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花びら雪舞う、北の故郷 34 

  オレは真冬の空の下で、黙々と薪を割っていた。 「今年は寒さが厳しくて薪が足りんな。おっと……また雪が降って来たのか」  単純作業をしているうちに……ふと亡き師匠の姿を思い出していた。 「お元気ですか……オレは相変わらず森に籠もりきりですよ」  敬愛していた大樹さんをを突然の交通事故で失ってから、もう17年以上の月日が流れてしまったのか。 「本当に本当に……すみません。オレがあんな我が儘を言わなければ……」  あの日、雷雨の中……オレの所になど寄らないで、真っ直ぐ帰路に就いていたら、師匠は死ななかったのでは? 交通事故は一秒でもずれていたら、避けられたのではないか。  未だに悔やんで、悔やみ切れない現実だ。  あの晩、ニュースで大樹さんの死を目の当たりにして……  嘆き、悲しみ、途方に暮れた。  結局、葬式にも行けず、このコテージで狂ったように泣き崩れていた。  漸く正気に戻った時には、事故から半年以上経っていた。  重い足取りで通い慣れた大樹さんの家に向かうと、そこは様変わりしていて、緑の屋根に白い壁のペンションになっていた。  その光景に再び絶望し、世捨て人同然に暮らした。  山奥のログハウスで、自給自足の生活。  人との関わりを断ち、話し相手は森から遊びに来るキタキツネだけだった。    大樹さんには、美人な奥さんと可愛い息子が2人いた。  子供たちは奥さんに似た栗色の髪で、瑞樹くんと夏樹くんと言った。  特に瑞樹くんは、オレがまだ学生の頃から知っているので、「みーくん」と愛称で呼び、彼はオレの名字が『熊田』だから「くまさん」「森のくまさん」と呼んで懐いて慕ってくれた。  あの事故で……瑞樹くんだけ生き残り、遠い親戚に引き取られたと風の便りで聞いたが、探す勇気も会いに行く勇気もなかった。  心のどこかで、罪悪感を抱いていたから。 「ふっ、今日はおかしいな。昔のことばかり思い出すなんて」  そろそろ上がろうと斧を小屋に戻し、薪を束ねていると、キタキツネのコンがやってきた。 「どうした? こんな時間から現れるなんて珍しいな」  同時に、頭上から樹の擦れる音がした。  樹にひっかかりながら、 何かが降ってくる―― 「なんだ?」    咄嗟に手を広げて、落下物を抱き留めてた!  絶対にそうしないといけない使命を受けて。 「危ない!」    腕に収まったミルクティー色の塊は、若い男性だった。 「おい! しっかりしろ!」    もしかして上の国道から落下したのか。  頭上を見上げると、樹木の間に微かに白いガードレールが見えた。  あんな高い場所から落下したのに、不思議なことにかすり傷もない。  フードまですっぽり被った状態だったので、もしかしたら、このダウンコートが君を守ってくれたのか。 「君、大丈夫なのか」 「……」 「参ったな」  ショックで気絶しているようだ。  こんな時どうすりゃいい?  とりあえずオレのベッドに寝かせて、骨折していないか確かめよう。  見た感じ、外傷もないので救急車はいらないだろう。  ログハウスのオレのベッドに寝かせ、手早くダウンコートを脱がした。  パンパンとダウンを叩くが、携帯などは入っていないようだ。  困ったな、連絡先が分からない。  よくよく見れば、可愛い顔をした青年だった。  どこかで会ったような?  その時は分からなかった。  それよりも彼が目覚めた時、異常なまでに恐怖に震え、オレが近づくと半狂乱になって逃げ出してしまったのに驚いて、すぐに気付かなかったのだ。  まさか、きみが『みーくん』だったなんて。  最後に君に会ったのは10歳の時だ。  あの雨の中、ログハウスの前に停車した車の中で、弟とじゃれ合っていたのを覚えている。  このログハウスで、10歳の君の写真には、毎日会っていたのにな。  あの悲惨な事故で……君だけでも生き残ってくれて良かった。  本当にオレはその事実に救われた。 「くまさん、あの……二階に行っても? あの写真を見せたいんです」 「自由にどうぞ! ここは半分君の家のようなもんだ」 「え?」 「その、いろいろ話したいことがあるが、まずはあの写真を見てこい」 「あ……はい!」  この世で一人になってしまったみーくんを、力強く支えてくれる家族がいるのが嬉しいよ。  だから相手が同性でも、オレには問題ない。  逞しく大らかそうな男性と可愛い坊や。  彼らの必死な形相に、みーくんがどんなに愛され、どんなに大切にされているか伝わってきた。 「宗吾さん、芽生くん、見に行きましょう」 「あぁ、それより本当に怪我はないのか」 「あ……はい。ほら、手も足も異常なしです」 「奇跡的だな。ちょっと確認させてくれ」  男性が我慢できないように、みーくんをすっぽりと抱きしめた。 「あっ……」  みーくんも彼がどんなに心配したかを知っているから、身動きせずに身を委ねていた。  男性がみーくんの身体を強く抱きしめる。  愛で包み込む。 「良かった。本当に無事なんだな」 「はい、この通り」 「お、お兄ちゃん……本当に大丈夫なの?」 「芽生くん、心配かけてごめんよ」 「また……だっこも……できるかなぁ」 「もちろんだよ! おいで! 芽生くん」  みーくんが、今度は坊やを抱き上げる。  家族を愛し、家族に愛されている。  君は今――そういう状態なんだな。  それはかつての明るく和やかな青木家のようだよ。  嬉しい光景に、思わず視界が滲んでしまった。    泣きすぎて枯れたと思った涙だったのに、今は嬉しくて泣いている。

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