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花びら雪舞う、北の故郷 20

「うっひゃああー」  ズドンッ!  ゴロゴロ~ 「おい、大丈夫か」 「あぁ!」    うーむ、瑞樹には悪いが宗吾はあまりスキーのセンスがないようだ。  だがガッツはある。  転んでかなり下まで滑り落ちてしまっても、すぐに這い上がってくるのは偉い。  雪塗れだが、その顔から笑顔は消えない。  生命力のある顔をしている。  人生を謳歌している者の顔をしている。 「よし! もう一回やってみるよ」 「いいか、板を揃えるタイミングが違うんだ。こうだ!」  だから俺もつい指導に力が入ってしまう。 「おー、広樹は上手いな。ブランクがあるのに」 「一時期は本当によく滑りに来たんだ。瑞樹とさ」  そう告げると、フッと宗吾が真顔になった。 「なぁ広樹、当時の瑞樹はそんなにボロボロだったのか」  二人きりにならないと話せない内容だ。 「……少し話すか」  俺は指導の手を止めて、宗吾とコースの脇に向かった。  ****  いい機会だと思った。  ずっと腹を割って聞きたいことだった。   「……あぁ……それはもう……後追いしそうで怖かったよ。穏やかで優しい子だったから、両親に溺愛されて……弟に慕われて……その寂しさは……見ていられなかったよ」  当時の瑞樹の様子を想像すると切なくなった。  あの事件に巻き込まれた時も、病院で打ちひしがれて、消えてしまいそうだった。  あの姿を見ているから、容易に想像できる。  君がどんなに心に痛手を負ったか。 「広樹が瑞樹を生かしてくれたんだな」 「そんな大袈裟なことは言わないでくれ。でもどうしても生きて欲しかった。成長して欲しい子だったから、必死だったよ。自分だけ生き残ったことを恥じるような仕草を見せるから、とにかく自信をつけさせたくて、スキーを教えたんだ。大沼で生まれ育った子なら、絶対スキーは両親から教えてもらっているはずだからな」  俺と広樹は、いつの間にか雪原に座って語り合っていた。 「それで瑞樹はあんなに上達したんだな」 「そうだ。俺がマンツーマンで毎日のように教えたんだ。リフトに乗るためにお年玉をはたいたな」 「広樹はいい奴だ。お陰で今の葉山三兄弟は最高だ!」  そして……俺の愛する瑞樹は、最高の男だ。  そうやって両親と広樹から受け継いだスキーを、今、俺の息子に伝えてくれている。  そのことが、なんだか泣けてしまうよ。  俺たちは男同士だから、どんなに足掻いても、俺たちの子は望めない。  だが、自分の生き様を後世に伝える手段はあるということか。  瑞樹、芽生を愛してくれてありがとう。  広樹、瑞樹を愛してくれてありがとう。  親子、兄弟、恋人、どんな愛情にも人を想う心があるのだな。 「よし、コーチ、指導お願いします」 「転びまくったが、大丈夫か」 「俺はタフだから大丈夫さ! もっと上から瑞樹と滑れるようになりたいんだ。一緒の景色を見たいんだ」 「よし! じゃあ俺も本気で教えるから覚悟しろよ」  その後、二時間みっちりと指導を受けた。  ようやく瑞樹たちと再会した時には、泣きそうになったぜ。  瑞樹が天使に見えてさ。 「そ、宗吾さん? ボロボロですね」  おニューの真っ赤なスキーウェアが、雪塗れだった。 「でも、カッコイイです」 「そうだよー パパッ、ずっと見てたんだよ。リフトから」 「おー、あのリフトから丸見えだったのか」(転びまくっていたの) 「お兄ちゃんが、ずっとこういっていたよ」 「ん?」  芽生が耳元で教えてくれる。 「お兄ちゃんずっと『かっこいい、かっこいい』って」  くぅうう~照れるよ。 「兄さんもお疲れさま」  瑞樹が広樹を労うと、広樹がデレる。  スパルタコーチの顔が、あっという間に優しい兄の顔になる。  きっと瑞樹に教える時は、こんな顔だったんだろうな。  瑞樹はバランス感覚もよく運動神経も良いから、どんどん吸収していったのだろう。  本当に教え甲斐があったのだろう。 「宗吾、上達したぜ。かなり!」 「うん、何度かリフトから見ていたんだけど、すごく滑りの姿勢がよくなったね」 「アイツ、ガッツがあるからな」 「うん、うん」  瑞樹がこんなに喜んでくれるのなら頑張った甲斐あったな。 「じゃあ、皆で滑るか。芽生も大丈夫か」 「パパと同じくらいだよ。えっへん、お兄ちゃんコーチのおかげ」  というわけで、俺たちは揃ってゴンドラに乗った。    みんな一緒っていいな。  揃って何か一つのことが出来る喜びを、瑞樹は噛みしめているようだった。  **** 「潤、雪が降ってきたわ。早めに帰った方がいいんじゃない?」 「そうだな。飛行機が飛べなくなると台無しだもんな。じゃあ店番、ここまででいいか」 「えぇ、潤がいてくれて助かったわ」  母さんに褒められて、擽ったくなる。 「母さんの買ってくれたシューズが履き心地良くてさ、これにしてからいいことばかりだよ」 「菫さんと出逢えたものね」 「照れ臭いな」 「母さんがキューピットなのよ」 「そうだった、そうだ写真見る?」  俺は母さんにそっと、スマホの写真を見せてやった。  いっくんを抱っこして、菫さんと冬咲きのピンクの薔薇の前で撮った写真だ。 「あらあら、これはもう家族写真ね。健気で優しくて可愛い女性と坊やだわ」 「あのさ、母さんに反対されなくて、嬉しかった」 「夫のいない寂しさと父親のいない寂しさで、潤には苦労をかけたけれども、なんだかその苦労が全部報われるような素敵な相手ね」  母さんの言葉は糧になる。 「俺、帰ったらプロポーズするつもりだ」 「いいんじゃない。応援しているわ」 「出会って間もないが、運命ってそんなものだよな」 「そうよ! 潤……その時が来たと思うのなら、迷わないで突き進んで」  菫さん、いっくん。  待っていてくれ。  俺、君たちと家族になる!  

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