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花びら雪舞う、北の故郷 38

『長男の瑞樹は、繊細で優しい子だ。彼が触れたものには優しさが宿るように感じるんだ。将来……きっと瑞樹は写真を撮るようになるよ。人々を幸せにする写真を……』 今日はもうずっと笑っていようと思ったのに、最後の最後で涙が溢れてしまった。  だって……まさかお父さんからのメッセージを、こんな風に受け取る日が来るなんて予期していなかったから。  思いがけない言葉が、心を揺らす。  心を躍らせる!  お父さん――  僕の未来を夢見てくれたのですね。  僕の個性を理解してくれたのですね。  なのに、長いこと忘れていて……ごめんなさい。 「お父さん……お……父さん」  もう呼ぶこともない人の名前を呼んだ。  一度口に出せば……止まらないよ。  ずっと我慢して堰き止めていた思いが、溢れ出す。  あの日を境にお父さんのことを考えるのが怖くなってしまった。  あんな惨い最期を見てしまったから。 「あ……ああっ……うっ……」  僕を愛してくれた人、僕のお父さん! 「瑞樹、しっかりしろ」 「うううっ……うっ……」    泣き崩れる僕を宗吾さんが支えてくれ、芽生くんが手を繋いでくれた。 「す、すみません。お父さんが僕の将来を夢見てくれていたなんて……くまさんと再会しなかったら、永遠に知ることが無かったと思うと……感激してしまって」 「そうだな……全ては縁があっての出来事なんだな」 「嬉しくて溜まりません」 「お兄ちゃん、よかったね。くまさんって、お兄ちゃんのお父さんみたいだよ」  芽生くんの優しい声に、誰もが和やかな気持ちになった。 「そうだ。みーくん、君をお父さんのように見守らせてくれないか」 「……くまさん、ありがとうございます」  僕はもう満足していた。  両親の出身や祖父母のことまで突き止めるつもりだったが、もうここでいいと思った。  くまさんとの出会いが、僕の探していたお父さんとお母さんのルーツを巡る旅の終点だ。  お父さんとお母さんの出会いを知るくまさんの存在が、僕にとっての……幸せな存在だ。 「くまさん……いいんですか。本当に僕のお父さんに?」 「あぁ、俺の生き甲斐になるよ。オレが大樹さんから学んだこと、君にも伝えたいんだ」 「嬉しいです……こんなに嬉しいことはありません」 ****  お兄ちゃん、よかったね。  ボクにお兄ちゃんができたように、お兄ちゃんにはパパができたんだね。 さっきは、シンパイしたよ。  お兄ちゃんがガケから落っこちて、しんじゃったかとおもったんだよ。  いなくなっちゃうのって、とてもこわいね。  とつぜん、きえちゃうって、しんじられないことなんだね。  ボクにもわかったよ。  お兄ちゃんのパパとママとなつきくんがきえちゃったときの、きもち。  キタキツネさんはね、こう言っていたよ。 「ダイジョウブダヨ。キミノオニイチャンはイキテイル。アイタイヒトトアッテイルンダ。キミモオイデヨ」  ほんとうに、よかったぁ。  お兄ちゃん、うれしそう。  お兄ちゃんがうれしそうだと、ボクもうれしいよ。  もうどこにもいかないでね。  このまま、ボクとパパのそばにいてね。 ****  くまさんが、俺たちの車を取ってきてくれた。 「ところで、みーくんたちは、これからどういう予定だったんだ?」 「実は今日もスキーをしようと」 「駄目だ。今日はやめとけよ。何もなかったとはいえ、あの高さから落下したんだ。1日様子を見ろ」 「でも……それじゃ……」  瑞樹が申し訳なさそうな顔をする。 「瑞樹、俺からも頼む。今日は大人しくしてくれ。そうだ。せっかくだからここで過ごさせてもらわないか」 「そうだよ。お兄ちゃん、このお家とってもたのしいよ」 「じゃあ……お言葉に甘えて……くまさんいいですか」 「もちろんだよ。みーくんは少し疲れただろう。ベッドで休め」 「あ……はい」 「オレは芽生くんに雪のどうぶつを作ってやろう」 「わぁぁ」  くまさんが、庭の雪でうさぎやキタキツネを器用に作っていく。  芽生は大喜びだ。   さてと……瑞樹は見た目は元気そうだが、体力も心もかなり一度に消費したはずだ。しっかりケアしてやりたい。 「瑞樹、ほら、少し横になれ」 「あ……はい……あの……」  何か言いたそうにしている。 「どうした?」 「実は僕……」  瑞樹をベッドに横たわらせ、俺も添い寝して背後から優しく宝物のように抱きしめてやると、やっと弱音を吐いてくれた。 「どうした?」 「さっき、このベッドで目覚めた時一瞬パニックになってしまいました」 「……あのログハウスと似ていたか」  俺もドキッとしたのだから、瑞樹も同じだろう。いやそれ以上に驚いただろう。 「はい……目覚めたら……見知らぬ男性に覗き込まれて……息が止まるかと」  あぁ胸が塞がる。あの軽井沢での恐怖が蘇ったに違いない。 「驚いたんだな」 「それで必死に逃げたんです。あの日のように二階に駆け上がって……」  これは今まで深く語られなかった過去だ。  必死に抵抗し傷だらけだった、瑞樹の痛々しい姿を思い出す。 「あの日のように右の部屋に逃げようと思ったんです。そうしたらそこは暗室で……それで左の部屋に入ったら、僕の写真が飾ってあって驚いたんです」 「そうだったのか……」 「そこで塗り替えられたんだな」 「記憶の扉が開いたんです。忘れていた大切な過去の映像が輝きながら、僕の所に戻って来てくれたようでした」  瑞樹が眩しそうに天井を見つめる。  思い出にも羽が生えているのかもな。 「もう怖くないです。あの日の僕はもういません。ここにいる僕が全てです」 「瑞樹……くまさんとの再会、ご両親の話……全部よかったな」 「はい……宗吾さん、僕……嬉しいです」  瑞樹が向きを変えて、俺に抱きついてくる。 「瑞樹のご両親は、素敵な人たちだったんだな」 「ありがとうございます。そう思います。そして僕の過去を調べるのは……もう、ここまででいいと思いました。こんな僕ですが……いいですか」 「当たり前だ。俺の腕の中にいる瑞樹が俺の瑞樹だ。瑞樹が納得したのなら、ここまでにしろ!」 「はい! 宗吾さん、ありがとうございます」   根掘り葉掘り徹底的に調べあげるのが、全てではない。 「くまさんって、お父さんみたいですよね」 「だな。じゃあ俺は?」 「宗吾さんは僕の恋人です」 「よしよし、早く夜にならないかなぁ」 「くすっ。はい、そうですよね。僕も今宵は抱かれたい――」  なんともドキッとする発言に、俺は瑞樹に飛びついてしまった。 「任せておけ!」 「だ、駄目ですって、ここではこれ以上……」 「そうだな。これ以上触れ合っていると危険だ」  巡り会う人に、無事に巡り会えた奇跡。  瑞樹は守られている。  早くに家族を失ったが、その分、人に愛されている。 「愛しているよ、瑞樹」 「僕もです。僕、どんなことがあっても宗吾さんと芽生くんがいるから、揺らがないんです」  幸せな存在が出来ると、人は強くなれることを見事に証明してくれたな。 「瑞樹……君は心が強くなったな」 「そうでしょうか。そうだとしたら嬉しいです。宗吾さん……改めてよろしくお願いします」  

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