972 / 1739
花びら雪舞う、北の故郷 38
『長男の瑞樹は、繊細で優しい子だ。彼が触れたものには優しさが宿るように感じるんだ。将来……きっと瑞樹は写真を撮るようになるよ。人々を幸せにする写真を……』
今日はもうずっと笑っていようと思ったのに、最後の最後で涙が溢れてしまった。
だって……まさかお父さんからのメッセージを、こんな風に受け取る日が来るなんて予期していなかったから。
思いがけない言葉が、心を揺らす。
心を躍らせる!
お父さん――
僕の未来を夢見てくれたのですね。
僕の個性を理解してくれたのですね。
なのに、長いこと忘れていて……ごめんなさい。
「お父さん……お……父さん」
もう呼ぶこともない人の名前を呼んだ。
一度口に出せば……止まらないよ。
ずっと我慢して堰き止めていた思いが、溢れ出す。
あの日を境にお父さんのことを考えるのが怖くなってしまった。
あんな惨い最期を見てしまったから。
「あ……ああっ……うっ……」
僕を愛してくれた人、僕のお父さん!
「瑞樹、しっかりしろ」
「うううっ……うっ……」
泣き崩れる僕を宗吾さんが支えてくれ、芽生くんが手を繋いでくれた。
「す、すみません。お父さんが僕の将来を夢見てくれていたなんて……くまさんと再会しなかったら、永遠に知ることが無かったと思うと……感激してしまって」
「そうだな……全ては縁があっての出来事なんだな」
「嬉しくて溜まりません」
「お兄ちゃん、よかったね。くまさんって、お兄ちゃんのお父さんみたいだよ」
芽生くんの優しい声に、誰もが和やかな気持ちになった。
「そうだ。みーくん、君をお父さんのように見守らせてくれないか」
「……くまさん、ありがとうございます」
僕はもう満足していた。
両親の出身や祖父母のことまで突き止めるつもりだったが、もうここでいいと思った。
くまさんとの出会いが、僕の探していたお父さんとお母さんのルーツを巡る旅の終点だ。
お父さんとお母さんの出会いを知るくまさんの存在が、僕にとっての……幸せな存在だ。
「くまさん……いいんですか。本当に僕のお父さんに?」
「あぁ、俺の生き甲斐になるよ。オレが大樹さんから学んだこと、君にも伝えたいんだ」
「嬉しいです……こんなに嬉しいことはありません」
****
お兄ちゃん、よかったね。
ボクにお兄ちゃんができたように、お兄ちゃんにはパパができたんだね。
さっきは、シンパイしたよ。
お兄ちゃんがガケから落っこちて、しんじゃったかとおもったんだよ。
いなくなっちゃうのって、とてもこわいね。
とつぜん、きえちゃうって、しんじられないことなんだね。
ボクにもわかったよ。
お兄ちゃんのパパとママとなつきくんがきえちゃったときの、きもち。
キタキツネさんはね、こう言っていたよ。
「ダイジョウブダヨ。キミノオニイチャンはイキテイル。アイタイヒトトアッテイルンダ。キミモオイデヨ」
ほんとうに、よかったぁ。
お兄ちゃん、うれしそう。
お兄ちゃんがうれしそうだと、ボクもうれしいよ。
もうどこにもいかないでね。
このまま、ボクとパパのそばにいてね。
****
くまさんが、俺たちの車を取ってきてくれた。
「ところで、みーくんたちは、これからどういう予定だったんだ?」
「実は今日もスキーをしようと」
「駄目だ。今日はやめとけよ。何もなかったとはいえ、あの高さから落下したんだ。1日様子を見ろ」
「でも……それじゃ……」
瑞樹が申し訳なさそうな顔をする。
「瑞樹、俺からも頼む。今日は大人しくしてくれ。そうだ。せっかくだからここで過ごさせてもらわないか」
「そうだよ。お兄ちゃん、このお家とってもたのしいよ」
「じゃあ……お言葉に甘えて……くまさんいいですか」
「もちろんだよ。みーくんは少し疲れただろう。ベッドで休め」
「あ……はい」
「オレは芽生くんに雪のどうぶつを作ってやろう」
「わぁぁ」
くまさんが、庭の雪でうさぎやキタキツネを器用に作っていく。
芽生は大喜びだ。
さてと……瑞樹は見た目は元気そうだが、体力も心もかなり一度に消費したはずだ。しっかりケアしてやりたい。
「瑞樹、ほら、少し横になれ」
「あ……はい……あの……」
何か言いたそうにしている。
「どうした?」
「実は僕……」
瑞樹をベッドに横たわらせ、俺も添い寝して背後から優しく宝物のように抱きしめてやると、やっと弱音を吐いてくれた。
「どうした?」
「さっき、このベッドで目覚めた時一瞬パニックになってしまいました」
「……あのログハウスと似ていたか」
俺もドキッとしたのだから、瑞樹も同じだろう。いやそれ以上に驚いただろう。
「はい……目覚めたら……見知らぬ男性に覗き込まれて……息が止まるかと」
あぁ胸が塞がる。あの軽井沢での恐怖が蘇ったに違いない。
「驚いたんだな」
「それで必死に逃げたんです。あの日のように二階に駆け上がって……」
これは今まで深く語られなかった過去だ。
必死に抵抗し傷だらけだった、瑞樹の痛々しい姿を思い出す。
「あの日のように右の部屋に逃げようと思ったんです。そうしたらそこは暗室で……それで左の部屋に入ったら、僕の写真が飾ってあって驚いたんです」
「そうだったのか……」
「そこで塗り替えられたんだな」
「記憶の扉が開いたんです。忘れていた大切な過去の映像が輝きながら、僕の所に戻って来てくれたようでした」
瑞樹が眩しそうに天井を見つめる。
思い出にも羽が生えているのかもな。
「もう怖くないです。あの日の僕はもういません。ここにいる僕が全てです」
「瑞樹……くまさんとの再会、ご両親の話……全部よかったな」
「はい……宗吾さん、僕……嬉しいです」
瑞樹が向きを変えて、俺に抱きついてくる。
「瑞樹のご両親は、素敵な人たちだったんだな」
「ありがとうございます。そう思います。そして僕の過去を調べるのは……もう、ここまででいいと思いました。こんな僕ですが……いいですか」
「当たり前だ。俺の腕の中にいる瑞樹が俺の瑞樹だ。瑞樹が納得したのなら、ここまでにしろ!」
「はい! 宗吾さん、ありがとうございます」
根掘り葉掘り徹底的に調べあげるのが、全てではない。
「くまさんって、お父さんみたいですよね」
「だな。じゃあ俺は?」
「宗吾さんは僕の恋人です」
「よしよし、早く夜にならないかなぁ」
「くすっ。はい、そうですよね。僕も今宵は抱かれたい――」
なんともドキッとする発言に、俺は瑞樹に飛びついてしまった。
「任せておけ!」
「だ、駄目ですって、ここではこれ以上……」
「そうだな。これ以上触れ合っていると危険だ」
巡り会う人に、無事に巡り会えた奇跡。
瑞樹は守られている。
早くに家族を失ったが、その分、人に愛されている。
「愛しているよ、瑞樹」
「僕もです。僕、どんなことがあっても宗吾さんと芽生くんがいるから、揺らがないんです」
幸せな存在が出来ると、人は強くなれることを見事に証明してくれたな。
「瑞樹……君は心が強くなったな」
「そうでしょうか。そうだとしたら嬉しいです。宗吾さん……改めてよろしくお願いします」
ともだちにシェアしよう!