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花びら雪舞う、北の故郷 21

 函館空港に着くと、雪が更に酷くなっていた。  イヤな予感は的中してしまう。  出発が雪の影響で少し遅れるとのアナウンスだ。  しまった! もっと早く出ればよかった。  もう1本前の飛行機を目指せば良かったのか。  だがバレンタイン・アレンジメントの売れ行きが良く、お客様がひっきりなしだったから、そんな余裕はなかった。  実家を手伝うと言い出したのはオレだ。  自分の言葉には責任を持ちたい。  それは菫さんといっくんに対しても同じだ。  もう絶対にずるはしない。  正々堂々と歩んでいく。  だから飛行機よ、早く飛んでくれ!  いっくんの声が聞こえるんだ。 「パパ、パパぁ……どこなのぉ? さみしいよぅ……」   ****  僕達はリフトに乗って、ファミリーコースというルートを滑ることにした。  全長2km、初心者でも安心な緩やかな斜面と幅広いロングコースだ。 「瑞樹、北海道のスキー場は広いな~」 「はい! ここはコース幅が広いので、宗吾さんと芽生くんの練習には最適のバーンですよ」 「よしっ! 頑張るよ。練習の成果を君に見せたい」 「はい」  熱い眼差しを受けて、照れ臭くなる。  宗吾さん、スキーの勘もかなり取り戻せたようで良かったですね。 「お兄ちゃん、ボクもがんばるね」 「うん、無理しちゃだめだよ。助けて欲しい時はすぐに言うこと」 「うん!」  ボーゲンの芽生くんとパラレルターンを学んだばかりの宗吾さん。  僕達はゆっくりゆっくり丁寧に滑り降りていく。 「わぁぁぁ――」 「大丈夫ですか」 「おう!」 「宗吾~ 両足の膝をつけて滑るんだ!」 「OK!」 「おい、目線を下げるな! 行きたい方向に目線を持っていけ!」 「了解!」  くすっ、なかなかスパルタな広樹兄さんだな。    でも宗吾さんにはガッツがある。まだ足りない技術を情熱で補ってしまう活力のある人だ。  ふと僕を抱く時の宗吾さんを思い出して、照れ臭くなった。いやいや夜の技術も満点だけれど……って、あーまた僕は宗吾さんが雪まみれで転がっているのに、頭の中でこんなこと考えて……もうっ幸せ惚けっていうのかな? 「お兄ちゃん、たいへんだよ」 「どうしたの?」 「あのね……ゴーグルをしているとお口だけしか見えないんだよ」 「うん?」 「あのね、ちょっとだけ……お兄ちゃん、こわかった」 「え? なんで?」  芽生くんに怖いと言われて驚いてしまった。    「あのね、さっき……おにいちゃんのお口、とってもしまりがなかったよ」 「えぇ!」  慌てて口を押さえて、真っ赤になってしまった。  そんな言葉よく知っているね。宗吾さんのお母さんの影響は偉大だ。 「ははっ、瑞樹と芽生は何を話してるんだぁ?」  雪まみれの宗吾さんが斜面から這い上がって、興味津々に聞いてくるので焦った。 「なんでもないです。さ……さぁ滑りますよ!」 「えーもう? 君も案外スパルタだなぁ」  その後はスキーに集中した。    雄大な駒ケ岳を眼前に、颯爽と滑り降りた。 「宗吾はかなり上達したよな」 「広樹のお陰だ」  兄さんと宗吾さんが、笑顔でハイタッチしている。 「おっと、もうこんな時間か。日が暮れそうだな」 「広樹、最後に瑞樹と上級者コースに行ってこいよ。俺と芽生は雪遊びしているからさ」  芽生くんは少し疲れたようで、座り込んでいた。 「そうか、じゃあ瑞樹、一度だけ俺に付き合ってくれるか」 「あ……うん!」  そんな訳で、兄さんと上級者コースを滑ることになった。  自然のうねりを生かした難しいコースだが、とてもいいコースだった。  木立の間を風を斬って一気に降下する。 「瑞樹が前を行け!」 「うん!」  いつかのように、僕が先頭で滑る。  昔はこれが怖かった。  振り向いたら誰もいなくなってしまっていたらどうしよう?  そう思うと怖かった。  だが、いつだって兄さんがいてくれた。  後方から僕をずっと見守り、支えてくれた。  今日もそうだ。  見守ってくれている。  僕の掴んだ幸せを―― 「おいっ! 瑞樹、危ないぞ!」 「あっ」 「馬鹿、よそ見するなって言っただろう!」    少しの気の緩みで危うくコースアウトするところだった。しかも急いで止まった拍子に珍しく転んでしまった。 「あっ!」 「大丈夫か!」 「ごめんなさい」 「お前に何かあったらどうする? 瑞樹は一人じゃないんだ。大好きな人に囲まれているんだ。だからっ」  声が詰まって……兄さん……もしかして……泣いて?  ゴーグルの向こうの表情は、窺えない。 「……瑞樹、幸せを掴んでくれてありがとう」  突然兄さんにハグされて驚いたが、嬉しかった。  昔、こんな風にコースアウトして転んだ時、兄さんが僕を抱きしめて泣いたのを思い出した。 …… 「瑞樹、どこにも行くな! ここにいてくれ!」 「兄さん?」 「ごめん……お前がふっと消えそうで」 ……  両親を亡くしたばかりの僕は、自分を見失っていた。でも兄さんの強い願いを感じ……まだ……こうやって僕を抱きしめてくれる人がいるのか。命って重いんだな……そんな風に感じられた。   「兄さん、ごめん。自分を大切にするよ。もっともっと――これからは」 「あぁ絶対だぞ! 約束だぞ!」 「うん。お兄ちゃん……ありがとう」  幼い頃のように呼ぶと、広樹兄さんが破顔した。  ゴーグルで口元しか見えないが、明るい笑顔だった。 「さぁ戻ろう、二人のところへ」 「うん、もう宿にもどろう。お風呂は温泉だって。あと日本酒を宗吾さんが買ってきたよ」 「有り難いな。旅行らしい旅行なんて久しぶりだから嬉しいよ」 「兄さんはいつも働き過ぎだから。身体を大事にしてね」 「可愛い弟だなぁ、瑞樹は」  そのまま一気に滑り降りると、黄色いスキーウェアと赤いスキーウェアが遠目からもよく見えた。    空に瞬く北極星のように、僕は宗吾さんと芽生くんを目指して滑り降りる。  美しいシュプール。  一直線に続く愛の道。

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