕はね、潤が幸せになる姿が見たいんだよ。僕にまだ罪悪感を抱いているのなら、潤自身が幸せになって欲しい。幸せな姿を見せて欲しい」 「兄さんは優しいな。いつも優しいことを言うんだな。あのさ……オレでも彼女といっくんを幸せにしてやれるかな?」 「潤は自慢の弟だよ。絶対大丈夫だ。兄さんが保証する」 「ありがとう。兄さん、一度彼女に会ってくれないか……兄さんに会わせたいんだ」 「うん、いいよ。会いに行くよ。僕が背中を押してあげる」 「兄さん……俺も幸せになりたい」 「潤……幸せになって欲しいよ。兄さん。潤が好きだから願っている」  そこまで話していると、眠っていたと思った宗吾さんが鼻を啜る音がした。 「宗吾さん、起きていたんですか」 「うう、いい話で泣いてしまったよ。ごめんな。途中から聞いてた」 「いいんです。宗吾さんにも聞いてもらいたかった」 「んじゃ、人生経験が君たちより少しある俺から、アドバイスしてもいいか」 「はい」  宗吾さんがムクリと起き上がり、転がっていた潤のスマホを手に取った。 「ほら、これで今すぐ電話して来い。菫さんに」 「え?」 「まだ22時だ。起きているだろうし……何より今頃、きっと不安がっているぞ。函館の家で、家族に反対されていないかって」 「あっ!」 「潤のことだから、彼女に実家で全部話してくると宣言して来たんだろう?」 「うう、図星です」  潤は顔を真っ赤にして照れていた。  それなら尚更だ。確かに不安に思っているだろう。 「あ、じゃ、じゃあ……オレ、ちょっと下で電話してきます」 「しっかりラブコールして来いよ」 「ありがとうございます。兄さんたちも、ごゆっくり~」 「潤!」    最後は茶目っ気ある顔をして、もう――  宗吾さんを刺激してしまうよ、それは。 「瑞樹、俺、気が利くだろ?」 「流石です。細やかな気遣いが出来るのが宗吾さんです……あっ」  なんて褒めたら、やっぱり上機嫌になった宗吾さんに押し倒されてキスされた。 「ん……ッ、駄目ですよ。芽生くんいるのに」 「さっきからずっと話していても、起きないぞ」 「だ、駄目ですって」 「キスだけだよ」 「ん、んっ……ん」  キスだけなのに、そのキスが濃厚過ぎてクラクラするよ。 「もう……っ」 「瑞樹、潤のこと良かったな。アイツには年上が似合うと思ったよ。シングルマザー、いいじゃないか。奥さんの気持ちも子供の気持ちも、今の潤になら受け止められる。あいつは彼女と出会うために、学んできたのかもな」 「はい、だから、どうか幸せになって欲しいんです。僕の大切な弟だから――」  幸せになりたいと願うのも、幸せになって欲しいと願うのも、とても自然なことだ。  どちらも愛しい存在がいてこそ、強く思うこと。   潤は僕の大切な弟だから、思うこと。

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