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花びら雪舞う、北の故郷 18

「さぁ着いたぞ」 「わぁ!」  大沼スノーランドスキー場には、広樹の運転で到着した。  芽生の瞳が途端に輝きを増す。子供は楽しいものを察知するレーダーを持っているようだな。 「瑞樹、ここは久しぶりだな」 「うん、兄さん、懐かしいね」  助手席で瑞樹と広樹が軽快にハイタッチしている。   へぇ、兄弟とはこんな感じなのか。気が合う、馬が合う兄弟なんだな。   「瑞樹は、ここによく来たのか」 「はい! 兄さんと通いました。学校の大会もここで開催されたので、思い出の土地です」 「そうなのか、じゃあ、いよいよ君の本拠地だな」    白馬も良かったが、ここも良さそうだ。  広樹がスキー板を車から降ろし、瑞樹と一緒に俺たちの分をレンタルして来てくれた。 「スキー板を履く前に、芽生坊はソリでもするか」 「ううん、ボク、最初からスキーがいい。お兄ちゃんみたいに、じょうずになりたいんだ」 「はは、頼もしいな。えーっと、宗吾はソリからにするか」  広樹はふざけて言ったようだが、俺は洒落にならない。   「ははは……まずは歩くところからだ。わっわぁ-」  とほほ……歩こうとしたら滑って転んで、俺だけ視界から消えた!  カッコ悪い~‼ 「そ、宗吾さん、大丈夫ですか」 「パパー、だいじょうぶ?」    瑞樹がサッと駆け寄って、すっと手を差し出してくれる。  君は、真っ白なウェアに整った顔立ちで、まさにゲレンデの王子さまだな。  もし女だったら、この瞬間に恋に落ちるだろう。(俺はとっくに落ちてるが)  瑞樹は優しくて儚い印象の男だが、凜々しい面もあるので、ゲレンデでモテモテになるのではと心配になる。実際去年もかなり騒がれていたしな。  とにかく俺の世話に専念してもらわないと。イヤ違う、俺が早く上達して瑞樹を掴まえておけばいいのだ。  スキーセンスよ降ってこい! スキーの神さま、お願いします! 「あれ? どうやって歩くんだっけ?」 「宗吾さん、スキーを履いて歩くのは、常に滑るスキー板を止めながら歩くことになるんですよ。だから雪の上で止まっているためには、エッジを使ってスキーが滑るのを防ぐんです。ええっと、こうやって斜面に対して垂直方向にエッジを食い込ませてみて下さいね」 「難しいなぁ」  去年と全く同じことをまた教えてもらう羽目になり、とほほだ。  俺たちのやりとりを見ていた広樹が、ナイスな提案をしてくれた。   「そうだ。瑞樹、まずは全員で歩くスキーをしないか」 「あ! そうか、このスキー場には『ネイチャースキーコース』があるんだった」 「それなら皆で楽しめるぞ」 「流石、広樹兄さん」    広樹が年長者らしく、良いことを言う。    それなら俺もついていけるし、芽生も一緒に楽しめそうだ。    広樹によると冬景色の中を散策しながら大自然を楽しむ歩くスキーを『ネイチャースキー』と言うそうだ。ゲレンデスキーのようにリフトに乗って斜面を滑り降りるのではなく、平地、緩い斜面、登りといった自然そのままのコースで、自然に触れることを目的にしているものらしい。 「なるほどなぁ、歩く練習にもなるし、何より景色をゆっくり楽しめるな」  特に気に入ったのは、ゲレンデのように誰かの邪魔になるわけでもなく、自分のペースで楽しむことが出来る点だ。 「わーい! きもちいいね!」 「芽生くん、あっちを見てご覧、クリスマスツリーみたいな樹があるよ」 「あ! あそこに足跡があるよ」 「キタキツネかもしれないね」  二人の様子を観察すると、瑞樹はジェスチャーで写真を撮る仕草をしていた。  そうか、一眼レフをリュックに入れて背負って来たので、写真を撮りたいんだな。 「瑞樹! 心の赴くままに写真を撮れよ」 「いいんですか」 「もちろんだ」  瑞樹がお母さんの形見の一眼レフを構える。  動物の足跡にそっと触れる芽生を捉え、シャッターを切る。  それから俺と広樹のことも、撮ってくれた。  それから空を、それから雪原を……それから大地を羽ばたく鳥を……  瑞樹は夢中になって撮っていた。  あまりに慣れた手付き。  それは小さい頃から慣れ親しんだ仕草のように見えてならない。 「なぁ広樹、やっぱり瑞樹の父親はカメラマンだったんじゃないかな」 「そうなのか」 「広樹は知らないのか」 「俺もまだ中学生だったし、瑞樹の親のことは誰も教えてくれなかったからなぁ」 「そうか」  頼みの綱は、林さんに頼んでおいた『nitty《ニタイ》』という名前の写真家の行方だ。 そろそろ分かるはずだが、まだ連絡がない。 「よーし、芽生坊、ここに雪のテーブルをつくってやるから、おやつにしよう」  今度は広樹がリュックから小型ショベルを組み立てて、あっという間に雪を掘り、テーブルを作ってくれた。 「すごい! すごい! まほうみたい」 「暖かいロイヤルミルクティーだぞ。飲め」 「はぁい!」 「芽生くん、フーフーしてね」 「うん!」 「ほら、宗吾と瑞樹も来い」  広樹は専属スキーガイドのように頼もしい。  こんな頼もしい兄が瑞樹にはいた。そして今もいる。  両親と弟を亡くした瑞樹にとって、どんなに心強かったことか。 「広樹、改めてありがとうな」 「おいおい、どうした?」 「いや、瑞樹には広樹がいてくれてよかったと思ってさ。今日もこの提案最高だ!」  率直な気持ちを告げると、広樹が照れ臭そうに笑った。 「よかったよ。俺は楽しいが、お邪魔してないか心配だったんだ」 「俺は最高に楽しいし、芽生も瑞樹だってあんなに夢中になっているよ」  見ると、瑞樹と芽生がふかふかな新雪にダイブして、そのまま手足をバタバタ動かしていた。 「天使ごっこか」 「あぁ……もう瑞樹は怖くないんだな」  瑞樹と芽生が雪にスノーエンジェルを作ると、空から優しい雪が舞い降りてきた。 「広樹、あれは……まるで花びらみたいだな」 「まさに瑞花《ずいか》だ」 「それはなんだ?」 「豊作の兆しの花だよ。この旅は、瑞樹にとって何か良いことが、得るものがありそうだな」      その心強い言葉が、瑞樹のルーツを辿る道標になる。

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