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花びら雪舞う、北の故郷 36

「これはお母さんが作ってくれたお弁当です。あぁこの日は……僕の好きな鮭のおにぎりと夏樹の好きなツナサンドが両方入っていて……お父さんが『オレの好きな卵焼きは?』って聞いていて……お母さんってば『パパのは忘れちゃった。ごめんね』と笑って……」  俺が現像し、額縁に入れて壁中に飾った写真を、こんな風に解説してもらえる日が来るなんて。  1枚1枚の写真に潜んでいた細かいエピソードに、泣けてくるよ。  救いなのは、みーくんが何か吹っ切れたように明るい笑顔なことだ。  オレはこの写真に囲まれ、いつも良心の呵責に苛まれていたのに……君がそれを塗り替えてくれるのか。  大樹さん、あなたの息子さんは天使ですか。  オレに救いを与えに来てくれましたよ。 「くまさん……良かったら、両親の馴れ初めを聞かせてくれませんか。この写真の前で」  少しぶれた写真が1枚だけ、混ざっていた。 「これは僕が撮った両親です。この写真の前で、聞かせて欲しいんです」 「あぁいいよ。昔話のように語ってみよう。回想してみよう」  オレと大樹さんとの出会いは、今から30年前に遡る。  大樹さんはいつも大きなカメラを抱えて山登りし、オレが働く山小屋を定宿としていた。  当時、大樹さんは25歳。オレは高校を卒業したばかりの18歳だった。  ある日、大樹さんが足に深い痛手を負って戻ってきた。  撮影に夢中で転んだらしく、かなり辛そうだった。 『すみませんっ、澄子さん! けが人がいるんです! 診てあげて下さい』    そんな彼の応急処置をしたのが、後に奥さんになる澄子さんだった。   澄子さんは看護師で、休みの度にやってくる山小屋の常連客だった。  小さな山小屋だ。  オレたち3人は、すぐに意気投合した。  オレは大樹さんの写真に魅了され、山小屋から出てカメラを習った。  そして澄子さんは、大樹さんと恋に堕ちた。  翌年、彼らは両親や親戚と疎遠のようで……二人だけで……野原で手作りの結婚式をしたんだ。  参列者はオレと森の動物。  童話のような森の結婚式だった。  木漏れ日がベール。  指輪はシロツメクサだった。 「えっ……」 「瑞樹……」 「お兄ちゃん」 「大丈夫か……」 「あ、はい……不思議です。僕の生きてきた道とぶつかるようで……なんとも言えない心地です」  そう言えば結婚式の写真は、オレの手元にあるんだ。 「少し待ってろ」 「はい」   現像室の本棚に、1冊のアルバムがしまわれている。  セピア色に焼いた写真に写る二人の姿。  心根の優しい人たちだった。 『熊田、今日はありがとう。オレたちの結婚式の証人だ」 『熊田! おれ、父親になる』 『熊さん、私、ママになるわ』    二人の幸せの欠片が、オレの幸せだった日々が懐かしい。 「これだよ」 「これは……初めて……初めてみます」  みーくんが頬を紅潮させ、震える指で二人を撫でた。  普段着で寄り添う二人。    その二人に寄り添うように佇む、野ウサギやキタキツネ。  一面のクローバー畑。    シロツメクサの花冠と指輪が白く輝いてみえた。 「お父さん、お母さん……とても幸せそう」 「あぁ、今日のみーくんのように幸せだったよ」 「……君が生まれた日は、五月のよく晴れた日だったよな。オレもよく覚えている」 「あの……僕が生まれた時から知っているんですか」 「はは、もう一人の父親みたいな気分だったよ」  本当にそうだ。  妊娠したことは、オレにもすぐに教えてくれた。そして澄子さんのお腹の中で成長していく間もずっと近くにいた。生まれてすぐに抱っこもさせてもらった。  本当に二人は、オレを信頼してくれた。    弟子にしてくれ、この小屋に住まわせてくれた。  現像の技術も撮影のコツも、惜しみなく教えてくれた。 「みーくん、君を、よく子守りしたよ。だから、君の最初の言葉は『くましゃん』だったよ」  みーくんはオレの話を、興味深く聞いていた。 「君は優しい子だった。家族思いで、弟思いで……」 「僕は……そんなことも全部今まで忘れていてしまったのですね。悔しいな。くまさんのような人がいてくれたのに……」 「みーくん、思い出してくれてありがとう」  オレはみーくんの手に、大樹さんの黒い一眼レフをのせてやった。 「これはお父さんのカメラだ。遺品になるから持っているといい」 「あの……こんなに綺麗な状態で取っておいてくださったのですか。もしかして使って下さってのですか」 「悪い……勝手に。大樹さんが傍にいてくれるような気がしてな。これは君が引き続くべきだ」  するとみーくんは、首を横に振った。 「いいえ、これはクマさんが使ってください。僕にはお母さんの一眼レフがあるんです」 「澄子さんの白いカメラか」 「はい、だから……お父さんのカメラで、これからもこの世界を撮って下さい」    許されていく。  許してくれるのか。  オレが歩む道を、君が後押ししてくれるのか。  オレは生きていていいのか。 「生きて……生きて下さい。くまさんも……どうか」  

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